インディーズバトルマガジン QBOOKS

第13回1000字小説バトル
Entry22

遠足

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 祥子はそれほど中身のない半透明のごみ袋を片手に、目的時刻に
収集場所に着くように計算して歩いた。自然な歩調は熟練の賜物と
もいえる。向こうから同じようにごみ袋を片手に歩いてくる人影が
見えて、彼女は自分の成功を知る。
「おはようございます」
 男は祥子の姿を認めると微笑んで言ってごみ袋を収集箇所に置く。
「おはようございます」
 祥子も笑みを返すと彼に近づき、ごみ袋を同じように置いた。
 二人は並んで駅へと向かう。どこからか桜の花びらが舞ってきた。
ひらひらと揺れながら鼻先を落ちてゆくうす紅に、祥子は目を細め
た。
「春ですね」と男が言った。
「そうですね」と祥子が言った。
 あたたかな風が髪をなでた。なつかしい季節の匂いがした。
「派遣、でしたっけ。お忙しいんですか、最近は」
「いえ、そうでもないです」と答えてから、祥子は男を何と呼べば
いいか迷い、結局「そちらは? お忙しいんですか」と訊ねた。
「いや、全然」
 男の笑いを含んだ声に祥子は気まずさを感じて、少し俯いた。彼
はしばらく沈黙した。彼女はその沈黙が苦痛ではなかった。
「本当に春ですね」と男は言って笑った。
「ご主人は? 忙しいんじゃないんですか」
 夫は毎朝車で通勤しているのだと以前に祥子は男に話していた。
「ええ。忙しいみたいです」
 昨夜夫は帰らなかった。今月すでに三度目だった。祥子は笑みを
作る。そういうこともあるのだ、生きていれば。
 歩道が広い大通りに二人は出た。祥子は男の穏やかな声に耳を傾
ける。ちょっとした世間話でも彼女は彼の話を聞くのが好きだった。
 単身赴任だと聞いていた。家を建てたすぐ後に転勤でね、と苦笑
まじりに言ったことがある。お気の毒に、と祥子が言うと、まあ家
があるだけでもいいと思わないとね、と答えた。
 幸せですよ、そう思うことが大切なんです。
 やがて、駅前にどこかの学校の児童の集団が列を作っているのが
見え始めた。
「遠足かしら」
 とつぜん男は黙って足を止めた。祥子も戸惑いながら足を止めた。
子供のことでも思い出したのだろうと思った。しかし男の視線は空
へと移っていた。彼は黙って青空を見上げていた。祥子も上を見た。
真っ青な中に白い雲がぽかりぽかりと浮いていた。
「遠足でも行きましょうか」と男が言った。
「そうですね」と祥子は答えた。
「遠足へ行ってたくさんごみを出してきましょう」と彼は言った。
 彼女は頷いた。小さな花びらが髪からはらりと零れた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。