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第11回1000字小説バトル
Entry46

河原の二重唱

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 病院からの帰り道、風にのせられてきた歌声に足をとめて、冴子
は河原を見下ろす。銀髪の老女の後ろ姿が目に入る。と、不意に医
者の言葉が頭を過った。
 完治の見込みはありません。
 仕方ない、と下唇を噛む。すると、老女がこちらを振り返って上
品な微笑を見せた。
「どうですか」
「え」
「ご一緒に」
 大声のあと、老女は冴子を手招きした。戸惑いながらも奇妙な引
力を感じて土手を駆け下り、老女の前に立つ。
 楽しげに微笑みながら、老女は銀色の水筒から焦茶の液体を蓋に
注ぐ。やわらかに湯気が立つ。手渡され、その微笑みに促されて口
許に運ぶ。喉に流し込む。熱く苦かった。
「ブルーマウンテンNo.1」と言ってから、老女は「おいしいで
しょ」と畳み掛ける。
「おいしい」と、冴子は答える。
「主人がね、好きだったの」
 ご主人は、と言いそうになって、「だった」という過去形に野暮
な質問だと思い至り、冴子は言葉を呑み込んだ。そして、なぜ自分
が声を掛けられたのかを不思議に感じながらも素直に納得した。シ
ンパシイ、と冴子は思った。
「じゃあ、蛙の合唱ね」
 老女は空になった蓋を冴子から受け取って、きゅきゅと本体にね
じ込みながら、呟くように言った。
 老女は歌い始めた。冴子は慌て、そして追った。僅かな時間、澄
んだ声の輪唱が静かな空気を震わせた。
「よかった」と、終わって老女が言った。
「そうですね」と、微笑んで冴子が言った。
「そうでしょ」
 老女は満足したように、大きく息を吐いて続けた。
「今日はいい日。誰かね、来るといいなと思ってたの。一緒に歌い
たいと思ってくれる人がね、来てくれたらって」
 それはあなたの思い込みです、と言いたい気持ちが冴子を苦笑さ
せた。が、間違いでもないと思う自分も確かにいた。
「きれいな声だもの、聴衆もきっと喜んでる」と老女は屈託ない。
「聴衆?」と怪訝そうな顔で冴子は訊ねる。
「ええ、魚がね、聞いてる」
「魚、いるんですか」
「いますよ。出来がいいとね、跳ねます」
 老女は水面に目を向けた。冴子も視線をそちらへ移した。細い金
の糸が幾層にも重なったような輝きに目を細める。
「花」と、老女は冴子の顔をまっすぐに見つめて言った。
「花」と、冴子もくり返した。
 春のうららの、にはまだ少し早いけれど、と思いながら冴子は老
女の声に合わせて歌う。老女はごく自然に低音のパートをこなして
ゆく。
 今日はいい日、と冴子は思った。
 ぱしゃっと、魚が、跳ねた。






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