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第13回1000字小説バトル
Entry30

Magical Heat

作者 : 川辻晶美
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文字数 : 1000
 私はそのコーヒー色の皮膚に爪を立てた。苦痛の呻き声とともに
洩れる溜め息からも、キスの後、互いの唇を結ぶ銀の糸からも、濃
厚なガラムの香が匂いたつ。東南アジアの島に生まれた男特有の匂
い。彼の指が辿った後は、火傷のように熱い。彼の名はラス。宿泊
しているホテルのベルボーイ。あと何度、私はこの腕に抱かれるこ
とが出来るのだろう。
 美香は部屋にいるのだろうか。私たちの逢引きに気づくこともな
く。まあ、いい。日本に戻れば恋人の待つ彼女と違って、後ろめた
さを感じる理由など、私にはないのだから。津波のような快楽が全
身を突き抜け、次の瞬間、潮が曳くように去っていった。

「気がついた?」ベッドに横たわる私を美香が覗き込んでいる。
「私、一体どうしたの?」起き上がって私は訊いた。
「ダンスを観ている途中でトランス状態になって、気を失ったのよ、
あなた」
「そう」バリ中部の村、ウブドで観たケチャ・ダンス。百人近い男
たちが輪になって歌い、踊る。決して譜面に出来ない、その奇跡的
なリズムを聞いているうちに、心地良いのか不快なのか、判断のつ
かない幻暈に襲われたことを、ぼんやりと思い出した。
「タクシーで戻って、ロビーからはベルボーイが部屋まで運んでく
れたのよ。今朝あなたと話していた男の子。ラスっていったっけ?」
 夢の中で触れた熱い指先の感触が肌に甦った。
「ねえ、まだ旅の初日よ。大丈夫?」
 一週間の休暇は始まったばかりだった。
「夕食は、どうする?」
「行くわよ。予約してあるし」食欲などまるでなかったが、外の空
気に触れたかった。身体中に、まだ熱がこもっていた。

「気分は良くなられましたか?」
 エントランスでタクシーを待っていると、ラスが近づいてきて言
った。がっしりとした体格には似合わない少年のような笑顔を前に、
私はあわてて視線を逸らす。さりげなく言葉を交わすには、あまり
にもあの夢は生々しすぎた。
 美香が代わって礼を述べ、車に乗りこもうとした時、ラスが、私
だけに囁いた。
「夜はビーチ・バーに居るから、よかったらおいでよ」
 強いガラムの匂いがした。私は曖昧に頷きながら、彼がドアを閉
めるのを待つ。もしかして……。ここは神々の棲まう島。神に魅入
られた土地。訪れる人は奇跡を垣間見ることもあるという。もしか
して、あれは夢ではなく、神々が見せたほんの少し先の未来……。
 鼓動が爪の先まで伝わり、身体の奥で、小さな炎が妖しくゆらめ
き始めた。






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