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第13回1000字小説バトル
Entry26

人魚姫

作者 : 紅緋蒼紫
Website : http://www.freepage.total.co.jp/circle_led/
文字数 : 1000
 この砂浜で、彼女に出逢った。
 白砂に刻まれる風紋は刻々と形を変え、それに合わせるように潮
騒が繰り返し耳に寄せる。蒼い海はいつしか紅に染まり、ふと気づ
くと、渚に彼女がたたずんでいた。燃える空を背景に、細い足首を
波に洗わせて。
 不思議な女だった。僕を見つめる大きな瞳は深い海の色。肌は夕
陽に溶けてしまいそうなほどに透明で、はりついた長い髪は濡れた
緑色をしている。
 一糸まとわぬ姿に、僕は魅入られたように近づいていた。女は逃
げる様子もなく、その海の瞳で僕を見つめている。
「君は……人魚?」
「私は人魚」
 抑揚の無い声と人間味に欠けた言葉の響きが、彼女を人外のもの
に思わせる。
「名前は?」
 指先で彼女の頬に触れる。冷たい肌。
「言えない」
「どうして?」
「魔法が解けちゃうもの」
 無表情のままの彼女に、思わず苦笑する。
「人魚は男を海に誘うと言うね。君も僕を連れ去りに来たのかい?」
「そう。寂しいあなたを、連れ去りに」
 僕は彼女を抱き寄せると、海と夜空に包まれながら一つになった。

 以来、僕たちは何度も逢瀬を重ね、体を重ねた。
 彼女は一向に僕を連れ去る気配は無い。いつも寂しそうに微笑み
ながら波間に消えて行く。彼女は本当に人魚なのだろうか。
「僕を」砂浜に添寝し、深緑の髪を愛撫しながら囁く。
「僕を、君の国へ連れて行ってくれないか」
「なぜ?」
「なぜって、僕を連れ去りに来たんだろう、君は」
 指先が首筋を伝い下り、桜貝の色をした突起を摘まむ。
「駄目」
 吐息と共につぶやいた彼女の瞳は涙があふれていた。
「どうして、駄目なんだ?」
「あなたは……」涙が真珠となって零れ落ちた。
「あなたは満たされてしまった。もう、寂しくない」
「君に逢えたからだよ」彼女の手を取り、立ち上がる。
「ずっと一緒にいたいんだ。わかるだろう?」
 こくん。
 小さくうなずく。
「愛してる。だから、君の名を教えてくれ」
 悲しい笑顔。
「美魚」
「メイユウ……」
 僕がその名を口にした瞬間、彼女の顔は強張り、大きな瞳が一杯
に見開かれた。爪先から指先から、細かな水泡となって崩れていく。
「美魚ッ!」
 僕は彼女の残滓を掻き集めるように手を伸ばすが、すべては指の
間から零れ、砂に吸い込まれて消えた。
 彼女は人魚だった。

 もう一度彼女の名を口にしたが、応じたのは風と波だけ。
 以来、僕は彼女の名を口にしていない。
 あたりを探しても、彼女の零した涙の真珠は見つからなかった。






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