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第13回1000字小説バトル
Entry3

雛

作者 : 有香
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文字数 : 1000
「ねえ、しってる?」
 それまで直人の二の腕に緩く絡まっていた雛子の腕は、さらさら
と解かれて。直人の背中にするりと舞い下りた。
「ここ」
「ん?」
「肩甲骨」
 背中というより肩。肩の後ろにある逆三角形の平らな骨格を、雛
子の細い指がゆっくりとなでる。羽みたいだな、と直人はぼんやり
思った。
「ここはね、人間が天使だった頃の、翼のなごりなんだよ」
 背中のちょうどそのあたりに、暖かく優しさが触れた。柔らかか
ったから、唇か、と思う。背を向けたその先で雛子のからだがごそ
ごそと動き、翼の根元に耳を寄せるのが感じとれた。
「翼・・どこにいっちゃったのかな」
 なんとなく、雛子の声は潤んでいた。
「いつから・・なくなっちゃったのかな」
「・・さあな」
 こうやって、背中に触れ合うようになってからじゃないかと、ふ
と思う。互いの背中を指でなぞったり、唇で滑るのに、翼は邪魔だ
ろう。
「私の翼は、何色かな」
 純白だろうな、と直人は思う。
「さあな」
 雛子は直人の後頭部を軽くたたいて、ついと背を向けた。自分よ
りふた回りも小さい背中を思って、直人はふと、泣きたい気持ちに
なった。雛子が、咳をしている。
「大丈夫か?」
「ん。だいじょぶ」
 雛子の方を向く。細い肩が、細かく震えていた。両腕でしっかり
抱いてやると、雛子は、震えながら泣いていた。
「ごめんね、ごめんね。私・・私・・」
「知ってる。うん、知ってるよ」
 雛子はごめんね、ごめんねと繰り返しながら、また咳をした。直
人は雛子をしっかりと抱き寄せて、大丈夫、知ってるよ。と呟いた。
「私・・行かなきゃ」
「・・そう・・か」
 ベッドからゆっくりと体を起こし、シーツを服代わりにまとう。
シーツの端で口元をぬぐって、雛子はようやく直人の方を向いた。
 天使のように、きれいだった。
「じゃ、私・・行くね」
「ああ」
 それだけの言葉を交わすと、雛子はまた咳をした。白いシーツの
一端がぱっと赤に染まった。白い白い視界の中のそこだけがいやに
鮮やかで。直人は何だか気が狂いそうになって、雛子に背を向けた。
 からからと、ベランダへの硝子戸を開ける音がした。三月にして
は暖かな風が直人の頬をなでた。さらり、と衣擦れの音を残して、
雛子がベランダへ出た。
 一瞬、強い風が吹いて、白いシーツは翼になった。

 直人はずっと眠っていた。雛子の翼を想いながら。あいつはちゃ
んと飛べただろうか。不器用なやつだからな、と。
 それだけが、気になった。






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