第12回1000字小説バトル
Entry32
前田高光の顔がフェイドアウトし、テロップが流れ始めた。 『乱舞の果て』は何度みてもいい。フィルムの中で高光は十五人の 警官を殺す。それも最高にクールなやり方で。俺はビデオを止め、 窓のカーテンを引き開けた。部屋の中に強烈な朝日が差し込む。そ の光が、高光のような男になる日が来たことを俺に告げていた。 電柱に凭れて煙草をふかす。国道を挟んだ対岸、陣崎署の正門を 出入りする警官達。できるだけ傲慢そうな奴がいい。そいつの腹に アーミーナイフを突き立てるのだ。警官殺し――明日の新聞は俺の ことを書き立てるだろう。そして、俺の写真を見た高光はこう言う のだ。見ろよ、こいつを。俺と同じ目の色をしてやがる。 突然のざわめきに俺は我に返った。署の正面階段を騒がしい一団 が降りてくる。その中にはテレビカメラを担いでいる男もいた。俺 は国道を渡り、煙草に火を点けながら彼等が近づくのを待った。集 団の中から声が上がった。 「署長、今の御気分はいかがですか」 記者達に囲まれ、制帽しか見えない男の上機嫌な声が答えた。 「たまにはこういうのも悪くないな」 沸き起こるおもねるような笑い。――大きな事件が片づいて記者 会見でもしてきたところか。ちょうどいい。奴をこいつらの前で殺 してやる。そうすれば、一時間後には血塗れのナイフを手にした俺 の姿が全国に流れる。 門を出て来た一団を追い、背後から近づく。かき分けた人垣の間 から紺色の制服がのぞく。がっしりした肩、広く平らな背中。ナイ フを抜き出しながら、俺は最後の一歩を勢いよく踏み出した。次の 瞬間、ナイフは根元近くまで制服の背中に飲み込まれていた。男は 声も発しないまま前のめりに倒れた。溢れ出す悲鳴。倒れた男と俺 を残し、人の輪が大きく広がった。まるで俺達にだけにスポットラ イトが当たっているかのようだった。 怒号を上げ飛びかかってくる警官達。あっという間に組み伏せら れた俺に、シャッター音が降り注ぐ。地面に押しつけられながらも、 俺は顔を上げて記者達のカメラを、――いや、その向こうにいるは ずの高光を見つめた。『乱舞の果て』で彼が見せた不遜な笑みを真 似ながら。 手錠を打たれ、乱暴に引きずり立たされる。そのとき、女性記者 がテレビカメラに向かって喚く言葉が、ざわめきの中、不意に、明 瞭に耳へ届いた。 「大変なことが起きました。俳優の前田高光さんが暴漢に刺されま した。前田さんは、今日、一日署長として、ここ陣崎署に――」
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