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第11回1000字小説バトル
Entry6

雨宿り

作者 : ひろ猫
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文字数 : 958
 夜明け前、わたしは一人民家の軒先で雨宿りをしていた。夕べは
すっかり飲み明かしてしまい、アパートへ帰る道すがらであった。
五月といえども明け方は冷え込み、雨に濡れた指先はほのかに赤み
がかっている。向かいの酒屋の軒先には、雨にぬれぬように身を細
め、膝の上にツギだらけの毛布を掛けた男が座っていた。男は時折
物憂い表情をこちらに向けるのだが、わたしはそのたびに下を向い
たり時計を見たりとその視線から逃れようとした。
 自分の腰から上ほどもある新聞の束を抱え、雨の中をその少年は
元気に走ってきた。はっ、はっ、と白い息を吐きながら水色の雨合
羽を着た少年は、大事そうに新聞を抱き「おはようさん」と無言で
白い歯を見せた。少し気恥ずかしいがわたしも「おはようさん」と
微笑み返す。
 そのとき、向かいの男が声をかけた。
「坊主、何か恵んでくれんか。おじさんはこの通り足が悪いんじゃ」
 少年は足を止め、困ったような表情をして男の前で立ち止まった。
無言の時間がしばし流れ、やがて少年はポケットに手をつっこみ何
やら男の前にさしだした。それは三つか四つのキャンディーだった。
少年は恥ずかしそうに顔を赤らめ、丁寧に男の膝にそれを置いた。
 男はちょっと苦笑いをすると「ありがとうよ。よし、おじさんも
坊主にええもんやろう」と言って、紙袋の中から小さな素焼きのオ
カリナを出した。見たこともない形のものに、少年は怪訝そうに首
をかしげた。「ええか坊主、これは楽器や。きれえな音がするんや
でえ」と言うと、男は少しもったいぶってそのオカリナを吹き始め
た。ほーっというさびしげな音色が、誰もいない雨の小路に静かに
響き渡った。聞き覚えのない曲だったが、わたしはその音色に心を
奪われた。おそらくは、男の創った曲なのであろう。吹き終わると
男は無雑作な手つきで、オカリナの自分が口をつけたところをツギ
だらけの毛布にこすり付けると「ほれ」と少年に手渡した。それを
大事そうに受け取った少年はからだの前で妙な手振りをすると、に
こっと笑ってまた元気に走っていった。
 少年は耳が聞こえなかった。少年のいったあとには、あんなにも
大事そうに抱えていた新聞が一部、さみしそうに水たまりに浮かん
でいた。いつのまにか雨は上がり、雲間からは五月の暖かい日差し
がわずかながらこの小路にさし込んでいた。

(注釈)
本文中に二度ずつ使われている“表情”と“小路”についてですが、
“表情”は“かお”と“小路”は“こみち”と読んで下さい。コメ
ントではないのですが、ルビのふり方が分からなかったもので追記
させていただきました。






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