第12回1000字小説バトル
Entry11
販売機で切符を買った美穂がクルリとまわるように振り向く。シ ャンプーの香りをほのかに漂わせて、茶色がかった髪がふわりと宙 に舞った。 「ありがと、克也。ここでいいよ」 「え、ホームまで送るよ」 「いい、湿っぽくなりそうだから。そーいうのの苦手だしね」 形のよい唇を弓のように曲げて、美穂は微笑んだ。 「そっか」 駅の窓から見える街路樹はまだ芽を出していない。春というには まだまだ寒さが強いのだろう。そのせいもあってか、休みだという のに駅構内に人気はなかった。 克也は白いジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。 「東京は寒いらしいから、風邪ひかないように。あったかくしろよ な」 「ありがと、でも」美穂がクスクス笑う。 「克也のはやりすぎじゃない? 綿菓子みたいよ」 「そうかな」 克也は、すこし傷ついた、といった顔をして自分の服装に目を落 としていたが、不意にニヤリと笑って言った。 「でも、あったかいんだ。これ」 少し芝居がかった調子で克也はジャンパーをひろげる。下にはク リーム色のセーターが着込まれていた。胸には赤い筆記体で「Mi ho」とワンポイントのロゴが入っている。 「あ、それ」 美穂の瞳が驚きで大きくなる。 「へへ、美穂ブランドのセーター。第一号」 「一年の時の、まだ持っててくれたんだ」 「もちろん。世界的デザイナー芦川美穂先生じきじきの作品ですか ら」 「バカ」 美穂が笑う。 「……がんばれよな。応援してる」 「うん、克也も」 美穂はすこしうつむく。 「それじゃあ、そろそろ行くね」 美穂が置いてあったスポーツバックを肩にかけて、改札口の方へ 歩きだす。 「……」 去っていく美穂の後ろ姿に克也は思わず腕をあげる。しかし、途 中でその手をとめ、強くコブシを握りしめた。 「美穂!」 美穂が立ち止まる。 「三年間、いろいろあったけど楽しかった。俺……美穂に会えてよ かった」 「湿っぽいのは苦手だって言ったのに、もう」少し困ったような表 情を浮かべて美穂が振り返った。「でも……」 美穂は克也の前へやってきて立ち止まる。そして、小さく微笑ん だ。 「私も楽しかった。克也に会えてよかったと思う」 そして、美穂はついと背伸びをして、唇を克也のそれと重ねた。 「美穂」 克也は思わず美穂を抱きしめる。美穂の肩からどさりとスポーツ バックが落ちた。 応える美穂もやさしく克也の背中に手をまわす。そして、克也の 耳元でささやくように言った。 「さようなら……克也」
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