第12回1000字小説バトル
Entry2
薄明かりの差し込む窓辺にあの人は現れません。僕の耳には悲しき 調べは流れ込んできません。空はあくまで青く静けさを湛えていま す。この世に生を授かり今日まで僕なりに精一杯生きてきました。 しかし片時もこの妄想めいたものから放たれた試しはありません。 いやこれは妄想なんて大層なものではない事も分っています。これ は認識の上にしっかりと立つあまりにも分りきった事実です。なぜ 僕は天才ではないのだろうか。僕がそうである限りこれははっきり とし過ぎた事実です。なぜなら宿命という言葉は彼らにだけ使う事 が許されているのだから。僕は父母をいや誰をもうらむ者ではない。 それはもっと違う何かであり、そうあらねばならぬのだから。はじ めからそれを授かっていない僕にはおよそ知る由もない事なのだか ら。天才は自ずから自らを、そしてその地平を知り苦悩するもので あるらしいです。僕にはその限界というものがおよそ見えません。 この世で凡才が夢を見るときほど楽しく、それでいて悲しいほど滑 稽に見えるものはありません。僕はその醜い姿を晒しつづける事が もうできなくなりました。恍惚たるべく苦悩するときに自分の顔に 浮かぶ卑しい薄笑いに気づいてしまったのです。結局僕は誰にも心 のうちを打ち明ける事ができませんでした。見渡せば皆があの恐ろ しい薄笑いを浮かべ苦悩し、夢を語っているではないか。誰が理解 するというのだ。傷を舐めあい。だがそれもそして何もかももうす ぐ消え去る。苦悩ではないのだ。ただの煩悩だ。ああこの最後の一 瞬にさえも僕には全てが、ペンを握る手、風の音、影の色、全てを はっきりと把握できる。 ごめんなさい。僕はどうしようもない凡人でした。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。