第13回1000字小説バトル
Entry15
藁束のような金髪を無造作にかきあげると、その若者は唄い出した。 世界中に知られたシンガーが私の為に唄う。誰が信じられるだろう。 目の前でギターを爪弾きながら、その特徴ある声で唄い続けている。 ある恋愛映画のテーマ曲に使われた切なくなるようなラヴ・ソング。 彼は、それを私の為だけに唄ってくれている。ただ私は嬉しかった。 最後の一節を掠れた声で唄い終えた彼は、強く強く目を閉じていた。 入れ墨だらけの細い裸の上半身に、色褪せた金髪の束が落ちてゆく。 本当に豪華なロイヤル・スウィートにはそぐわないブルー・ジーン。 擦り切れた裾からは、薄汚れた黒いブーツが無造作に投げ出されて。 もう一曲、もう一曲だけ私の為に唄ってよ、と彼に哀願している私。 ひとつ溜息をついて、彼は奇妙に澄んだ碧い瞳で私を一瞥して唄う。 激しいギターの旋律と彼の怒ったような大声が部屋中に響きわたる。 私は目を閉じて恍惚としていた。素晴らしい瞬間が訪れているのだ。 これこそ私が求めていたもの。あのロック・スターは私の言いなり。 私は誰にも縛られないと嘯いていた彼を縛りつけてやったのだから。 私は、とても幸福だった。世界が終わってもいいとさえ思っていた。 一発の銃声。 SWATの狙撃チームが凶悪犯人を射殺することに成功した一発の銃声。 あのロック・スターを監禁し、唄うことを強要させた女性は死んだ。 飛び込んできた人々の質問に身を任せながら、彼は心の底で考える。 俺の存在がこのような事件を引き起こしてしまったのだろうか、と。 自分は、彼女に間違った人生を送るように仕向けたのだろうか、と。 何処かにひっかかる何かを感じたままロック・スターは唄い続ける。 彼女の世界は灼き切れるように終焉を迎えたが、自分は生きている。 納得がいかなかった。恍惚として唄に包まれて逝った顔が羨ましい。 あれこそがロックンロールのあるべき姿であるかのように思われる。 夜毎、彼女が脳裏に現れては唄をせがむのだ。挑発するかのように。 半年後、満員の客が見守る光が煌めくステージの中央で彼は死んだ。 最後の曲を唄い終えると、猟銃をこめかみにあてがって撃ったのだ。 誰も何も云えず、駆け寄る時間すらもなかった。ただ銃声が響いた。 全世界の観客がテレビの前で生中継されていた彼の死体を見つめた。 そして、誰にも彼が自殺した理由が解らなかった。僕にも解らない。 一人の女性。 一人の男性。 二発の銃声。 何かが終わってゆく。
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