第12回1000字小説バトル
Entry28
有坂は広範な知識を持っているくせに、その全てに何の価値も無 いと考えている。いつも持ち歩くピラミッド型の宝石をいじりなが ら雑多な知識を披露した後で、「こんなの知ってても何にもならん」 と必ず口にするのだ。 その有坂は僕を侮蔑していた。知識と機知とを織り込んだ弁舌で 僕を貶めるのだが、奴の話を聞いていると、ある種の快感を覚える。 その日もまた、会社近くの食堂――『中華風ラーメン』と、よく 考えると変な幟の立つ――で昼食を共にしている。有坂は卵とハム しか入っていない五目チャーハン、僕は好物の納豆定食だ。くたび れた本棚には数年前のジャンプやチャンピオンが積み重なり、隅に 置かれた小さなテレビは映像を二重に映し出している。どこかの野 菜のダイオキシンがどうのと、物知り顔のキャスターがわめいてい た。 奴はちらりとテレビに目をやり、次いでその三白眼で僕を凝視し た。 「納豆は好きか?」 脈絡の無い問いはいつものことだ。僕は糸を引く箸先を舐めて軽 くうなずいた。 「チーズやヨーグルトも好きだろう」問いでは無く断定だったが、 どちらも好物だから僕は何も言わなかった。有坂は呆れたように首 を振り、再び僕を睨む。 「君はグリーンピースの賛助会員とか言いながらクジラも好物だっ たな。社内環境保護委員なぞをやりながら車を乗回し、電気は夜中 まで使いっ放し。ゴミの分別もしなければ、飢民たちに同情しつつ 飽食する。そのクセ、はした金を募金に入れては自己満足に浸る… …まさしく人間だな」 流石にムッと来て反論しようとしたが、考えて見れば言われた通 りだった。排気ガスも電力の浪費も、飢えた難民たちの件も、気に しながらも「その代価は払ってるさ」――と。 そんな僕を蔑む――いや、人類を軽蔑する眼差しで、有坂は冷笑 を浮かべた。 「【人間】である君らには、きっとあれも好物に違いない」 指し示す先には、いたずらに危機感を煽るだけで何の救いももた らさないドキュメンタリー。アップで映し出された蒼いはずの地球 は灰色掛かり、紫色に澱んで見えた。 腐敗した胎児――生まれ出ることなく、透明な子宮でうずくまる ――その幻影に僕は喉を鳴らした。 美味そうに思えて…… 「地球に優しい、などというくだらんコピーがあるが、優しかった のは地球の方さ。だが、それも終わりだ」嬉しそうに語る有坂は、 左手で例の宝石を玩んでいた。 「彼女の慈愛は底をついたのさ」
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