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第13回1000字小説バトル
Entry38

蛙

作者 : akoh
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896
文字数 : 1000
『井の中の蛙大海を知らず』
 これは明らかな侮辱であると、その蛙は怒った。怒って、そして
どういうわけだか、その大海というものを倒してやらんと決意した。
 生ぬるい風の吹く一夜のことである。彼は故郷の田園を後にした。
 あるときは悠然と水面を泳ぎ、またあるときは颯爽と岸辺を跳び
はね、川の流れを伝って進んだ。曲がりくねり、瀬と淀みを繰り返
しつつも着実に大海へと近づく流れのその道々で出会った者たちは、
蛙の壮大なる決意を聞くと、皆一様に叱咤激励した。誰一人、彼に
嘲笑を与えるものはなかった。
 蛙の決意はいよいよ強固なものとなっていった。励ましてくれた
者たちの期待を裏切ってはならないという使命感が彼の中に生まれ
ていたのである。この行動は、もはや自分一人のものではなく多く
の同志たちのものなのであるという思いは、蛙に重圧よりもむしろ
情熱を与えた。そしてその情熱は蛙の中でエネルギーとなり、彼を
突き動かした。
 流れはようやく閉塞する。淀みとは明らかに違う、ねっとりとし
た質感を持ってとどまる水は、そこが流れの終着点に近いことを示
していた。
 そして、瞬間、視界がぱっと開けた。と同時に、驚くほどのまぶ
しい光が蛙の目へと飛び込んできた。眼下に満たされた水が一斉に
太陽の光を浴びせかけたのである。蛙は満面の笑みをたたえていた。
名誉挽回の絶好の機会を得、また艱難辛苦を乗り越えての旅の終わ
りを迎え、さすがに喜びは禁じえなかったのである。
 あとは勝つこと、それには泳いで渡ることと、蛙はさっと水平線
の彼方を見やった。名誉挽回の感慨の前には、目の前の水も萎縮せ
ざるを得なかったと見える。蛙には、ほんの水溜り程度にしか思え
なかったのである。
 蛙は意気揚々と泳ぎ出した。新緑色のその体は着実に岸から遠ざ
かる。蛙が水を掻き分けるたびに波紋がスッと浮き立っては流れ去
り、別れを惜しむ紙テープのように、蛙と岸とを結んでいた。その
テープが二者を完全に別つころには、もはや後戻りはできまい。憩
いの足場は千尋の底、すがるべき岸辺は水平線の彼方に沈む。かの
諺がようやく身に染みて、心が萎縮する。無念さよりも惨め、恥ず
かしさに身じろぎ一つできなくなり、死――
 そうは問屋がおろさない。気づくと蛙は、岸に打ち上げられてい
たのである。
 そして蛙は知るのである。激励した者たちの陰口を、大海実は小
さなダムでしかなかったことを、幸いなことに知るのである。






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