インディーズバトルマガジン QBOOKS

第11回1000字小説バトル
Entry7

Holiday

作者 : 川辻晶美
Website :
文字数 : 967
 はじめのうち、香里がシャワーを浴びているのかと思った。まど
ろみから醒めきらない身体を反転させて、隣のベッドを見ると、彼
女は肩まですっぽりと毛布を被り、まだ深い眠りの中にいた。
 ずきっと、一瞬胸に痛みが走り、ため息がそれに続く。雨音から
少しでも遠ざかりたくて、私は毛布を耳元まで引き寄せた。
「ダイビングは無理ね」ぐっすりと眠っているかのように見えた香
里は、すでに目を覚ましていて、さっさと起き上がってミニ・バー
に立つと、電気ポットで湯を沸かし始めた。私はもう一度眠ってし
まおうと、きつく目を閉じる。夢の中に逃げ込んでいるうちに、南
国の太陽が雨雲を追い払い、目覚める頃には、惚れ惚れするような
青空が空を彩っているのに違いない。
「このぶんじゃ、一日中降るわよ」香里の冷静な言葉に、はかない
希望も打ち砕かれた。わたしはぐずる小学生のようにのろのろとベ
ッドから出ると、ソファの背に首をもたげて座った。
「飲みなさいよ」まんべんなく窓に張り付いた水滴を恨めしく見つ
めていた私の前に、湯気の立つ紅茶が差し出された。
「スコールよ」私はあきらめきれずに呟く。
「まさか」香里はテラスの窓を開け、真剣な眼差しで確かめるよう
に海を見る。強い風と共に、横なぐりの雨が、部屋の中まで入り込
み、並べて置かれた二人分のダイビング器材を濡らした。香里の視
線を追って窓の外に目をやると、空と地平線の境すら区別のつかな
い、波打つ海が広がっていた。それはぽっかりと宙に浮いた、ただ
の灰色の空間のようにも見えた。「やっぱり無理ね」香里の声は、
思いのほか明るい。
 短い休暇の最終日。この島近海にしか生息を確認されていない、
ヘブン・バタフライ・フィッシュを観る為の早朝ダイビングは、フ
イになってしまった。
 お互いの結婚以来、ようやく実現した女同士の気ままな旅。明日
にはこの部屋も引き払う。それでも、香里の口元には、かすかな笑
みさえ浮かんでいる。
「亭主たちへの言い訳になるじゃない」
「何が?」
「もう一度、この島へ来る理由が出来たじゃないの」
  七色の背鰭を持つという、幻の大魚。長年の夢だった対面の時。
この旅最大の目的は、果たすことのできないまま終わりそうだ。
口にした紅茶の思いもかけない渋みに、二人して顔を顰めたことを
きっかけに、目を合わせて笑った。
 恵みの雨が、降り続いている。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。