第12回1000字小説バトル
Entry20
日が傾いて、そろそろ文字が読みづらい、と思いはじめたときだ った。 「こんにちは」 「……こんにちは」 うかつに返事をした自分を、我に返って、馬鹿、と内心ののしっ た。 ここは某デパートの屋上庭園である。温かかった日差しもそろそ ろ温度を失いはじめ、人気が絶えて静かだった。早く引き上げれば よかったか、と思いながら目を上げれば、それなりに人の良さそう なオニイサンだ。 「ここ、座ってもいいですか」 嫌です、とも言えない。あと二ページ繰ったら、何気なく席を立 とうと決めて、目を合わせずに頷いた。 一ページ目を繰ったところで、「人を待っているので」とでも言 えば良かったと気がついた。遅かった。 ページとページの間に、重い、中身入りの紙コップが置かれ、ぐ らりと傾いだそれをわたしは支えてしまった。ココアだった。 目を上げると再び目の前に立った人が、屈めた身体を伸ばすとこ ろだった。伸ばすなりこちらの目を見て言った。 「お芝居の練習です。付き合ってください。ぼくはそれなりに!!」 突然入ったセリフの、声量に身がすくんでココアが揺れた。鳩が 翼を軋ませて、何羽も夕日の中へ飛び立った。その瞬間に、どこか 別の世界へ来てしまったような気がした。 セリフに入ったときから、こちらには背が向けられている。わた しはただ、唖然としていた。 「……彼女を愛していたのに」 声のトーンを落し、足下を見つめる。 「何がいけなかったんだ?答えてくれ」 ……わたしはいつのまにか、俯いていた。 「それなり、なんて、言うからだよ」 ぽつりと答えた自分の声は、ココアの湯気にやわらかく湿ってい た。 「馬鹿だね、君も」 微笑いながら顔を上げる。 彼も、夕日を反面に貼りつけて微笑っていた。 「君に言われたくないね……君こそ、言葉を選んだ後、ちゃんと告 げてしまうがいいよ。ずっとずっと、悩んでいるのは馬鹿みたいだ」 わたしは、微笑っている顔の下で、じっと目を閉じていた。 「告げられるものならね」 はは、と彼は笑った。 「そこが弱い。そこが駄目だ。駄目だよ……」 ひょい、と、ココアをとり返していく。 「人生はもっと素晴らしい。努力をするべきさ。わかるかい?君は、 もっと……」 夕日が、最後に強い光を残して消えた。 わたしはページの間にしおりを挟んで、立ち上がった。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。