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第12回1000字小説バトル
Entry23

悔悟

作者 : 鮭二
Website : members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 1000
 職安を出てしばらく歩くと男に肩を叩かれた。
「お困りでしょう?」実直そうな眼鏡をかけている。「大変な時代
です」
 私はコートのポケットに左手を入れる。まるい小石を握り締める
と、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
「私、片桐と申します」と言って男は名刺を差し出した。
「奇遇です」
「え?」男はややあって頬を緩めた。「なるほど、そうなんですか、
片桐さん」
 「片桐」は私の名前ではなく小石の名前だった。
「便宜的に、私がカタキリ、あなたがカタギリ、という呼び方でど
うでしょう?」
 私は曖昧に頷きポケットの片桐をそっと撫でた。
「立ち話もなんですから」と言ってカタキリは私の背中を押した。
 マイクロバスに30人くらいの男女がぎっしり詰め込まれている。
カタキリは弁当とビールを配りながら指折り頭数を数え、よっしゃ、
と気を吐いた。
「ちょっと」と言って私はカタキリの袖をつかむ。「飯場と宗教だ
ったら固くお断りします」
 カタキリは穏やかな表情で人差し指を立てた。「悪い話ではあり
ません」
 マイクロバスが走り出すとカタキリは私の隣りに腰を下ろし、弁
当を広げた。
「大変な時代です。役所も効率と競争を求められています」
 カタキリの名刺には、Kという地方都市の名前が刷り込まれてい
た。
「県全体で、まるでお話にならないくらい有資格者が不足している
のです。私どもは少なくともF市にだけは負けるわけにはいきませ
ん」
 バスは首都高を猛烈なスピードで駆け抜けていく。
「研修です」と言ってカタキリは眼鏡のレンズを丁寧に拭いた。
「寝ていても構いません。ただその場所にいていただければいいの
です」
 私は片桐を握り締めて目を閉じた。すぐに寝たきりの老母の姿が
浮かび上がる。その姿を追い払おうとするほどに、干乾びた体と饐
えた臭いが纏わり付いてくる。目を開けると道の彼方に白い山並み
がぼんやりと見えてきた。
「K市はあの山の向こうですか?」
「もっともっと向こうです」
 バスは車体を震わせるほどのスピードで追い越し車線を走ってい
たが、私にはまだ物足りなかった。
「急がないといけません」と言ってカタキリはため息を吐いた。
「否応なしに4月から始まってしまうのです」
「もっと急いでもらえませんか」
 もっと早く、もっと遠くへ。私はバスのスピードに願いを込めた。
 そろそろオムツが気持ち悪いんだけどねえ、と老母が恨めしそう
な顔を私に向ける。私は片桐を握り直し、顔を背けた。






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