第11回1000字小説バトル
Entry37
「ねえ、ほんと誰でもいいんだから」と女は言った。終電の時刻が 近づくと、小部屋の空気は重苦しさを増した。 じゃんけん、と男のひとりが呟いた。 「じゃんけん、アミダ、ダーツ、ババヌキ……いつまでそんなこと をしたら気が済むのかしら」 女がぐるりと見渡すと、どの男も視線を逸らした。私はざらりと したあごを撫でる。透明に。できるだけ透明になることだけを考え て私はあごを撫でていた。 「ちょっと、あなた」 私は慌てて立ち上がる。 「みなさん、夜食は何に?」 「あなたでいいわ。ね、わたしと、いいわよね」 「いえ、私は新人ですし、その、不器用ですから」 「大丈夫よ。ちゃんと教えてあげるから」 そう言って女は上着を羽織った。上品なグレーの上着。「洋服の 青山」では決してお目にかかれない色だった。そして、軽く肩を揺 らすとそれはぴったりと女の体に吸い付いた。私が一瞬、女の上半 身に視線を奪われたのを男たちは見逃さない。じゃあそういうこと で、まあそういうことだな、ああ初めからそうしておけばよかった んだ。そして私は女と二人きりになる。 私はネクタイを絞り、「コナカ」で買ったネイビーブルーの上着 を羽織った。それを見て女が微かに頬を緩める。「わたしの言う通 りにして」。 夜が明ければ、裸の王様が誰よりも早く出社してパソコンを立ち 上げる。そこには裸の王様をさらに裸の王様たらしめる情報が送り 込まれている。いつものように王様が満足げな笑みを浮かべると、 いつもと違ってそこには女がいる。王様は動揺する。もしかしたら 自分は裸なんじゃないかと動揺する。女がすかさず上着を脱ぐ。王 様はたまらなくそれが欲しくなる。女は王様をまんまと小部屋に誘 い込む。 「あなたはそれを扉の隙間から見ているの。わたしがされているこ とをちゃんと見ているのよ。いい? 慌てちゃだめよ」 そして二人の動きが止まり、私は背後に忍び寄る。王様の首に鈴 をつけるのだ。 「どう? ちゃんとできそう?」 私は女の唇を眺めていた。きっと乾くことを知らない唇なのだろ うと思った。 「じゃあ、ちょっとリハーサルしてみるわね」 私は小部屋を出て扉をわずかに開き片目を押し付ける。女は気怠 るく尻をテーブルにのせると、ゆっくりと上品な色の上着を脱ぎ、 丁寧に畳んだ。その瞬間私と女の視線が交差する。 やがて上着がごく微かに震え始める頃、私は右手をポケットの奥 深いところに忍ばせ、そっと鈴を握り締めた。
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