第11回1000字小説バトル
Entry20
ある朝、ふと妻と娘を殺そうと思いついた。 私は台所に行き包丁を取り出して、リビングで楽しげにおしゃべ りしている彼女たちを刺し殺した。狙いを首に絞ったおかげであっ さりと事は終わった。 血まみれのパジャマを背広に着替え、平静を装っていつも通りに 会社へ出かけた。 会社に到着すると後輩の美樹ちゃんに声をかけられた。 「奥さんとお嬢さん、お元気ですか?」 なんと答えればよいのか。私は一瞬、戸惑った。 しかし、私は気をとりなおし「ええ元気ですよ」と答える。 そのまま一日やり過ごし、家に帰る。そこには青白くなって横た わる妻と娘がいる。 そこに電話がかかってくる。妻の友人から「奥さんいます?」と。 冷静に私は「元気ですよ」と答える。「いまちょっと出かけてるん です」 けれども私はひとりぼっちに耐えられない。 死体を車に積み込んで私は海に行く。暗く波音をたてながら、粘 るように沈黙する海へ。 私は妻と娘を連れ、海へと落下する。 「奥さんとお嬢さん、お元気ですか?」 美樹ちゃんは質問を繰り返している。 私は戸惑いを隠せないまま「ええ元気ですよ」と答える。 すると職場に電話がかかってくる。 警察から「奥さんと娘さんの死体が自宅で発見されました。死亡 推定時刻は今朝6時……」 私はさっき「元気ですよ」と答えたばかりだ。職場の者たちは私 が嘘をついたと知るだろう。きっと私が殺したというだろう。 ふと見ると美樹ちゃんの目がおびえている。職場の人間全員がこ ちらを向いている。 私は立ち上がる。 そして思わず叫んでしまう。 「そうだ、俺だ!俺だ! 俺がやったんだ! 俺は嘘つきだ!」 「奥さんとお嬢さん、お元気ですか?」 にこやかに美樹ちゃんは質問を繰り返している。 私は美樹ちゃんの官能的な、かたちのよい小さな唇を眺めながら、 懺悔する。 「実はもう死んでいるのです。妻と娘は私が殺したのです」 すると美樹ちゃんはとても慈悲深い顔になり、 「そう、そうなの。かわいそうな人ね」 といって私を包み込む。 私は思い出す。 海沿いのラベンダー畑に、妻と娘を連れて行ったときのこと。 いちめんの紫の花のなか、娘が楽しそうに走りまわっている。妻 は笑い、私はその横顔ときらきらと輝く海を眺めてタバコを吸って いる。 海風に長い髪をなびかせて妻がつぶやく。 「ああ、すごくいい風」 なんと私は馬鹿なのだろう。 こんなことなら殺さなければよかったのに。
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