第13回1000字小説バトル
Entry11
暴風である。道端の木々は断末魔のうめきをあげながらも必死に 土をつかんで踏ん張っている。さよならの言葉すら残せずに飛び立 った花弁は水面に叩きつけられ、気を失っているのか。足元から吹 き上げられた粉塵は高く舞い上がりそのまま消えてなくなった。上 空に雲はない。いの一番に逃げ去ったのだ。 その喧騒の中に、である。無言の影法師がゆっくりと歩を進めて いる。影の持ち主は吹き飛ばされてしまったか。いや、そんなこと はない。少し遅れて姿を現したのは背をまるめ、半身になって荒れ 狂う風に抗する一人の旅人であった。片手で襟元を強く握り、片手 で離陸寸前の帽子を乱暴に抑圧している。目は常に半開きで、うつ むきかげんで前を見る。一つの油断が自分の命取りになることを彼 はよく知っていた。 「それにしても…」 凄い風だ、と言ったのかもしれない。後続の言葉はたちまち吹き飛 ばされてここにはない。かろうじて残ったのは彼の口元に浮かんだ 皮肉な微笑であった。 「それにしても」 旅人は再び呟いた。 「あいつらは馬鹿だ」 今度ははっきりと聞こえた。馬鹿だ、と彼は言った。彼は聞いてい たのである。太陽と風の会話を。 「太陽よ、あの旅人のコートをどちらが先に脱がせられるか勝負し ようぜ」 ほろ酔いかげんの風は憎らしいほどの無邪気さで、太陽にそうもち かけた。風に他意はない。酒宴の興添えに、と思ったのである。 「これは面白い、では勝負しよう」 太陽も洒落のわかる男である。膝を打って直ちに賛意をあらわすと 「ならば風さんのほうからどうぞ」 などと余裕のあるところをみせつけたのであった。 次の瞬間に下界は風に引き裂かれていた。ただ一枚のコートを吹 き飛ばすために風はすべてに襲いかかったのだ。 「絶対負けはせぬ」 旅人は死んでもコートは離さないつもりであった。それは意地であ ろうか。プライドであろうか。わからない。ただ無性に悔しく腹立 たしかった。暴風の後は灼熱の太陽が大地を焦がすであろう。旅人 は襟元の手にもう一度ぎゅっと力をこめた。 知らないうちにすっかり夜が更けていた。あれほどしつこく脱衣 を迫った太陽も地平線に沈み、優しい月光が、もう寝ろよと旅人に 囁く。旅人の敵は去った。旅人は満足げにコートから手を抜くとゆ っくりと横になった。今日はよく眠れそうである。 「ほれ見たことか、コートを脱いだぞ。俺の勝ちだ」 月は誇らしげにそう言い放つと豪快に笑った。寝顔の勇者は夢の中 である。
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