第13回1000字小説バトル
Entry24
満月がアルプス山脈から昇り始めた頃。一台の車が炸裂音と共に ガードレールに突っ込み、フロントガラスを撒き散らしながら山の 斜面を滑り落ちた。右の前車輪が切株に乗り上げ、引っ繰り返った ところで車は止まった。 良彦はシートベルトを外して、ガラスの砕け散ったフロント部分 から這い出た。雑草の上に散らばったガラスが、月光に照らされて 輝いている。それを見ながら怪我をしていないか確認してみたが、 シートベルトをしていた所がやけに痛む事以外は、特に異常は見ら れなかった。 彼は助手席に視線を投げたが、恵子の姿はなかった。辺りを見渡 すと車の10mほど後ろに、白いシャツを赤黒く染めた彼女が、変 な方向に首を曲げて横たわっていた。ガードレールに激突した時に、 外に投げ出されたのだろう。 「だからシートベルトしろって言ったじゃないか」 彼はもう動く事のない彼女に、聞こえないように呟いた。そして 輝くガラスを手で払い除けてから、草の上に腰を下ろし煙草に火を つけた。 とんだ災難に巻込まれたものだ。恵子は死んだんだろうな。仮に 生きていたとしても、こんな山奥では人が居る所まで行けっこない。 なんせ携帯の電波すら届かない場所だ。やってらんねーよまったく。 恵子が死んだらどうなるんだろう。俺の保険で賠償金とかを払っ たりするのかな。俺の怪我は保険金が下りるだろうけど、助手席に 座ってた奴が死んだらどうなるんだろう。下りなかったら最悪だな。 恵子の両親は良い人だけど、こればっかりは謝っても許してくれな いだろうな。「何千万円払え!」とか言われたりしたら、自殺もん だよ。 いや待てよ。そもそもこの事故は俺のせいか?俺はシートベルト しろって言ったのに、恵子が面倒くさいと言ってしなかった。俺は ドライブなんかに行きたくなかったのに、恵子がどうしても行きた いって…。あいつがそんな事を言い出さなければ、こんな目に合わ なかったし、親に買ってもらった車を潰す事も無かった。俺も半分 は被害者だ。恵子は半分被害者で半分加害者というところだろうな。 じゃあもう半分の加害者は誰だろう。 彼は恵子の方をちらりと見てから煙草を投げ捨て、草の上に寝転 んだ。雲一つ無い夜空。葉を一枚千切って匂いを嗅ぎながら頭上の 満月を見上げた。彼は満月に見惚れてカーブを曲がりそこねたのを 思い出した。 もう半分は満月のせいかもしれないな。
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