第13回1000字小説バトル
Entry19
二人がまだ結婚する前、裕次と光子が男と女の関係になって間も ない頃の話である。近所のスーパーで一緒に夕飯のおかずを物色し ていた時だ。 「ねえ、これってさ」 惣菜売り場の、鯵の開きのフライを指差して光子が言った。 「裕ちゃんの...に似てるよね」 裕次は最初、光子が何を言ってるのかわからなかったが、よくよ く聞いてみてやっと理解した。 裕次に限らず、男は、普段自分のそれを上から見下ろす事しかな いから思いもよらぬ事であるが、なるほど正面から間近に見る女の 側からすれば、当然違った印象を持つわけである。尻尾を上に、左 右に開かれた頭部を下にして股間にちょこんと乗っければ、あるい はそう見えるかもしれない。 「面白い」裕次はしげしげと光子を見つめた。 アジフライから男のモノを想起する女が、この世にどれ位いるか、 裕次には想像もつかない事だったが、光子のこの感性に魅かれてし まった。 裕次が彼女にプロポーズしたのは、それから間もなくの事である。 裕次はアジフライが好物だった。負けず劣らず、光子もアジフラ イを食べるのが大好きだった。その夜、いつものように夫婦で入浴 し終えた後、光子はさっそくアジフライにかぶりついた。 光子の食べ方には規則性があり、きちんと手順が決まっているよ うであった。 まず初めに、開かれたアジの頭部の片側にパクつく。口いっぱい にほおばり時間をかけて味わった後、もう片方に移る。そして最後 に、残った尻尾を口に含むのだった。 裕次は光子のアジフライを食べる様子を眺めるのが好きだった。 もくもくとほおばりながら、時折ちらりと裕次の方を見る。視線が あうと恥ずかしげに目を伏せ、また咀嚼を続けた。その仕草が裕次 にはたまらなくて、つい手を伸ばして我が新妻の短い髪を撫でてや るのだった。 いよいよ残された尻尾に取りかかる番だ。光子は一際大きく口を 開けると、一気にほおばった。裕次は目を細める。アジの尻尾は光 子の口中の柔らかい粘膜に包まれ、喉の奥へと飲み込まれていった。 裕次は幸せだった。この女と結婚して良かったと思った。 その夜二つめのフライを口にしようとした時、光子が傍らに落ち てあるキャバクラのマッチに目を留めた。裕次は慌てた。 「こ、これは、付き合いでしょうがなく行ったんだっ」 光子は二尾目を食べ始めた。 「別に気にしてないわよ」 夫にニッコリと笑いかけ、そして光子はアジフライにガリリと歯 を立てた。
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