インディーズバトルマガジン QBOOKS

第13回1000字小説バトル
Entry21

呼ばれる

作者 : 小川千栄子
Website : http://www.geocities.co.jp/PowderRoom/7400
文字数 : 911
 また、あの沼に捨てに行かなければ。いったい何度この道を往復
すれば、私は自由に爽やかな朝を迎えることが出来るのだろう。そ
れは絶対に私から離れないと言った。何処へ逃げても必ず追いかけ
て見つけ出すと。低く厭らしい声で囁く。卑猥に笑う。眠れなくな
る。私は眠りを貪れないことにひどく苛立ち、爪で体中を掻き毟る。
血が滲んで皮膚がどんどん汚くなる。痛さで涙が出るのに止められ
ない。いっそのこと、このまま体の中の血を全部流して死ねたらい
いのに。そうすれば私はこの苦しみから解き放たれて楽になれる。
「そんなことをしても無駄だ」
声が聞こえる。聞いてはいけない、反応してはいけない。
「死にたいのか。そんなに死にたいのか?死んだら楽になれると思
うのか。どうなんだ、答えろ」
そう囁きながら耳たぶを舐める。ザラッとした生暖かい感触をおぼ
えて、背中がぞっとする。
「やめて」
私は小声で何回も繰り返す。やめて。やめて。
「どうして私がこんな目にあうの。私が何をしたの。何にも悪いこ
となんか、してないのに」
涙が溢れて止まらない。脚が血だらけになっている。
「悪いことなんか、してないだと?」
それは可笑しくて堪らないという感じで大声で笑う。
「よくもそんなことが言えるな。悪いことしたじゃないか。お前は
罰せられるんだよ、生きてる限りな。最後の呼吸まで、お前は罪人
という看板を背負って生きていくんだ。後ろ指さされたまま死んで
いくんだ。どうだ?考えただけでゾクゾクするじゃないか」
「罪人」
「そうだよ。だってお前は殺してしまったんだからな、あの男を。
殺して切りきざんであの沼に捨てにいって」
「やめて。やめてやめてやめて。だって殺そうとしたのよ私を。
だから」
「自分が死ぬのは嫌だけど他人が死ぬのはどうってことないってこ
とだろう。あの男は、あくまでもお前を殺そうとしただけだ。
なのにお前は殺してしまったんだ。ほら、呼んでるぞ沼から。
お前もこっちへこいと。行けよ、奴だって一人じゃ寂しいだろう」
ああ。ああそうか。あの人は孤独が嫌いだった。甘えん坊でワガマ
マで。そばにいてあげなくちゃ。待ってて、すぐ行くわ。
私はもう往復しなくてもすむ。現実と闇への入り口を。






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