第11回1000字小説バトル
Entry29
その男は首を吊って死んだ。保険金で債権者に償いをする以外に方 法がなかったからだ。これまでの努力は何だったのか…。死ぬ寸前 まで、男はおのれの人生を呪っていた。 「そうか、会社が倒産して仕方なく首を吊ったか。不運じゃの」 閻魔大王は、男に顔を近づけるとニタリと笑った。閻魔の吐く息は 硫黄の匂いがする。男は思わず顔をそむけた。 「可哀想じゃが地獄行きだな」 閻魔の言葉に男は驚いた。正直に懸命に働いてきたのに、そんなは ずはない。 「なぜです?地獄に堕ちるような覚えはありません」 「なんじゃ、知らんのか?自殺した者は無条件に地獄行きなんじゃ よ。自殺は最大の罪じゃでの」 そんな馬鹿な。男はあまりの理不尽さに声もなかった。 「とまあ、昨日まではそうだったんじゃが…」 歯ぐきをむき出しにしてニタニタ笑いながら閻魔は続けた。 「何しろ昨今の不況じゃ、そういう人間が多くてのう。基準を変更 したんじゃよ。お前のような人間は自殺ではなく事故死扱いにしよ うとな」 「で、では私は…」 「そう、お前がその適用第一号という訳じゃ。天国に行ってよい」 男はその場に座り込み、安堵のあまり泣き出した。運が良かった。 一日早く死んでいたら地獄行きだったのだ。 「ところで、どうやって天国に行くつもりかの?」 閻魔はさらに顔を近づけて、男に問うた。閻魔の皮膚には無数の老 人斑が浮き出ている。 「どうやってと言われても…」 「本来、天国に行く資格のある者には背中に翼が生えるんじゃよ。 天使の絵によく描かれるようにな」 男は思わず自分の背に手を回したが、そんなものは生えていない。 「何しろ特例じゃでな、お前の背中に翼はない。天国に飛んでいく 訳にはいかんのじゃ。で、どうやって天国に行く?ん?」 どうすれば良いのか、男にわかるわけがない。 「ヒャ、ヒャ、心配するな。ちゃんと考えてある。飛んで行けぬの なら、天国から引っぱり上げてもらえば良いのじゃ」 閻魔の合図で男の前に一本の縄が出現した。縄の先ははるか上空に 消えて見えない。どうやら天国まで延びているらしい。 「この縄をお前の首に巻き付けて、と。それ、上げろ!」 男の体は猛烈な勢いで上空へと引っぱり上げられた。縄が喉仏に鋭 く食い込む。 「く、苦しい。天国までどのくらいかかるんですか?」 男は吊り上げられながら、はるか足下になった閻魔大王に向かって 叫んだ。 「そうじゃのう、天国まで十万億土。時間にして16億8千万年ほ どかの」 閻魔大王はけく、けく、けくと笑った。
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