インディーズバトルマガジン QBOOKS

第11回1000字小説バトル
Entry47

切符がない

作者 : ファゼーロ
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文字数 : 995
 今日も男はベッドの上で一日を過ごした.会社を辞めた末のひき
こもり生活.布団にくるまれ,ただ何となく時間を費やしていくの
である.眠くなればそのまま眠ればいい.ベッドを出るのは食事と
排泄の時ぐらいであった.
 男は孤独だった.彼女も友人もいなかった.しかしまた,この孤
独は居心地がよかった.時々寂しさに襲われることはあっても,し
なければならないことなど何もなかったから.
 男が生きるよすがは,眠りの時に見る夢であった.夢には家族や
昔の友人,またかつて親しかった,そして好意をよせていた女が出
てきた.夢の中で男は幸せだった.少なくとも孤独ではなかった.
それらの夢はどれも過去の幸福にしがみついたものばかりではあっ
たが.
 その夜,男は寝つけないでいた.男はコップに水をくみ,睡眠薬
の小さな容器を手にした.こんな時はいつも薬を飲むのである.男
はなぜか残っている錠剤全部を出してみた.ちょうど片手におさま
る量だった.男はそれを当たり前のように口に含み,水で喉に流し
込んだ.錠剤は驚くほど簡単に体の中へ入っていった.それは何ら
勇気を必要としない,気まぐれの行為だった.男はただぐっすり眠
り,夢を見たかっただけだ.そのために死ぬかどうかなど,どうで
もよいことであった.男には自殺する理由などなかったが,生きて
いく理由もまたなかったのである.

 男は嵐の中を走っていた.凍えるように寒く,打ちつける雨が痛
かった.男はある場所に向かっていたのだが,そこがどこかは分か
らなかった.地面はぬかるみ,なかなか進めずにいた.なんとかた
どり着けば,そこは小さな無人駅だった.プラットホームには大勢
の人が並び,列車に乗り込んでいるところだった.乗り口の傍らで
は車掌が切符を切っていた.男は列の最後に並んだ.しかし,男に
は切符がなかった.それを知った車掌は無愛想に乗車を断り,自分
は列車に乗ると扉を閉めた.発車のベルが鳴り,列車は嵐の中へ消
えていった.男はひとりプラットホームに残された.絶望的だった.

 男は目を覚ました.寝汗と吐き気,喉の渇きで最悪の気分だった.
男は飲み残しの水を飲み干した.薄暗い部屋には閉めきったカーテ
ンの隙間から光が差し込んでいた.男はカーテンを開けると眩しさ
のあまり目を覆った.ようやく見えるようになれば,それはいちめ
んの青空の下に広がったいつもと変わらぬ風景だった.男は少し青
空を憎んだ.






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