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第13回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1道化娘にナンマイダ大森 柔971
2鉄仏1000
3雛有香1000
4ワールドカップ雨耳900
5ロストうめぼし1000
6偽善埜間夏太985
7南風吹く丘 君に逢うオクムラ真保呂701
8天国とか地獄麦茶795
9十年目の奇蹟yoshi987
10雨の日の過ごし方ニコ810
11旅人砂利道1000
12肉じゃがナナキマキ700
13野球beebeeGirl988
14ボイジャー佐藤ゆーき971
15Rock'n Roll Is Dead.ABSOLUTE "AZ" ZERO966
16CROSS OF THORNS戦国972
17彼女と思い出穂積行人820
18影法師越冬こあら1000
19アジフライしょーじ999
20住む世界が違うむーみん997
21呼ばれる小川千栄子911
22遠足 ★一之江1000
23同胞鮭二1000
24満月DIPSY975
25病人対談あきら1000
26人魚姫紅緋蒼紫1000
27零和Default1000
28医療の発展羽那沖権八967
29MarieとMariaとMaryと赤井すいか1000
30Magical Heat川辻晶美1000
31ストレス太郎丸(TAKUTO)1000
32小さな恋の物語やまと991
33ニセモノ逢澤透明1000
34大阪ロボット芸人・おスミ蛮人S1000
35桜一日更羽1000
36ごみむし俊991
37流れ星竹村礼代1000
38蛙akoh1000

第13回1000字小説バトル
Entry1

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道化娘にナンマイダ

作者 : 大森 柔
Website :
文字数 : 971
「お父さんに私の気持ちは分からない」と言って姉は家を飛び出し
た。メロドラマさながらである。だとしたら父は姉を追いかけるべ
きだ。追いかけろ、追いかけるんだ父さん!  と僕は心の中で叫ん
だが、父は一点をみつめたまま酒をあおり続け、酔いつぶれた。
  やがて姉が戻ってきた。いまだメロドラマのヒロインを演じてい
る姉は「お父さんごめんなさい」と言って居間に飛び込んだ。しか
し姉を受けとめるべき父は、すでによだれを垂らしてつぶれている。
「お父さん、お父さん」と姉が父の肩を揺さぶった時、間の悪いこ
とに父はぷぅと屁をこいてしまった。姉は何も言わずに部屋へ閉じ
こもった。
  次の日から姉は父を無視しはじめた。
「おはよう」と父が笑顔をふりまく。姉は父の顔を見ない。「今日
も明るく元気に家族円満」と父が空元気を振りまく。姉は明らかに
父の存在を無視している。
  そんな日々が一週間ほど続いたろうか。とうとう父の堪忍袋の尾
が切れた。
「お前なんぞに父さんの気持ちが分かってたまるか!」
  と言って父は家を飛び出した。姉は追いかけなかった。当然であ
る。姉に父を追いかける道理はない。そこで僕が父を追いかけた。
「父さーん、父さーん」と僕が呼びかけると、父は立ち止まって振
り返った。
「なんでお前が追いかけてくるんだ?」と父は聞いた。
「僕もメロドラマに入り込みたかったんだよ」
「そうか、じゃあ今から家へ戻って姉さんにこう伝えておくれ。父
さんは今から川に飛び込むよ。本当は飛び込まないけど姉さんには
迫真の演技で父さんが自殺しようとしていることを伝えるんだよ、
分かったね」

「姉さん!  父さんが、父さんが!」と言って僕は家に飛び込んだ。
姉は僕の言うことを聞くなり裸足で家を飛び出した。僕もあとを追
った。
  父は橋の欄干に足をかけていた。
「お父さんやめて!  私が、私が悪かったのよ、ごめんなさい!」
  と言って姉は涙をほとばしらせながら父のほうへ走っていった。
父は姉の姿を見ると両手を広げて「いいんだ、もういいんだよ」と
言って姉に向かって走り出した。二人は橋の中央でしっかりと抱き
合った。それを見ていた僕は、なんて嘘っぽい光景なのだろう思い
ながら、可能な限り明るい声で最後のきめぜりふを二人に向かって
発した。
「二人とも、味噌汁が冷めちゃうぞ!」
  二人は明らかに作り物と分かるさわやかすぎる笑顔をよこした。

第13回1000字小説バトル
Entry2

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鉄

作者 : 仏
Website :
文字数 : 1000
 彼らには到底理解できないだろう。錆びた鉄と酸化した油が混じ
り合った、甘美なまでの芳香。金属同士が擦れ合って響かせる鳥肌
が立つようなスクリーム。そして、心臓の鼓動さえも狂わされてし
まうかのような工作機械たちの律動。
 小さな金属工場が軒を連ねて密集する、通称スチールスラム。そ
こは私の秘密の通学路。

 酸性物質を含んだ風雨によってすっかり劣化してしまった、今に
も崩れてしまいそうな門をくぐると、そこはスチールスラムである。
 最初にあるのは小さな溶接工場。もう顔見知りになってしまった
溶接工のお爺さんに挨拶をして、私はふらふらとスラムの奥へと入
っていく。ここには人間らしい生活感など一切なく、代わりに機械
たちの奏でる生活音で溢れている。工場長が新入りの工員を叱る怒
鳴り声さえ、ここでは小鳥のさえずり以下である。
「やあ、今日はもう学校は終わったのかい?」
 冶金工場のおじさんが、口から銅の匂いをぷんぷんさせて話しか
けてきた。私は軽く会釈をして「ええ。今は期末試験なんです」と
答えた。
「試験かい。大変だねえ、頑張りな」
「はい。それじゃ…」
「おぅ」
 小さく手を振り合って、おじさんは工場に、私は更に小さな路地
に入った。
 そこは左右に切削加工業者の工場が立ち並ぶ裏路地で、軒先に並
んだ無数のドラム缶からは金属の切り屑が溢れ出していた。ここは
金属と切削油の匂いが他所よりも強烈で、しかも、機械音と摩擦音
がけたたましい。耳も鼻もここでは完全に機能を失ってしまう。
 工場の一つで、汚れた作業着の袖で汗でも拭いたのだろうか、顔
を黒くした青年がノギスで部品の寸法を計っている。最近、ここに
やって来た青年だ。私は立ち止まって、青年が気付くのを待った。
 しばらくして、ようやく私の視線に気付き、青年が顔をこちらに
向けた。
「こんにちは」
 声は届かないだろうけど、私はできる限り声を張り上げた。青年
も微笑んで、口の動きだけで挨拶を返してきた。更に私が何か言お
うとしたとき、そこの工場長がやって来て、青年に何か指示を与え
はじめた。青年が私に手を振り、私はぺこりと頭を下げてその場を
離れた。

 スチールスラムの正面に私の住むマンションがある。
「オ帰リナサイ。試験ドウダッタ?」
 教育熱心な母親は、開口一番そう訊いてきた。
「別ニ。普通ヨ」
 私は素っ気無く答え、自室に逃げ込んだ。引いてあったカーテン
を開けると、スチールスラム全体が見渡せた。

第13回1000字小説バトル
Entry3

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雛

作者 : 有香
Website :
文字数 : 1000
「ねえ、しってる?」
 それまで直人の二の腕に緩く絡まっていた雛子の腕は、さらさら
と解かれて。直人の背中にするりと舞い下りた。
「ここ」
「ん?」
「肩甲骨」
 背中というより肩。肩の後ろにある逆三角形の平らな骨格を、雛
子の細い指がゆっくりとなでる。羽みたいだな、と直人はぼんやり
思った。
「ここはね、人間が天使だった頃の、翼のなごりなんだよ」
 背中のちょうどそのあたりに、暖かく優しさが触れた。柔らかか
ったから、唇か、と思う。背を向けたその先で雛子のからだがごそ
ごそと動き、翼の根元に耳を寄せるのが感じとれた。
「翼・・どこにいっちゃったのかな」
 なんとなく、雛子の声は潤んでいた。
「いつから・・なくなっちゃったのかな」
「・・さあな」
 こうやって、背中に触れ合うようになってからじゃないかと、ふ
と思う。互いの背中を指でなぞったり、唇で滑るのに、翼は邪魔だ
ろう。
「私の翼は、何色かな」
 純白だろうな、と直人は思う。
「さあな」
 雛子は直人の後頭部を軽くたたいて、ついと背を向けた。自分よ
りふた回りも小さい背中を思って、直人はふと、泣きたい気持ちに
なった。雛子が、咳をしている。
「大丈夫か?」
「ん。だいじょぶ」
 雛子の方を向く。細い肩が、細かく震えていた。両腕でしっかり
抱いてやると、雛子は、震えながら泣いていた。
「ごめんね、ごめんね。私・・私・・」
「知ってる。うん、知ってるよ」
 雛子はごめんね、ごめんねと繰り返しながら、また咳をした。直
人は雛子をしっかりと抱き寄せて、大丈夫、知ってるよ。と呟いた。
「私・・行かなきゃ」
「・・そう・・か」
 ベッドからゆっくりと体を起こし、シーツを服代わりにまとう。
シーツの端で口元をぬぐって、雛子はようやく直人の方を向いた。
 天使のように、きれいだった。
「じゃ、私・・行くね」
「ああ」
 それだけの言葉を交わすと、雛子はまた咳をした。白いシーツの
一端がぱっと赤に染まった。白い白い視界の中のそこだけがいやに
鮮やかで。直人は何だか気が狂いそうになって、雛子に背を向けた。
 からからと、ベランダへの硝子戸を開ける音がした。三月にして
は暖かな風が直人の頬をなでた。さらり、と衣擦れの音を残して、
雛子がベランダへ出た。
 一瞬、強い風が吹いて、白いシーツは翼になった。

 直人はずっと眠っていた。雛子の翼を想いながら。あいつはちゃ
んと飛べただろうか。不器用なやつだからな、と。
 それだけが、気になった。

第13回1000字小説バトル
Entry4

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ワールドカップ

作者 : 雨耳
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand/8486
文字数 : 900
 つまり、それはサッカーだった。そう、よくよく見てみると必死
の形相でこちら目掛けて押し寄せる彼らは、悪魔の軍隊といったも
のではなく、単にサッカーを愛する人々だったのだ。同僚の腕には、
黄色いキャプテンマークが巻かれて、日の光に輝く。

 これなら何とかなる。そう、そういうことなら、わたしにもしっ
かり受け止めることができそうだ。なにしろここにはルールがある。
うまくいくと逆に押し返す事だって不可能ではあるまい。

 だが、よくよく考えてみると、わたしはそうではなかったのだっ
た。あたりをしっかり見回してみると、何かが不足しているのに気
がついた。路地の入口がゴールの代わりなのだろう、あのそそり立
つ銅像が審判のつもりであるらしい。だが、肝心のボールはどこだ
ろう。どこにも見当たらない。わたしがボールであるらしい。その
事に思い至り、ホイッスルがフランスの空に響き渡る。

 彼らはわたしを豪快に蹴り上げた。ああ、こんなにも高くわたし
は舞い上がっていくのだなあ。「てっきり自分も人間だとばかり」
気が遠くなっていく。

 わたしはそのままゴールに突き刺さるかと思われたが、間一髪、
ディフェンスが間に合った。力任せに蹴り返される。わたしの家族
だとか、友人とかいった人々の登場だ。彼らが、対戦相手であるら
しい。彼らはボールを回しながら逆に相手ゾーンに攻め込んでいく。
「わたしもこのチームの一員のつもりだったのだけどなあ」

 左サイドを駆け上がった妹が、センタリングを上げる。妻がそれ
を胸でワントラップしてすぐ渾身のシュートを放つ。なにか得体の
知れない不気味なものであるかのように、ボールを蹴り込む。相手
に怖気を奮って押し付ける。「うちにしたって、そんなものは要ら
ないのだよ」だから、こんなにも豪快なシュートが打てるのだった。

 何度、意識を失っただろうか。ついに僕は、どちらかのネットに
突き刺さる。ネットにからめとられてもう身動き取れない。そして、
僕は呟く。「ボンジュール、マダム」ほら、言葉をしゃべるボール
なんてあるかい。「セシボーン」しかも、フランス語なんだよ。だ
けど、歓喜して抱き合う人びと、あるいは、がっくりとうなだれグ
ラウンドに横たわる人々は、それに気がつかないのだった。

第13回1000字小説バトル
Entry5

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ロスト

作者 : うめぼし
Website :
文字数 : 1000
 処女を捨てると世界が変わるなんて言ったのは、一体何処のどい
つだ。
 傍らの電柱を思いきり蹴飛ばし、一人毒づきながら郁美は約束の
場所へと向かった。股にまだ異物感があり、足元がイマイチおぼつ
かない。厚底ブーツがこれほど不便に思った事はない。時々込み上
げる吐き気を我慢しながらふらふらと歩く。
 たどり着いた先にはすでに携帯を片手にした美紀の姿があった。
「どう、うまくいった?」
 差し出された煙草を咥えると、慣れた手つきで火をつける。慣れ
ているのはそこまでで、煙は肺にたどり着く前に大気と同化してい
った。
「もう少し待ってね、アイも今終わったって。で、どうだった?」
「どうって、別に何てことないわよ」
「初めてだったんでしょ」
 ただでさえ釣り上がっている郁美の細い眉毛がさらに釣り上がる。
喉元まで込み上がった言葉を煙と一緒に飲み込むと、美紀に悟られ
ないように軽くむせた。

 茜色に照らされた休日の繁華街、交差点内をとめどなく流れる人
波と、天高く舞い響くクラクション。私が変わった所で世界は何も
変わらない。
 やがてその人込みの中から、いつもと変わらない晴れやかな笑み
を浮かべながら亜衣が姿をあらわした。軽い平謝りを軽く聞き流し、
郁美達は次なる目的地へと向かった。

 結局、家に着いたのは午後十一時をまわっていた。休みの日なら
これはいつもの事であり、「ただいま」を言っても誰からも返事が
返ってこない事も、夕飯など用意されていない事も、誰とも顔を合
わさずに自分の部屋に閉じこもる事も、すべていつもと変わりがな
かった。
 部屋に入るとまず鍵をかける。部屋の中には誰も入れないように
しているので、いつも散らかっている。郁美は手に持った紙袋の中
から、買ったばかりのピンク色のバッグを取り出すと、鏡の前に立
ちポーズを決めた。普通のバイトならば一ヶ月分の給料を食い尽く
すような代物。あれほど欲しかったのに郁美には全く馴染まず、た
だ滑稽な少女が鏡の中に映し出された。
「なにこれ?」
 自分のあまりの滑稽さに、郁美は腹を抱えて笑った。笑いすぎて
胸が苦しい、目からは大粒の涙が溢れ出た。
 ひとしきり笑い終わり、呼吸を整えると、郁美は袖で涙をぬぐっ
た。それでも涙は一向に止まる気配がない。もう一度間抜けな自分
を嘲笑ってみても、鏡に向かってバッグを投げつけて怒ってみても、
電気を消してベッドの中に潜ってみても、その夜、郁美の瞼が渇く
事はなかった。

第13回1000字小説バトル
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偽善

作者 : 埜間夏太
Website :
文字数 : 985
わけあって、10年来の恋人と別れた。
恋人は去り際に、捨て台詞のようにこう言った。
「おまえは
***
わたしが13の夏、世間は気違いみたいに蒸し暑かった。
風呂からあがって扇風機を抱いて涼んでいると、隣家がにわかに騒
がしくなった。
母がサンダルを急ぎ足につっかけ見に出ていって数分後に、救急車
が来た。
「お母ちゃん広恵のうちどうかしたの?」としばらくして戻ってき
た母に尋ねた。
「なんかね、ご主人が倒れはったのよ。脳卒中みたい。」と母は声
をひそめた。
次の日、隣家の門前にモノトーンの幕が張られた。

広恵とは幼馴染という友情でくくられて、行動はしょっ中共にして
いたがもし隣家という縁がなくただのクラスメートだったら親しく
なっていたか分からない。
丸顔で丸い眼鏡をかけて、いつもほわわんとしていたが、話をする
と面白く鋭く、案外と頭のいい子だったのかもしれない。

次の日、月曜日だったけど広恵は勿論学校を休んだ。わたしも母に
言われて、夏休み直前の浮き足立った雰囲気の中、後ろめたい気持
で早退した。
われんばかりの蝉の声と、濃くて短い自分の影と。
広恵のお父さんとは挨拶以外で口をきいたことは殆どないが、それ
でも知ってる人が、しかも友達の近親者が亡くなったという事はひ
どく奇妙で有り得ないことのように思えた。
(こういう場合ココロの優しい子なら)と道すがらわたしは考えた。
(広恵がかわいそうだと思うべきだろう。そうだ、広恵がかわいそ
うだ。)
家に着いて、母に促されるままに広恵の家に行った。庭は緑の濃い
匂いと線香の匂いが入り交じってたちこめていた。
焼香の列の最後について、じりじりと太陽に焼かれながらわたしは
呪文のように頭の中で繰り返した。
「広恵がかわいそうだ広恵がかわいそうだ広恵がかわいそうだ…」
ぐっと深く首を垂れて目に力を入れていると、段々つらい気持にな
ってきたような気がした。目が乾いて、痛くなってきた。ぎゅっと
目をつぶると、涙がぽろりとこぼれた。すれ違う焼香客がちらりと
わたしを見た。
順番がきて、わたしは並ぶご遺族方に礼をした。顔をあげると広恵
と目があった。困ったような表情で座っていた広恵はわたしを見て、
にっこりと笑った。
わたしは、―― 笑い返すことができなかった。
***
 かわいげの無いやつだな。涙のひとつも見せないで。」
仕方がない。わたしの涙は、あの日しぼりだした分で品切れになっ
たのだから。

第13回1000字小説バトル
Entry7

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南風吹く丘 君に逢う

作者 : オクムラ真保呂
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/8710
文字数 : 701
 南風吹く丘で君と会う約束をしたのだけれど、僕はどうも春先と
いう季節が好きになれないんだ。せめてタンポポでも咲いて居てく
れたらなあと思いながら、妙に浮き足立った大人達を掻き分けて南
風を今日も探しているのだけれど、巷に吹く風はどれも冷たくて、
生温かい空気が僕の肺を一杯にしてしまってそれっきりなんだ。
 君との約束を果たしたいのだけれど、約束の丘は何処に在るのだ
ろうか。それどころか僕は色々な事を知らないんだ。いや、忘れて
しまったのかしら。例えば君は誰なのかとか、どうして約束をした
のかとか、約束の日は何時なのかとか。只、約束をしたのは確かな
わけで、だから最近僕は早く夏が来れば良いとそればかり考えてい
るよ。夏が来れば、君との約束は又来年になって、僕の肺に溜まっ
たぬるい空気も少しずつ溶けてしまう筈だから。

 南風吹く丘で君と会う約束をしてから、僕は春先という季節が待
ちどうしくて仕方がないんだ。ああ、タンポポが咲いて居なくて良
かったなあと思いながら、妙に浮き足立った子供達の間を駆け抜け
て、南風を今日も探しているのだけれど、巷に吹く風はもう暖かく
て、湿った梅雨の香が肺を一杯にしてしまってそれっきりなんだ。
 君との約束を果たしたいのだけれど、約束の丘は何処に在るのだ
ろう。僕は君が誰なのかとか、何の為に約束をしたのかとか、約束
の日は何時なのかとか、色々な事を忘れてしまったけれど、いや、
もとから知らなかったのかしら。でもね、そんな事どうでも良いん
だ、だって確かに君と約束をしたのだもの。だから夏なんて来なけ
れば良い。夏が永遠に来なければきっと僕は君に会う事が出来る筈
だから。最近僕はそんな事ばかり考えているんだ。

 僕と約束をしている君。君を待つ僕。そして、今年も君を想う季
節がやって来ます。約束の丘はまだ見つかりませんが、タンポポは
相変わらず咲きません。旅立つ君に一つの点から広がる花を贈りま
す。西へ消えて行く海、中心へ向かう森、閉ざされた果て。
 南風吹く丘で僕は君に逢うでしょう。

第13回1000字小説バトル
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天国とか地獄

作者 : 麦茶
Website :
文字数 : 795
 昨日の夜遅く、彼女は死んでしまった。
 もう2、3日すれば骨だけになって小さな壷の中に入ってしまう。
 後を追うのは簡単だけど、いろいろ考えてやめた。

 病気が病気だけに最後はあっけなかった。医学の発達っていうの
は皮肉なもので、たいていのものは治してしまうけど、死期まで分
かってしまう。
 どうせ苦しまずに死ねる病気ならその時がくるまでは知らない方
が最後まで何も考えずに笑えたのに。
 どうしようもないくらい長くて短くて、やっぱり短い半年だった。
「もって4ヶ月」と言われたときには後2ヶ月余分に残っていたと
は思わず世の中にある楽しそうな事と場所はできる限り楽しんだ。

「明日の朝ね、私がおきられなかったらいけないから先にいうね」
「ありがとう」
「先に行って待ってるから、あなたはこっちでゆっくりしてから会
いに来てね。あんまり早く来てくれてもうれしくないからね」
そして僕は「あんまりゆっくりしてたら他の人と行くかもな」
 この儀式の事もあったし、僕は後を追うのをやめた。

 22年間、彼女は生きた。僕が知ってるのは終わりの5年ぐらい。
 いい娘だった。
 僕の見る限り、本当に天国と地獄があったら、間違いなく天国に
行けるはずだ。
 そして、僕の事を待ってくれているはず。
 でも、できる事なら彼女には地獄に落ちてもらいたい。でないと
僕は彼女に会えないだろうから。

第13回1000字小説バトル
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十年目の奇蹟

作者 : yoshi
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/1581/
文字数 : 987
 同窓会の席上で、熊谷礼香がこんなことを言った。
「十年後、どちらもまだ独身だったら結婚しない?」
 すでに会も終わりにさしかかり、かなり酔いがまわっていたので、
俺は「別にいいよ」と軽い返事をした。俺も彼女も異性にもてた試
しがない。悪友からは、お前は絶対結婚出来ないとからかわれてい
たが、俺は強気に振舞っていた。熊谷礼香とでも結婚したらと言わ
れたが、彼女には悪いが、まったく俺のタイプではなかったし、ど
こか馬鹿にされているようで不愉快だった。確かに、周りでは男で
も結婚している者が増えてきた。焦らないと言ったら嘘になる。し
かし、自分の中では楽観的な部分もあった。人生は長いのだから、
きっと自分に相応しい女性が現れるはずだと。
 それから十年。俺は仕事に夢中になっていた。商品の買いつけで
香港や台湾あたりに行く事が多く、家にいることは月に数日くらい
の割合であった。ある日、台湾のビジネスホテルに泊まっている時、
自分宛に電話がかかってきた。最初は誰か分からなかったが、細か
く説明してもらい、それが熊谷礼香であることが分かった。俺の友
人などをいろいろまわり、電話番号をつきとめたという。突然だけ
れど俺に会いたいというので、日本に戻る一週間後に彼女と待ち合
わせをした。
 彼女とはここ十年の間、一度も会っていない。どこで何をしてい
たのかも分からない。とにかく俺に会いたいということは、何か理
由があるのだろう。予約していたレストランに着くと、すでに彼女
が席に座っていた。十年という月日は、思いのほか長かったようだ。
もはや学生の頃の面影などなかった。俺は仕事が詰まっていたので、
用件だけ聞いて早く切り上げるつもりでいた。しかし、彼女は呑気
にも食事の後に話すと言う。突然の呼び出しもそうだが、我侭な彼
女に少し腹が立っていた俺は、そんなものは後でいいから、早く用
件を言ってくれと急かした。
「十年前の事、覚えている?」
 十年前に何かあっただろうか。俺はまったく覚えていなかった。
そのことを彼女に告げると、かなり落胆していたようだが、気を取
り直して再び口を開いた。
「十年前の同窓会で、お互いにまだ独身だったら結婚しようと言っ
たでしょう?」
 そこでようやく俺は理解した。確かにそんな事を話していた記憶
がかすかにある。もしかして、彼女はその言葉を信じて、十年後の
今、俺を呼び出したというのだろうか。
「私、まだ独身なの。よかったら・・・」
「ごめん。俺、女房と子供がいるんだ」
 その言葉を聞いて、彼女は顔面蒼白の状態になった。そして、食
事が来る前にお金を置いて店を出ていった。俺は黙ってテープルに
座りつづけ、食事が来ると最後まで平らげた。
 その後、彼女と会う事は二度と無かった。同窓会でも彼女を見た
事がない。俺は謝らなければならない。嘘をついてごめん。俺は本
当は独身なんだ。

第13回1000字小説バトル
Entry10

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雨の日の過ごし方

作者 : ニコ
Website :
文字数 : 810
 雨はお昼を過ぎて強さを増した。夏に地球が干からびないように
必死に雨を降らせる雨雲。それをうまく吸収する事のできないアス
ファト。行き場の無くなった雨水は低い所に集まって大きな泥の水
溜まりを作った。

「今日は行かない」
「どうして?」
「雨が降っているから。さっきニュースで行っていたけど記録的な
豪雨らしいよ」
「僕はもう待ち合わせ場所にきているんだよ」
「でも、行かない」
恭子は受話器を当てながら爪を切っていた。昔から雨が降ると爪を
切りたくなるのだ。昨日もおとといも雨が降っていたので昨日もお
とといも爪を切った。
「痛い」
深く切りすぎた小指から血が滲み出た。
「どうしたの?」
「何でもない」
「ねえ」
「なあに」
「もし今日が雨じゃなかったら来てくれた?」
恭子はじんじん痛む小指の傷口の両端を押さえて血を出した。
「たぶん、行ってたと思う」
そう、といって電話は切れた。

 小指は赤い血が滴る、なめると鉄の味がするはずだ、小指に紅い
線が引かれる、それを恭子はなめた。

 本当は私は美穂の彼氏が好きなのだ。でも美穂は奇麗だから彼は
美保を好きになった。理由は奇麗だからだそれ以外何も無い、私だ
って彼の顔が好きだからこんなにいても立ってもいられないぐらい
会いたいのだから。

 恭子は今日の電話の相手を思い出した、イライラが雨の音に合わ
せて募る。あー美穂の彼に会いたい。どこか遠くに行きたい。爪を
切りたい。ゆっくり眠りたい。外に出たい。笑いたい。歌いたい。
夢を見たい。何か飲みたい。大声を出したい。奇麗になりたい。誉
められたい。羨ましがられたい。尊敬されたい。泣きたい。甘えた
い。走り出したい。逃げ出したい。お風呂に入りたい。あー小指が
痛い。

 恭子はそのままベッドに入って天井に手のひらを透かした。まだ
小指は血を流している。雨はどんどん強さを増しているのが音で解
る。このまま記録的な豪雨になって道路を川にしてあの人が流れて
溺れてしまえばいいのに、そしたらきっと私はあの人を好きになれ
ると恭子は思った。

第13回1000字小説バトル
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旅人

作者 : 砂利道
Website :
文字数 : 1000
 暴風である。道端の木々は断末魔のうめきをあげながらも必死に
土をつかんで踏ん張っている。さよならの言葉すら残せずに飛び立
った花弁は水面に叩きつけられ、気を失っているのか。足元から吹
き上げられた粉塵は高く舞い上がりそのまま消えてなくなった。上
空に雲はない。いの一番に逃げ去ったのだ。
 その喧騒の中に、である。無言の影法師がゆっくりと歩を進めて
いる。影の持ち主は吹き飛ばされてしまったか。いや、そんなこと
はない。少し遅れて姿を現したのは背をまるめ、半身になって荒れ
狂う風に抗する一人の旅人であった。片手で襟元を強く握り、片手
で離陸寸前の帽子を乱暴に抑圧している。目は常に半開きで、うつ
むきかげんで前を見る。一つの油断が自分の命取りになることを彼
はよく知っていた。
「それにしても…」
凄い風だ、と言ったのかもしれない。後続の言葉はたちまち吹き飛
ばされてここにはない。かろうじて残ったのは彼の口元に浮かんだ
皮肉な微笑であった。
「それにしても」
旅人は再び呟いた。
「あいつらは馬鹿だ」
今度ははっきりと聞こえた。馬鹿だ、と彼は言った。彼は聞いてい
たのである。太陽と風の会話を。

「太陽よ、あの旅人のコートをどちらが先に脱がせられるか勝負し
ようぜ」
ほろ酔いかげんの風は憎らしいほどの無邪気さで、太陽にそうもち
かけた。風に他意はない。酒宴の興添えに、と思ったのである。
「これは面白い、では勝負しよう」
太陽も洒落のわかる男である。膝を打って直ちに賛意をあらわすと
「ならば風さんのほうからどうぞ」
などと余裕のあるところをみせつけたのであった。

 次の瞬間に下界は風に引き裂かれていた。ただ一枚のコートを吹
き飛ばすために風はすべてに襲いかかったのだ。
「絶対負けはせぬ」
旅人は死んでもコートは離さないつもりであった。それは意地であ
ろうか。プライドであろうか。わからない。ただ無性に悔しく腹立
たしかった。暴風の後は灼熱の太陽が大地を焦がすであろう。旅人
は襟元の手にもう一度ぎゅっと力をこめた。

 知らないうちにすっかり夜が更けていた。あれほどしつこく脱衣
を迫った太陽も地平線に沈み、優しい月光が、もう寝ろよと旅人に
囁く。旅人の敵は去った。旅人は満足げにコートから手を抜くとゆ
っくりと横になった。今日はよく眠れそうである。

「ほれ見たことか、コートを脱いだぞ。俺の勝ちだ」
月は誇らしげにそう言い放つと豪快に笑った。寝顔の勇者は夢の中
である。

第13回1000字小説バトル
Entry12

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肉じゃが

作者 : ナナキマキ
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/5086/top.html
文字数 : 700
一人暮らしに何が必要か?と聞かれたら、僕は迷わず片手鍋と答え
るだろう。
肉じゃがを作るためのものだ。
たとえ一人で暮らしても、美味い肉じゃがを食わなければ意味がな
いからだ。
母が作るよりも上手く肉じゃがを作らなければならないのだ。
そうしなければ、いつ電話がかかってくるか分からない。
電話を恐れながらする一人暮らしなど、そんなのはホンモノではな
いのだ。
僕はここ何年も、非の打ち所の無い母の肉じゃがを食いながら、絶
望に打ちひしがれていた。僕にこんなカンペキなものは作れない。
この味、このにおい、この温かさ、とても僕には真似できない。
しかし、僕がこの家を出て行くためには、この味を超えなくてはい
けないのだ。
過去あるものを全て網羅せずに、どうして先に進めるというのだろ
う。
僕はこの信念を曲げることはない。
絶対に曲げはしないのだ。
だから、僕がこの家から出て行くにはもう少し時間がかかるだろう。
まだまだ母の味には追いつけない。
毎日夕飯に肉じゃがが出る度、僕はそれを眺め、ゆっくりと口に運
び、吟味し、そして研究する。母は笑って見ている。
僕がどんな思いでそれを食しているかも知らないで。
超えられない、超えられない。
そんなジレンマと重さ。
しかしその裏に、安心している自分を、僕は知っているのだ。
それを打ち消すように、僕は新じゃがを買い求め、キッチンにこも
り、何度も試行錯誤を繰り返し、肉じゃがを作り続ける。
最近ではもう、朝から晩まで作っている。
そんな僕を見て、父は、
「料理人にでもなるのか?」
と月並みな質問をしてきた。
僕はただ、
「分からない。」
と答えた。
まさか、一人暮らしをするから、だなんて言えない。
そんなことは言えない。
母を超える肉じゃがを作れてからではないととても、そんなことは
言えない。
僕が大人になるまで。

第13回1000字小説バトル
Entry13

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野球

作者 : beebeeGirl
Website :
文字数 : 988
 野球観戦というものが、こんなにも暇で、帰ってからのテレビ番
組を考えてしまうものだとは、ぜんぜん、思わなかった。さっきか
ら、といっても二回の表ぐらいから、打ったとおもったら外野フラ
イで、観ていて、ストレスが溜まってくる。賢治のほうを見て、
「この試合、どう観ると、おもしろくなるの、ねぇ、なんかない」
 と訊くと、
「観てておもしろくないんだったら、どうしようもないんじゃあな
いの」
 と答えられ、こんなところに連れてくんな、と言おうとおもった
が、七回の裏で、いまさら言ったってしょうがないので、大きなた
め息をついて、口にしなかった。
 こよみでは、もうとっくに、春なのだが、さむくて、コートを着
てきたのは正解だった。風がしつこく吹いてきて、私達の周りに他
の客がいないことが理由ではないんだけれども、やっぱりドーム以
外で今後は野球を観戦しないと決めた。
「もう、帰る?」
 いかにも、私に合わせるみたいな感じで、賢治は、こっちを見ず
に言った。なんだかそんな賢治の態度が気に入らなかったが、私は
私で、ジョジョの奇妙な冒険みたいに、時間の無駄無駄無駄……と
心の中で連呼していたので、
「え? 賢治はいいの?」
 と言って、賢治が、
「なんかさぁ、飽きてきたから」
 と言ったので、
「じゃあ、帰ろう」
 と言いながら、やけに広く感じる球場をぐるっと見渡して、さっ
きからいちゃついているカップルの後ろに出入り口を見つけて、立
ち上がった。

 二、三度は雑誌で紹介されてるんじゃないかと思える、ちょっと
奥まったところにあるカフェに入った。慣れた、ゆったりとした動
作で注文を訊かれたあと、二人で何も話さずにいたら、まるで、私
達がインテリアのひとつになったような気分がし、そんな自分がつ
まらなく思えたので、
「カーテンは、もう、買った?」
 と賢治の顔を見ずに訊くと、
「あぁ、カーテンか、買わないといけないな」
 と賢治は、少し驚いたような顔して、こっちを見、ひとりごとの
ように言った。
 同棲のための部屋にカーテンがない生活というのは、わくわくし
ないではないが、すぐにふたりの関係に破局が来てしまうような気
がし、社会生活の中で、普段から、目にする家庭のカーテンの印象
の強さに感心してしまった。

 そういえば、野球なんてのは感心したことが一度もない。これは、
私の生活に関係がなく、知らなくたって、周りから注意されないか
らだろう。

第13回1000字小説バトル
Entry14

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ボイジャー

作者 : 佐藤ゆーき
Website : http://www.d2.dion.ne.jp/~syuki
文字数 : 971
  アルファ・ケンタウリ系第四惑星。そこは地球と呼ばれている。
そこには約四万年前に太陽系第三惑星から移住して来た人々が住ん
でいるが、今では恒星間飛行の技術も失われ、自分達の住む星の名
前がなぜ地球というのかさえも忘れ去られていた。
 その惑星の太陽が二つ昇る灼熱の砂漠。一台の馬車が走っている。
乗っているのはカーラという十七歳の少女。黒い肌の国の娘。カー
ラは前の晩、寝室の窓から大きな流星を見た。それは長い光の尾を
引き、地平線を明るく照らした。それはきっと隕石か何かで、たま
たまこの星の重力に捕らえられ、空気の層との摩擦で燃えあがった
ものだろう。そんなことは五歳の子供でも知っている。それだけで
なく何年かに一遍やってくるほうき星は真っ黒に汚れた雪玉で出来
ているということや、銀河の中心には光さえも吸い込む黒い点があ
るということさえも
 だからこれまでそんな流星ごときで大騒ぎすることなんかなかっ
たのに、その晩の流星だけはなぜかカーラの心を引き付けた。それ
はまるでおとぎ話の太陽が一つしか昇らない惑星の物語のように懐
かしい気持ちにさせた。そして次の日の朝早く、カーラは馬車を走
らせた。
 あの流星が落ちたと思われる場所まで近付いた時、もう太陽は一
つ沈んでしまっていて大分暑さは和らいでいた。もう少しで黄色い
肌の国との国境に差し掛かってしまう。そんな不安が心をよぎった
時、目の前に大きな穴が現れた。思った通りだクレーターだ。
 馬車を降りて、その穴に近付く。まん中に黒焦げになった金属の
塊が転がっている。白い肌の国で時々見つかる鉄の遺跡と何か関係
あるのだろうか。そんなことが頭をよぎる。
 その金属の塊は原形をとどめておらず、どこもかしこも真っ黒に
なっていたがその中でカーラは直径三十センチ程の円盤を見つけた。
被っている煤を手で払うと金メッキを施された表面が現れた。    
 それを目にした時、カーラはどうしてか分からないがとても悲し
い気持ちになり、涙が流れた。
 カーラには分からなかったが、カーラのDNAは知っていた。そ
れは自分の先祖が太陽系第三惑星に住んでいた頃、宇宙の他の生命
に向けて送られたメッセージだということを。そして今DNAは知
ってしまった。四万年という時がたってもやっぱり自分達は孤独だ
ということを。

第13回1000字小説バトル
Entry15

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Rock'n Roll Is Dead.

作者 : ABSOLUTE "AZ" ZERO
Website : http://www.n-mix.com/absolutezero/index.html
文字数 : 966
藁束のような金髪を無造作にかきあげると、その若者は唄い出した。
世界中に知られたシンガーが私の為に唄う。誰が信じられるだろう。
目の前でギターを爪弾きながら、その特徴ある声で唄い続けている。
ある恋愛映画のテーマ曲に使われた切なくなるようなラヴ・ソング。
彼は、それを私の為だけに唄ってくれている。ただ私は嬉しかった。

最後の一節を掠れた声で唄い終えた彼は、強く強く目を閉じていた。
入れ墨だらけの細い裸の上半身に、色褪せた金髪の束が落ちてゆく。
本当に豪華なロイヤル・スウィートにはそぐわないブルー・ジーン。
擦り切れた裾からは、薄汚れた黒いブーツが無造作に投げ出されて。
もう一曲、もう一曲だけ私の為に唄ってよ、と彼に哀願している私。

ひとつ溜息をついて、彼は奇妙に澄んだ碧い瞳で私を一瞥して唄う。
激しいギターの旋律と彼の怒ったような大声が部屋中に響きわたる。
私は目を閉じて恍惚としていた。素晴らしい瞬間が訪れているのだ。
これこそ私が求めていたもの。あのロック・スターは私の言いなり。
私は誰にも縛られないと嘯いていた彼を縛りつけてやったのだから。
私は、とても幸福だった。世界が終わってもいいとさえ思っていた。

一発の銃声。

SWATの狙撃チームが凶悪犯人を射殺することに成功した一発の銃声。
あのロック・スターを監禁し、唄うことを強要させた女性は死んだ。
飛び込んできた人々の質問に身を任せながら、彼は心の底で考える。
俺の存在がこのような事件を引き起こしてしまったのだろうか、と。
自分は、彼女に間違った人生を送るように仕向けたのだろうか、と。

何処かにひっかかる何かを感じたままロック・スターは唄い続ける。
彼女の世界は灼き切れるように終焉を迎えたが、自分は生きている。
納得がいかなかった。恍惚として唄に包まれて逝った顔が羨ましい。
あれこそがロックンロールのあるべき姿であるかのように思われる。
夜毎、彼女が脳裏に現れては唄をせがむのだ。挑発するかのように。

半年後、満員の客が見守る光が煌めくステージの中央で彼は死んだ。
最後の曲を唄い終えると、猟銃をこめかみにあてがって撃ったのだ。
誰も何も云えず、駆け寄る時間すらもなかった。ただ銃声が響いた。
全世界の観客がテレビの前で生中継されていた彼の死体を見つめた。
そして、誰にも彼が自殺した理由が解らなかった。僕にも解らない。

一人の女性。
       一人の男性。
              二発の銃声。
                     何かが終わってゆく。

第13回1000字小説バトル
Entry16

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CROSS OF THORNS

作者 : 戦国
Website :
文字数 : 972
何処まで行ったか記憶にないが、人生はゲームだと悟った。
物事を深刻に捕らえる程に・・・・。
その代償について考えることもなく、人生は目の前を過ぎていった。
成し遂げたことは皆無に等しく、全ての希望は拒絶された。

男は砂浜にいた。
男はどこを見るともなく海を眺めていた。
生命の源とはまるで思えない青黒い海を・・・・。
この男は自分は救世主だと偽り多くの人々を餌としてきた。
 一時は、本当に自分は救世主ではないか。そんな思い込みまでし
たものだった。
しかし、西暦二千年が過ぎると信者は急激に減りはじめた。
間違っているのは俺だって?(そうよ)
俺はいつも最大限の努力をしてきた。(嘘つき!)
それじゃあどうすればいいんだ。(サヨナラ)
とうとう最後の信者(兼愛人)も逃げるように男の元を去って行っ
た。

男は深い喪失感の中で佇んでいた。
「どうして泣いているのですか?」
 男は我に返って顔を上に向けた。そこにはふさふさとした白髪と、
口髭をした老人が傍らに立っていた。学者や教授と言っても過言で
はない理知的な顔付きをしている。  
男は目尻を指先で拭った。いつの間にか泣いていたらしい。
「目に砂が入っただけです」
 老人はよっこらと男の横に腰を下ろした。
 それから、
「あなた、顔色が悪いですよ」
 老人は、なりふり構わずといった感じで訊いた。
「最近眠れなくて、眠っても悪い夢ばかりですぐ飛び起きてしまい
ます」
男は素直に答えた。
「どんな夢ですか?」
「とにかく見たくないような夢です」
 現実も夢も同じことだ。
 男の脳裏にはなぜかそんな言葉が浮かんだが、声には出さなかっ
た。
少しの沈黙の後、
「大丈夫ですよ。その悩みも今日でおさらばです」老人は口を開い
た。
「それに、あなたはもう夢を見ることはありませんよ」
 男が気付いたときには老人は拳銃の引き金を絞っていた。
“パァン”
 乾いた、それでも小気味良い音が響いた。
 男は低空のバックドロップを喰らったレスラーの如く頭から仰向
けに倒れた。
 そして、砂漠の湧き水のように額から赤い血が流れ出した。
「最近は気分が悪くて。気紛れと言うべきかな」老人は誰に向かっ
てともなく言った。
 男の耳元に顔を近づけ、
「私も夢を見ますよ。最近は悪い夢ばかりですけど」
 そう囁き、砂を踏みしめるようにゆっくりと歩きはじめた。

第13回1000字小説バトル
Entry17

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彼女と思い出

作者 : 穂積行人
Website :
文字数 : 820
 澄んだ冬の夜空のもと、吐く息は白くかすんだ。彼女を送る帰り
道、住宅街は静まりかえり、僕の憂鬱をはらす術はない。

「それでね、その部屋のドアを開けたら誰がいたと思う?
 すごくびっくりしたんだから!」

 彼女のこの話を聞くのは何回目になるだろう。僕は曖昧にうなず
きながら、仕方がないことなんだ、と思うようにしていた。彼女に
はもう時間という概念すら関係のないことなんだから

 一台の車が僕たちをヘッドライトで染めながら通り過ぎていった。
彼女をかばうように歩道側にして並ぶ癖は変わらない。意味なんて
もうないじゃないか、そう考えながら僕は歩く。彼女は喋り続けて
いる。僕は彼女と手をつなぎたかった。でもできなかった。覆い被
さるような現実に触れてしまうことが怖かった。

 しばらく歩くと道はYの字型に分かれている。右に折れる道路は
見通しのいい緩やかなカーブを描いていた。本当に緩やかな何の変
哲もない道だ、そのはずだった……
 
 僕たちはそこで立ち止まった。アスファルトの上がきらきらと光
っている。幾千の細かく砕け散ったガラスのかけら。僕は早く雨が
降ればいいと思った。すべて流してしまいたかった

「きれいだね、星空みたい」

 彼女が呟いた。彼女の目にそう映るのなら、僕にはもう何も言え
ない。そう思うことにした。彼女に微笑んで頷く

「いつまでこうして会えるの?」

 僕は彼女の目を見ながら聞いた。きれいな瞳だった。全然変わっ
てない。それがよけいに僕を悲しくさせた

「解らない……
 でもそろそろなのかもしれない。最近はもう像を結ぶのが辛くな
ってきたの……」

 僕は黙ってあたりをぼんやりと眺めていた。
緩やかなカーブ、ガラスの破片、傾いた電柱、ひしゃげたガードレ
ール、二つの花束……そして逃げてきた現実

「もう行かなくちゃ」

 彼女は静かに宙に浮いていく

「忘れるなんてできないよ!今でも好きだ。僕はどうしたら……」

 彼女は本当に悲しそうな顔をして弱々しく微笑み、夜空にとけ込
むようにして、消えた

第13回1000字小説バトル
Entry18

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影法師

作者 : 越冬こあら
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/4129
文字数 : 1000
 影が私の邪魔をするのは、敵意からではなく、逆に私に好意を抱
いているからだと思い始めたのは最近のことである。それ以前に、
影に独立した感情や意志があることについて私は私なりの確信を得
ていた。それは、たとえば日曜日、朝日を背にジョギングをしてい
て、目前に延びた長い影を見たとき、あるいは、夜間の室内で白壁
に写る影の動きにふと気付いたとき、確かに感じるものである。そ
こには、別の人格が存在し、常に私を見つめていた。

 学生時代、女性と交際しようとしてもなかなか上手くいかず、上
手くいっても二、三ヶ月で体よく振られていたという事実も今思え
ば、影の仕業だったのだ。彼女たちは皆、別れ際にこう言った「あ
なたには影がある」と。
 社会に出てからも恋をしては振られ続けた。そして先週、一年以
上交際したアケミに振られた。
 六本木、深夜のラウンジで、そろそろ二人の将来についての話を
切り出そうかと思っていた私に、アケミは言った。
「シンジさん、正直に言って。あなた他につきあっている人がいる
んでしょ。その人とても嫉妬深い人なんでしょ。私わかるの。こう
して二人でいるときも誰かに見られているような感じがするもの。
いいえ。答えてくれなくてもいい。これは、私の直感で、女の直感
は常に真実なの。私はシンジさんが好きだけど、シンジさんのこと
を私以上に愛してる女性が他にいるなら、仕方が無いわ。私、身を
引くわ。さようなら」何とも論理性を欠いた話だが、そう言い終わ
るとアケミは店を出ていった。ラウンジには多数の照明によって生
み出された多数の影が、私を取り囲んでいた。

 私は影の存在を呪った。影から逃れることの出来ない自分を呪っ
た。しかし、そうして四六時中影の事で悩んでいるうちに、影の一
途な恋心に思い当たり、少しずつ影がいとおしくなってきた。そし
て、私は夜毎影に頬を寄せ愛の言葉をつぶやくようになった。

 月の無い夜。午前三時を回ると弱い街灯の他は光を発するものも
なく、影だけの世界となる。「俺はオカマじゃねえ。自分が口下手
で女にもてないもんだからって、それを全部俺のせいにして、あげ
くの果てに俺のことを好きになって、どうしようってんだ。お先真
っ暗だぜ」シンジの影が叫ぶ。
「まあ、そう怒りなさんな。俺たち影はもともと真っ暗なんだから」
かたわらの大きな影が慰める。その悟りきった声を聞くとシンジの
影も随分と落ち着いた。
「寄らば大樹の影」である。

第13回1000字小説バトル
Entry19

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アジフライ

作者 : しょーじ
Website :
文字数 : 999
 二人がまだ結婚する前、裕次と光子が男と女の関係になって間も
ない頃の話である。近所のスーパーで一緒に夕飯のおかずを物色し
ていた時だ。
「ねえ、これってさ」
 惣菜売り場の、鯵の開きのフライを指差して光子が言った。
「裕ちゃんの...に似てるよね」
 裕次は最初、光子が何を言ってるのかわからなかったが、よくよ
く聞いてみてやっと理解した。
 裕次に限らず、男は、普段自分のそれを上から見下ろす事しかな
いから思いもよらぬ事であるが、なるほど正面から間近に見る女の
側からすれば、当然違った印象を持つわけである。尻尾を上に、左
右に開かれた頭部を下にして股間にちょこんと乗っければ、あるい
はそう見えるかもしれない。
「面白い」裕次はしげしげと光子を見つめた。
 アジフライから男のモノを想起する女が、この世にどれ位いるか、
裕次には想像もつかない事だったが、光子のこの感性に魅かれてし
まった。
 裕次が彼女にプロポーズしたのは、それから間もなくの事である。

 裕次はアジフライが好物だった。負けず劣らず、光子もアジフラ
イを食べるのが大好きだった。その夜、いつものように夫婦で入浴
し終えた後、光子はさっそくアジフライにかぶりついた。
 光子の食べ方には規則性があり、きちんと手順が決まっているよ
うであった。
 まず初めに、開かれたアジの頭部の片側にパクつく。口いっぱい
にほおばり時間をかけて味わった後、もう片方に移る。そして最後
に、残った尻尾を口に含むのだった。
 裕次は光子のアジフライを食べる様子を眺めるのが好きだった。
もくもくとほおばりながら、時折ちらりと裕次の方を見る。視線が
あうと恥ずかしげに目を伏せ、また咀嚼を続けた。その仕草が裕次
にはたまらなくて、つい手を伸ばして我が新妻の短い髪を撫でてや
るのだった。
 いよいよ残された尻尾に取りかかる番だ。光子は一際大きく口を
開けると、一気にほおばった。裕次は目を細める。アジの尻尾は光
子の口中の柔らかい粘膜に包まれ、喉の奥へと飲み込まれていった。
 裕次は幸せだった。この女と結婚して良かったと思った。

 その夜二つめのフライを口にしようとした時、光子が傍らに落ち
てあるキャバクラのマッチに目を留めた。裕次は慌てた。
「こ、これは、付き合いでしょうがなく行ったんだっ」
 光子は二尾目を食べ始めた。
「別に気にしてないわよ」
 夫にニッコリと笑いかけ、そして光子はアジフライにガリリと歯
を立てた。

第13回1000字小説バトル
Entry20

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住む世界が違う

作者 : むーみん
Website :
文字数 : 997
 千歳がいきなり立ち止まった。横断歩道の真中。前からも後ろか
らも絶え間なく人が押し寄せるっていうのに。迷惑な。仕方なく私
も止まった。彼女は訝しげな顔で向こうをじっと見ている。まるで、
雑踏の中から自分を呼ぶ声を拾い上げた時みたいに。
「ちょっと、何してんの? 」
 腕を引っ張ってもこっちを向かない。
「ちとせー、赤になっちゃうよ」
 応答なし。ぐいぐいと彼女を引っ張って道を渡るあいだ、千歳は
ずっと一点を見ていた。何か小声で口走ったみたいだったけど、よ
く聞こえなかった。

 その日は二人で映画を見てパスタを食べた。クリームソースのパ
スタを食べながらも、彼女はいつもにも増して気もそぞろな様子だ
った。いつもだって起きながら夢をみているようなものなのに。考
え込んで、私の話もろくに聞いていなかった。
 デザートまで満喫して外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「どうする? 」「ん〜、もうお金ないし、帰る」次の目的地はあ
っさり決まった。
 駅までの道は意外に細く、暗い。もっと明るい道もあるけれど、
遠回りなのであまり使わない。
 確かにこの道、よくテレビの特番に登場するほど治安が悪いらし
いけど、私たちは一度もチラッともそんなもの見たことがなかった。
話には聞いていても、私たちとは縁のない世界。
 だと思っていたのだけれど。
 超音波、みたいのが聞こえた。女の絶叫だってすぐにはわからな
かった。何か考えるより前に振り向いた。
「うそ」
 何てこと。髪の長い女の子がしゃがみこんでいる。その足元の赤
いの…血? そんなことより。
 自転車に乗り、フードを目深にかぶった人間が、すごい勢いで走
ってくる。その行く手には…振り向いてさえいない千歳。名前を呼
ぶよりも前に…
「なあに、咲ちゃん」
 自転車は千歳と重なり、一散に走り去った。
 目の錯覚なんかじゃなかった。

 そんなことがあってすぐ、千歳の姿が見えなくなった。話には聞
いても、会わなくなった。誰も不思議には思っていないみたい。テ
レビの中だけの事件と同じなんだ。

「咲ちゃん、また会えたね」
 横断歩道を渡ろうとした時、不意に呼ばれた。千歳? 思わず立
ち止まると、後ろの高校生が舌打ちして私を追い抜いた。
「咲ちゃんも世界がずれちゃったんだね」
 千歳は人ごみの真中からこっちを見ている。その明るい声が奇妙
に響く。そうだ、いつのまにか雑踏はひどく遠ざかっていた。
「ようこそ、私たちの住む世界へ」

第13回1000字小説バトル
Entry21

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呼ばれる

作者 : 小川千栄子
Website : http://www.geocities.co.jp/PowderRoom/7400
文字数 : 911
 また、あの沼に捨てに行かなければ。いったい何度この道を往復
すれば、私は自由に爽やかな朝を迎えることが出来るのだろう。そ
れは絶対に私から離れないと言った。何処へ逃げても必ず追いかけ
て見つけ出すと。低く厭らしい声で囁く。卑猥に笑う。眠れなくな
る。私は眠りを貪れないことにひどく苛立ち、爪で体中を掻き毟る。
血が滲んで皮膚がどんどん汚くなる。痛さで涙が出るのに止められ
ない。いっそのこと、このまま体の中の血を全部流して死ねたらい
いのに。そうすれば私はこの苦しみから解き放たれて楽になれる。
「そんなことをしても無駄だ」
声が聞こえる。聞いてはいけない、反応してはいけない。
「死にたいのか。そんなに死にたいのか?死んだら楽になれると思
うのか。どうなんだ、答えろ」
そう囁きながら耳たぶを舐める。ザラッとした生暖かい感触をおぼ
えて、背中がぞっとする。
「やめて」
私は小声で何回も繰り返す。やめて。やめて。
「どうして私がこんな目にあうの。私が何をしたの。何にも悪いこ
となんか、してないのに」
涙が溢れて止まらない。脚が血だらけになっている。
「悪いことなんか、してないだと?」
それは可笑しくて堪らないという感じで大声で笑う。
「よくもそんなことが言えるな。悪いことしたじゃないか。お前は
罰せられるんだよ、生きてる限りな。最後の呼吸まで、お前は罪人
という看板を背負って生きていくんだ。後ろ指さされたまま死んで
いくんだ。どうだ?考えただけでゾクゾクするじゃないか」
「罪人」
「そうだよ。だってお前は殺してしまったんだからな、あの男を。
殺して切りきざんであの沼に捨てにいって」
「やめて。やめてやめてやめて。だって殺そうとしたのよ私を。
だから」
「自分が死ぬのは嫌だけど他人が死ぬのはどうってことないってこ
とだろう。あの男は、あくまでもお前を殺そうとしただけだ。
なのにお前は殺してしまったんだ。ほら、呼んでるぞ沼から。
お前もこっちへこいと。行けよ、奴だって一人じゃ寂しいだろう」
ああ。ああそうか。あの人は孤独が嫌いだった。甘えん坊でワガマ
マで。そばにいてあげなくちゃ。待ってて、すぐ行くわ。
私はもう往復しなくてもすむ。現実と闇への入り口を。

第13回1000字小説バトル
Entry22

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遠足

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 祥子はそれほど中身のない半透明のごみ袋を片手に、目的時刻に
収集場所に着くように計算して歩いた。自然な歩調は熟練の賜物と
もいえる。向こうから同じようにごみ袋を片手に歩いてくる人影が
見えて、彼女は自分の成功を知る。
「おはようございます」
 男は祥子の姿を認めると微笑んで言ってごみ袋を収集箇所に置く。
「おはようございます」
 祥子も笑みを返すと彼に近づき、ごみ袋を同じように置いた。
 二人は並んで駅へと向かう。どこからか桜の花びらが舞ってきた。
ひらひらと揺れながら鼻先を落ちてゆくうす紅に、祥子は目を細め
た。
「春ですね」と男が言った。
「そうですね」と祥子が言った。
 あたたかな風が髪をなでた。なつかしい季節の匂いがした。
「派遣、でしたっけ。お忙しいんですか、最近は」
「いえ、そうでもないです」と答えてから、祥子は男を何と呼べば
いいか迷い、結局「そちらは? お忙しいんですか」と訊ねた。
「いや、全然」
 男の笑いを含んだ声に祥子は気まずさを感じて、少し俯いた。彼
はしばらく沈黙した。彼女はその沈黙が苦痛ではなかった。
「本当に春ですね」と男は言って笑った。
「ご主人は? 忙しいんじゃないんですか」
 夫は毎朝車で通勤しているのだと以前に祥子は男に話していた。
「ええ。忙しいみたいです」
 昨夜夫は帰らなかった。今月すでに三度目だった。祥子は笑みを
作る。そういうこともあるのだ、生きていれば。
 歩道が広い大通りに二人は出た。祥子は男の穏やかな声に耳を傾
ける。ちょっとした世間話でも彼女は彼の話を聞くのが好きだった。
 単身赴任だと聞いていた。家を建てたすぐ後に転勤でね、と苦笑
まじりに言ったことがある。お気の毒に、と祥子が言うと、まあ家
があるだけでもいいと思わないとね、と答えた。
 幸せですよ、そう思うことが大切なんです。
 やがて、駅前にどこかの学校の児童の集団が列を作っているのが
見え始めた。
「遠足かしら」
 とつぜん男は黙って足を止めた。祥子も戸惑いながら足を止めた。
子供のことでも思い出したのだろうと思った。しかし男の視線は空
へと移っていた。彼は黙って青空を見上げていた。祥子も上を見た。
真っ青な中に白い雲がぽかりぽかりと浮いていた。
「遠足でも行きましょうか」と男が言った。
「そうですね」と祥子は答えた。
「遠足へ行ってたくさんごみを出してきましょう」と彼は言った。
 彼女は頷いた。小さな花びらが髪からはらりと零れた。

第13回1000字小説バトル
Entry23

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同胞

作者 : 鮭二
Website : members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 1000
 それは私たちのささやかな楽しみ。「九龍」の肉厚なシュウマイ。
皮がパリっとしていてジューシーな肉汁。11時半にスチームにの
せると、12時10分にはふっかりといい按配に温まっている。
「最近、ちょっとビタミン不足なんじゃない?」と言って彼女が私
にグリーンピース豆を分けてくれたりもする。狭い休憩室のささや
かなひととき。
 ある時、シュウマイがひとつなくなっていた。
 食べたの? 食べてないよ。君が食べたんじゃないの? まさか。
 目の中で悪戯っぽく言い合ってみる。くすくす。
 11個のシュウマイをとりあえず5個ずつ食べて、私はシュウマ
イ好きなザシキワラシの話をした。彼女はうふうふ笑いながらグリ
ーンピース豆を私の弁当箱の蓋に並べた。私はうふうふ綻ぶ小さな
唇に、最後のひとつをやさしく押し込んだ。
 しかし3日続くとさすがに気味が悪い。
 最近、シューマイ好きな小人がスチームの中で働いているらしい
んだ。しかし彼女は笑わない。
「きっと誰かの嫌がらせよ」
「そんな人間がこの店のどこにいるって言うんだ?」
 シャチョー、奥さん、金田主任、木村君。そこまで思い浮かべた
ところで私たちは顔を見合わせた。
「王東順」
 まさか。でも。だって王くんだよ。だって王くんじゃない。
 私たちは炒飯だけが敷き詰められた王東順の弁当箱を思い浮かべ
ていた。
 午後、私と彼女と王東順の三角地帯に微妙な緊張感が漂った。
「王くん、3番に電話よ。さっきのお客さん、もう一度査定し直し
て欲しいんですって」
「折り返しにしてください」
 王東順は暗い顔をして席を立ち、休憩室に入った。私は彼女に目
配せしてその後を追った。
「なあ王くん、前から言ってるけど、査定は丁寧にやろうぜ」
 王東順はスチームに手をかざし、気怠く窓の外を見た。
「僕なりにちゃんとやってますよ。さっきの人はおばさんのくせに
注文が多いから」
 私はハイライトをくわえ、王東順に1本差し出した。
「どうした、最近何か辛いことでもあるのか?」
 王東順は黙って煙草に火をつけ、くるくるとペンチを回した。彼
女がそっと忍び寄り、「九龍」の包み紙をスチームの上に置く。
「故郷のことが」と言って王東順は顔を伏せる。
「分かってるわ」彼女が王東順の肩に手を置いた。「一緒に食べま
しょう」
 私たちは遠い空を眺めながらシュウマイを口に運んだ。
「流れ流れて北千住」私が呟くと、「アジアは一つ、鈍色の空」と
王東順が付け足した。

第13回1000字小説バトル
Entry24

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満月

作者 : DIPSY
Website : http://member.nifty.ne.jp/Colours/
文字数 : 975
 満月がアルプス山脈から昇り始めた頃。一台の車が炸裂音と共に
ガードレールに突っ込み、フロントガラスを撒き散らしながら山の
斜面を滑り落ちた。右の前車輪が切株に乗り上げ、引っ繰り返った
ところで車は止まった。
 良彦はシートベルトを外して、ガラスの砕け散ったフロント部分
から這い出た。雑草の上に散らばったガラスが、月光に照らされて
輝いている。それを見ながら怪我をしていないか確認してみたが、
シートベルトをしていた所がやけに痛む事以外は、特に異常は見ら
れなかった。
 彼は助手席に視線を投げたが、恵子の姿はなかった。辺りを見渡
すと車の10mほど後ろに、白いシャツを赤黒く染めた彼女が、変
な方向に首を曲げて横たわっていた。ガードレールに激突した時に、
外に投げ出されたのだろう。
「だからシートベルトしろって言ったじゃないか」
 彼はもう動く事のない彼女に、聞こえないように呟いた。そして
輝くガラスを手で払い除けてから、草の上に腰を下ろし煙草に火を
つけた。
 
 とんだ災難に巻込まれたものだ。恵子は死んだんだろうな。仮に
生きていたとしても、こんな山奥では人が居る所まで行けっこない。
なんせ携帯の電波すら届かない場所だ。やってらんねーよまったく。
 恵子が死んだらどうなるんだろう。俺の保険で賠償金とかを払っ
たりするのかな。俺の怪我は保険金が下りるだろうけど、助手席に
座ってた奴が死んだらどうなるんだろう。下りなかったら最悪だな。
恵子の両親は良い人だけど、こればっかりは謝っても許してくれな
いだろうな。「何千万円払え!」とか言われたりしたら、自殺もん
だよ。
 いや待てよ。そもそもこの事故は俺のせいか?俺はシートベルト
しろって言ったのに、恵子が面倒くさいと言ってしなかった。俺は
ドライブなんかに行きたくなかったのに、恵子がどうしても行きた
いって…。あいつがそんな事を言い出さなければ、こんな目に合わ
なかったし、親に買ってもらった車を潰す事も無かった。俺も半分
は被害者だ。恵子は半分被害者で半分加害者というところだろうな。
 じゃあもう半分の加害者は誰だろう。

 彼は恵子の方をちらりと見てから煙草を投げ捨て、草の上に寝転
んだ。雲一つ無い夜空。葉を一枚千切って匂いを嗅ぎながら頭上の
満月を見上げた。彼は満月に見惚れてカーブを曲がりそこねたのを
思い出した。

 もう半分は満月のせいかもしれないな。

第13回1000字小説バトル
Entry25

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病人対談

作者 : あきら
Website : http://member.nifty.ne.jp/Colours/
文字数 : 1000
 アノ……先生……ご相談が……。……先生。私……多重人格かも
しれないんです……。違います違います。思い込みなんかじゃあり
ません。絶対です。絶対にです。……ソンナ……冗談なんかじゃあ
りません。本当なんです……信じてください……。私には先生しか
いないのです。お願いしますお願いします。ドウカ……ドウカ……。
証拠もあるんです。チャント……。ホラ、この写真です。しっかり
見てください。サァ……。
 どうです……その写真に映っているのは間違いなく私……。タッ
タの一ヵ月前の写真です……。でも……記憶が――イエイエ、私の
記憶はちゃんと憶えています。私の記憶はしっかりと。……その日
は家で過ごすことのできた最後の日だったので……トテモトテモ鮮
明に……。
 あの日は九時に起きて一人で朝食を食べ、病院の時間になるまで
部屋で読書をしていました。……エエ、間違いありません。読みか
けの小説を読み終えてから家を出たのです。
 ……エッ、母ですか?母とは五分くらい世間話をして……それか
ら買い物に――母のはず無いでしょう。私は父親似だとよく言われ
るんです。写真に映っているのは私です。母じゃありません。ええ
自信があります。神に誓って。
 ……妹?……妹は確か……友達と遊びに……映画を見に行くとか
なんとかで、私が起きた時にはもういませんでした。
 ……何度言えば……何度言えばわかるんですか。それは私です。
私なんです。十も年の離れた妹のはずがないじゃないですか。
 ……ウ、嘘?……嘘ナンカ……ツイテ……マセン……。
 アアア、違うんです違うんです。実は違うんです。本当は…
…本当は……私は……私は……その日の記憶が全くないのです……。
いつ起きて、いつ病院に行って、どうして入院しているのかさえ…
…。嘘をついたのは、少しでも……少しでも……少しでも私の本当
の病気のことを知ってほしかったんです……。許してください許し
てください……。でも……本当なんです。信じてください信じてく
ださい。
 ○×△▲……?ソンナ……酷い……。酷すぎます……。……先生
……先生……私は……私は……。……アア、先生、どこに行かれる
のですか。もう少し……もう少し……お話を……お話を……。信じ
てください。私は多重人格なんです。多重人格なんです。明日……
明日はもっと立派な証拠をお持ちします……。キット……キット…
…ドウカ……ドウカ……シンジテ……クダサイ……ネ。

第13回1000字小説バトル
Entry26

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人魚姫

作者 : 紅緋蒼紫
Website : http://www.freepage.total.co.jp/circle_led/
文字数 : 1000
 この砂浜で、彼女に出逢った。
 白砂に刻まれる風紋は刻々と形を変え、それに合わせるように潮
騒が繰り返し耳に寄せる。蒼い海はいつしか紅に染まり、ふと気づ
くと、渚に彼女がたたずんでいた。燃える空を背景に、細い足首を
波に洗わせて。
 不思議な女だった。僕を見つめる大きな瞳は深い海の色。肌は夕
陽に溶けてしまいそうなほどに透明で、はりついた長い髪は濡れた
緑色をしている。
 一糸まとわぬ姿に、僕は魅入られたように近づいていた。女は逃
げる様子もなく、その海の瞳で僕を見つめている。
「君は……人魚?」
「私は人魚」
 抑揚の無い声と人間味に欠けた言葉の響きが、彼女を人外のもの
に思わせる。
「名前は?」
 指先で彼女の頬に触れる。冷たい肌。
「言えない」
「どうして?」
「魔法が解けちゃうもの」
 無表情のままの彼女に、思わず苦笑する。
「人魚は男を海に誘うと言うね。君も僕を連れ去りに来たのかい?」
「そう。寂しいあなたを、連れ去りに」
 僕は彼女を抱き寄せると、海と夜空に包まれながら一つになった。

 以来、僕たちは何度も逢瀬を重ね、体を重ねた。
 彼女は一向に僕を連れ去る気配は無い。いつも寂しそうに微笑み
ながら波間に消えて行く。彼女は本当に人魚なのだろうか。
「僕を」砂浜に添寝し、深緑の髪を愛撫しながら囁く。
「僕を、君の国へ連れて行ってくれないか」
「なぜ?」
「なぜって、僕を連れ去りに来たんだろう、君は」
 指先が首筋を伝い下り、桜貝の色をした突起を摘まむ。
「駄目」
 吐息と共につぶやいた彼女の瞳は涙があふれていた。
「どうして、駄目なんだ?」
「あなたは……」涙が真珠となって零れ落ちた。
「あなたは満たされてしまった。もう、寂しくない」
「君に逢えたからだよ」彼女の手を取り、立ち上がる。
「ずっと一緒にいたいんだ。わかるだろう?」
 こくん。
 小さくうなずく。
「愛してる。だから、君の名を教えてくれ」
 悲しい笑顔。
「美魚」
「メイユウ……」
 僕がその名を口にした瞬間、彼女の顔は強張り、大きな瞳が一杯
に見開かれた。爪先から指先から、細かな水泡となって崩れていく。
「美魚ッ!」
 僕は彼女の残滓を掻き集めるように手を伸ばすが、すべては指の
間から零れ、砂に吸い込まれて消えた。
 彼女は人魚だった。

 もう一度彼女の名を口にしたが、応じたのは風と波だけ。
 以来、僕は彼女の名を口にしていない。
 あたりを探しても、彼女の零した涙の真珠は見つからなかった。

第13回1000字小説バトル
Entry27

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零和

作者 : Default [でふぉると]
Website :
文字数 : 1000
 人間ひとり当たりの幸福量は決まっている、とは思わない。しか
し、人間全体の幸福量の総和は一定なのではないだろうか。私はそ
んなことを考えながら、冷たいシートに腰を下ろしていた。
 私は待っているのだ。
 私の隣には慈善団体から派遣された神父が座っている。私には目
もくれず、じっと目の前の扉を見つめている。どうやら、意図的に
無視を決め込んでいるらしい。
 そうキラうなよ。おなじ穴のムジナじゃあないか。
 心の中で笑う。
 彼の所属する団体と私の会社は、寄付という名のもとに提携関係
にある。もう長年の付き合いだ。彼個人とも何度か仕事を共にした
ことがある。
 彼の仕事は、時間経過による商品価値の下落を最小限に抑える事
だ。この商品は鮮度が命である。商品、すなわち臓器だ。
 一般的に臓器は提供者の年齢、健康状態などから、Aを最高とす
る七段階のランク付けがなされる。しかし、どんなに評価の高い臓
器でも時間経過でいとも簡単にランクが落ちる。ランクが落ちれば
着床率は落ち、価格も下落する。よって、出来るだけ素早い摘出、
搬送が望まれるのだ。
 しかし、提供者の死に動転した遺族たちが、臓器の摘出を拒む事
も少なくない。そんな時、情と理を駆使した話術で遺族を速やかな
合意へと導くのが、神父の役割である。
 そして、私の仕事は、生前の提供者との契約通りに臓器を摘出す
る事だ。同時に会社は搬送にかかる時間や適合などを考慮した上で、
最も高く買ってくれる人――すなわち、病状が切羽詰まっている人
だ――にそれを売却する。
 提供者の死によって損をする人はいない。市場主義に則った見事
な連携プレーだと私は思う。
 もっとも、この見解は私自身のものであり、彼自身には異論もあ
ろう。彼は真面目で善良な宗教家なのだ。おそらく会社の利益優先
の態度が気に食わないに違いない。しかし、団体から給料が出なく
なれば、彼が食べていけないのも事実である。
 善意だけでは社会は動かない。そして、恐らくは彼自身もそれを
自覚しているはずである。
 まあ、考え方はどうあれ、仕事さえキチッとしてくれれば文句は
ない。分業と協力こそが我々にとって重要なのだ。

 不意に目の前のドアが開く。
 そうだ。それは待たされた揚げ句、いつも突然やってくる。
 私と神父は視線を交わし、頷きあう。二人の間の無言の確執はど
こかへ消えた。そう、分業と協力が重要なのだ。
 私達は立ち上がる。
 さあ、仕事の時間だ。

第13回1000字小説バトル
Entry28

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医療の発展

作者 : 羽那沖権八
Website :
文字数 : 967
「一体、この移植用臓器の何が悪いのかね?」
 医療機器メーカーの社長は、会議室の上座で首を傾げる。
「人間の遺伝子を組み込んだ豚を利用しているから、拒絶反応がな
く新鮮、強靭で安価。無菌育成しているから病気や寄生虫もない。
人間の臓器よりも遥かに条件がいいというのに」
「はい、私ども開発と致しましては、非の打ち所もない最良の臓器
商品として完成させておりますが」
 開発部長が禿頭をハンカチで拭く。
「なんだ、我々営業が無能だとでも言いたそうじゃないか!」
 茶を飲もうとしていた営業部長が、険しい顔で開発部長を睨む。
「技術屋はいつもそうだ。君らだけで会社が動いているわけではな
いぞ!」
「お言葉ですが、私ども開発がいなければ、あなた方は一体何を売
るおつもりですか?」
「な、なんだと!」
「営業部長、落ち着きたまえ、今のは君が悪い。焦る気持ちは分か
るが、今は犯人探しをしているわけではないのだ。そもそも、誰も
営業部の力を疑ってはおらん」
 社長は二人をなだめる。
「は、はい」
 営業部長は表情を僅かに和らげる。
「一言つけ加えさせて頂ければ、今回の移植用臓器につきましては、
営業部員一人一人に実際に移植用心臓を装着させた上で、営業に当
たらせております」
「うむ。そこまでやって、なぜ一個も売れんのだ? 需要はあるは
ずなのに」
 社長は茶を飲み干す。
「何者かの妨害工作、でしょうか?」
「厚生省と関係が深い我が社に、どこがそんなことをできると思う
かね?」
「やはり、我々営業部の努力不足かも知れませんな。よし、こうな
れば移植用肝臓も部員全員に――」
「それは、方向性が違う気がするのだよ」
「そ、そうですかな?」
「うむ」
 片手で頬杖を突きながら、社長は湯呑みに口を付ける。
「何か致命的な欠陥があるはずなのだ」
 空になった湯呑みを置いた。
「それを見つけない限り、みんな食肉業者に卸すしかなくなってし
まう」
「いや、GM食品の評判は悪いですよ」
「営業部がその程度売れないと思っているのか!」
「おいおい、論点がズレとるぞ」
 それからしばらくの間、沈黙が続いた。
「あの……」
 茶の入った急須を持って来た秘書が、遠慮がちに声を掛けた。
「何だね有坂君?」
 眉間にしわを寄せたままで、社長は秘書を睨む。
「どんなに安全で高性能でも」
 彼女は茶を社長の湯呑みに注いだ。
「豚はいやですわ、やっぱり」

第13回1000字小説バトル
Entry29

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MarieとMariaとMaryと

作者 : 赤井すいか
Website : http://www4.freeweb.ne.jp/novel/suika-/
文字数 : 1000
深夜2時15分。N.Y、ウェストサイド、8th.ストリート。
店の名前はSardi's。カウンターで、つぶれる男ひとり。

「おい、ジム。今日はどうしたんだい。ずいぶん荒れてるじゃない
か」
店のマスター、ジョンが言った。
「いや。ちょっとな。50ドルあるんだ。もう少し飲ませてくれな
いか」
「まあ、いいさ。気の済むままいたらいい。今夜はおいらもつきあ
おう」
「悪いな」
ジムは空のグラスを持ったまま、顔をカウンターに載せ目を閉じた。
「マリーのことか、イタリア系の」マスターは聞く。
「いや、マリーは前の女だ。ブロンドの綺麗な女さ。
見た目はなかなかいい女だったけれどな、高慢ちきでちっとも良く
なかったね」
ジムは8杯目のバーボンを飲みながら、うそぶく。
「そうだったか?それじゃなくて黒髪の。ほら、髪の短い・・・
おまえさんとよく踊ってた女だよ」
「マリアのことか。アングロ・サクソン系のだろ?ちょっと前の女
だ。
彼女はそう、気立ては良かったがな。やはり、それだけじゃな。可
哀想な事をしたと思ってる」
ジムは息をため息をついた。

「それじゃ、何かい。女がらみじゃなかったのか。そうやって荒れ
てんのは。」
「いや、メアリーのことさ。」
マスターは、にやりと笑って聞いた。
「その、メアリーはどうなんだ。顔かい、気立てかい?」
「メアリーか。メアリーはブルネットのたまげるような美人さ。性
格も天使のような女さ、おいらはニューヨークいちの幸せ者だった。
だがそれも、さっきまでの事さ」
マスターはぴゅうっと口笛を吹いた。
「どうして、そんないい女を逃がしちまったんだい?」
「お遊びがばれてね」
「おまえさんほどの浮気上手がどうして。名前でも間違ったか?」
マスターは面白半分に話をでっちあげる。
ジムは顔をしかめながら頷いた。
「それがさ、名前じゃないんだが・・・。事が済んで、ついうっか
りポケットから200ドル渡しちまったんだ」
マスターは気の毒そうにバーボンを注ぎながら、言った。
「馬鹿だなぁ。メアリーだっけ?そりゃ、たいそう怒っただろう」
グラスのふちから、バーボンがたれる。
「いや、彼女はひとつも怒らなかった。やはり、酔っていたんだろ
うよ」
ジムは両手を広げ、ますます辛そうに答えた。
「ふうん。それじゃあ、メアリーはどうしたんだ?」

「彼女はさ・・・・・・。金を受け取るとそこから紙幣一枚返して
よこして言ったんだ、50ドル多いわと」

第13回1000字小説バトル
Entry30

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Magical Heat

作者 : 川辻晶美
Website :
文字数 : 1000
 私はそのコーヒー色の皮膚に爪を立てた。苦痛の呻き声とともに
洩れる溜め息からも、キスの後、互いの唇を結ぶ銀の糸からも、濃
厚なガラムの香が匂いたつ。東南アジアの島に生まれた男特有の匂
い。彼の指が辿った後は、火傷のように熱い。彼の名はラス。宿泊
しているホテルのベルボーイ。あと何度、私はこの腕に抱かれるこ
とが出来るのだろう。
 美香は部屋にいるのだろうか。私たちの逢引きに気づくこともな
く。まあ、いい。日本に戻れば恋人の待つ彼女と違って、後ろめた
さを感じる理由など、私にはないのだから。津波のような快楽が全
身を突き抜け、次の瞬間、潮が曳くように去っていった。

「気がついた?」ベッドに横たわる私を美香が覗き込んでいる。
「私、一体どうしたの?」起き上がって私は訊いた。
「ダンスを観ている途中でトランス状態になって、気を失ったのよ、
あなた」
「そう」バリ中部の村、ウブドで観たケチャ・ダンス。百人近い男
たちが輪になって歌い、踊る。決して譜面に出来ない、その奇跡的
なリズムを聞いているうちに、心地良いのか不快なのか、判断のつ
かない幻暈に襲われたことを、ぼんやりと思い出した。
「タクシーで戻って、ロビーからはベルボーイが部屋まで運んでく
れたのよ。今朝あなたと話していた男の子。ラスっていったっけ?」
 夢の中で触れた熱い指先の感触が肌に甦った。
「ねえ、まだ旅の初日よ。大丈夫?」
 一週間の休暇は始まったばかりだった。
「夕食は、どうする?」
「行くわよ。予約してあるし」食欲などまるでなかったが、外の空
気に触れたかった。身体中に、まだ熱がこもっていた。

「気分は良くなられましたか?」
 エントランスでタクシーを待っていると、ラスが近づいてきて言
った。がっしりとした体格には似合わない少年のような笑顔を前に、
私はあわてて視線を逸らす。さりげなく言葉を交わすには、あまり
にもあの夢は生々しすぎた。
 美香が代わって礼を述べ、車に乗りこもうとした時、ラスが、私
だけに囁いた。
「夜はビーチ・バーに居るから、よかったらおいでよ」
 強いガラムの匂いがした。私は曖昧に頷きながら、彼がドアを閉
めるのを待つ。もしかして……。ここは神々の棲まう島。神に魅入
られた土地。訪れる人は奇跡を垣間見ることもあるという。もしか
して、あれは夢ではなく、神々が見せたほんの少し先の未来……。
 鼓動が爪の先まで伝わり、身体の奥で、小さな炎が妖しくゆらめ
き始めた。

第13回1000字小説バトル
Entry31

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ストレス

作者 : 太郎丸(TAKUTO)
Website :
文字数 : 1000
 目覚ましが鳴らなかった。揺すると秒針が息をしながら動き出し
た。柱時計はもう9時。10時からは会議だ。隣の部屋からテレビ
の音が漏れてきた。着替え始めると、女房の声だけがした。
「まだ行ってなかったの。早く行きなさい」

 俺は台所から包丁をするりと取り出すと、女房の寝室に向かった。
 文化包丁だが仕方が無い。「何よっ」という非難の声を無視し、
 俺は女房に何度も包丁を突き刺した。

「行ってきます」
「ゴミ忘れないで」
 女房の声に、俺はゴミ袋を抱え家を出た。
 ゴミ置き場では、隣のおばあちゃんがニコニコと挨拶してきた。
「おはようございます。今日はゆっくりですね」
「あ、おはようございます」
「お忙しいから、大変でしょう」
「いやぁ、そんな事ないですよ」
 俺も、笑顔を振り撒いた。

 係長にもなれないと近所で吹聴しているばばあを、俺は殴った。
 ばばあは「ぐふぁ」と言ってゴミ袋の山の中で、溺れていた。

 駅前では、学校のはずの女子高生達が、座り込んで笑っていた。

 近頃のガキ共は、勉強もしないで遊んでばかりいる。逆パンダの
 顔も何とかならないのか。俺は小便をかけて、顔の化粧を落とし
 てやった。

 遅い時間だが、電車は混んでいた。化粧の濃い女が大声で喋って
いると思ったら、携帯だった。
 うるさい奴だと見たら、目が合って睨まれた。長い電話が終わる
と、俺に詰め寄ってきた。
「ばーっか。イヤらしい目で見てんじゃねぇよ」

 女とは思えない口ぶりをしたブタは急に黙った。俺の右手の包丁
 が目に入った様だ。俺は期待に応え、ブタの脂身の多そうな腹に
 包丁を刺し込んでくいっと捻ってやった。ブタは痛い痛いと泣き
 喚いた。「っせい」俺が一括すると、ブタは殊勝にも泣き声を押
 し殺した。周りの乗客は突然俺達の周りから、潮が引くように離
 れ、少し静かになり、空いた席に俺は座った。

 10時ギリギリに会社に着いた俺は、課長にいい訳し会議室へ向
かったが、会議は始まらなかった。

 会議で俺は、居眠りしている奴に包丁を突きたて、遅れてきた奴
 に切りつけたら、殆どいなくなったが、会議は無事終了した。時
 間を潰しただけか。

 酒の飲めない俺は、会社帰りにパチンコ屋で少ない小遣いを減ら
した。家に帰るとメモが留守を守っていた。

 今日は久美ちゃん家に泊まりです。適当に食べてね。愛してるわ。

 俺は慣れてきた夕飯を作る為、台所に立った。今日はエロビデオ
でも借りるか。

第13回1000字小説バトル
Entry32

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小さな恋の物語

作者 : やまと
Website :
文字数 : 991
彼女は大きなキャンバスと小さな筆を持って、ここ城山公園のいつ
ものベンチに来る。彼女はここで絵を描き始めるのであった。そし
てその姿を見守るように、もう1人。歳は彼女ぐらいでいつもサン
グラスをかけており、白い杖を持った男性が。これはあの日以変わ
ることのない光景だった。

石里は先輩の中村と城山公園に来ていた。彼らはこの城山公園の芝
生を管理している城山園芸で働いており、公園の芝生の管理を任さ
れていた。管理といっても雑草抜きが専らの仕事。
「もう来てるぞ」
中村がベンチに座って絵を描いている女性を見て言った。
「いつも早いっスね」
石里は迷惑そうに言ってみたが何を隠そう、彼は毎日見かけるその
女性の後ろ姿に恋しているのであった。不器用なやつだな、中村は
そう呟いて微笑んだ。

その日は外出をためらうぐらいの豪雨で、視界がかなり悪かった。
石里は傘を探していたせいで、10分ほどいつもより遅れてしまって
いた。造園事務所の扉を開けようとしたとき、中村がずぶ濡れで走
ってきた。いつになく深刻な顔だ。
「大変だ。いつも公園に来ていた、例の、女性がそこで車にはねら
れた」
雨の音でよく聞こえなかった。いや、正確には耳が受け付けなかっ
たのだ。
「大井病院だ。急げ!」
傘をその場に放り投げて石里は病院へと走った。

「角膜移植が必要です」
「失明ですか?」
「角膜移植ができなければ------」
角膜移植は難しい。提供者が見つからないからだ。道は1つしかな
い。石里にもう迷いはなかった。

城山公園に彼女が再び姿を見せたのはそれから半年経ってからだっ
た。名前も知らない人が自分を犠牲にしてまで私の生命を、絵描き
生命を救ってくれた。是非お礼がしたい、いや自分の一生を捧げて
もいいくらいだ。そんなことを考えているうちに彼女は城山公園に
いつの間にか来ていた。彼女がいつものベンチに座ろうとすると、
そこにはサングラスをかけ、白い杖を持った男性が座っていた。彼
女が横に座ろうとすると男性は待っていたかのように話しかけてき
た。
「絵描きさんですか?」
温もりのあるやさしい声。目が見えないらしい。
「絵の具の匂い、したから」
彼女はその優しさに甘えたくなり、これまでのいきさつを話した。
「絵を描きつづけることです」
そんな2人のやりとりを、作業をしながら聞いていた中村は顔を上
げて男性を見た。
「ホント、不器用のやつだよ」
そう呟いて城山公園を後にした。

第13回1000字小説バトル
Entry33

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ニセモノ

作者 : 逢澤透明
Website : http://www.geocities.co.jp/Berkeley/2435/
文字数 : 1000
mail: nothing@to.be というアドレスからメールが届く。
「おまえはニセモノだ」
 と書かれ、一枚の写真が添付されている。

 薄茶色にあせた古い写真。

 遠い記憶の中にある、昔住んでいた家と母が愛用していた自転車
を背景にして、二人の子供が笑っている。

 ひとりは、あなただ。

 しかし、どちらが子供の頃のあなたであるのかわからない。
 なにしろ鏡に写したように、二人はそっくり同じ顔をしているの
だ。

 写真の背後に写っている家は間違いなく自分の家だ。
 自転車も間違いなく母親のものだ。
 しかし、顔のそっくりなイトコがなどいただろうか?
 いつ頃、撮った写真だろうか?
 だれがこの写真を撮ったのだろうか?
 いったい誰が……。

 少々ためらいを覚えながら押入を開けて段ボール箱を取り出す。
 そこにアルバムが入っている。
 赤い表紙のアルバムだ。
 分厚いアルバムには生まれたときから幼稚園に入る前までの写真
が納められている。

 表紙をめくる。

 最初の写真には新生児が肌着にくるまれて眠っている。
 ひとりの新生児だ。
 次の写真も小さな赤ん坊で、泣いている写真だ。
 その次は外出したのだろうか、ベビーカーに乗っている。
 ベビーカーの写真が二枚つづき、次に布団に腹這いになって笑っ
ている写真で、そのページは終わる。

 ページをめくる。

 赤ん坊は少し大きくなり、座れるようになっている。
 写真は時間の流れを正確に追っているようだ。

 赤ん坊はハイハイを始め、つかまり立ちをし、芝生の上を歩く。
 ガラガラを振り回し、積み木を散らかす。
 遊園地でメリーゴーランドに乗り、ソフトクリームの口ひげを付
ける。

 すべてひとりだ。ひとりしか写っていない。

 そして最後のページにたどり着くと、見覚えのある写真が貼られ
ている。
 メールで送られてきた写真とそっくりの写真だ。
 遠い記憶の中にある、昔住んでいた家。
 母が愛用していた自転車。
 構図も変わらない。

 しかし、笑っているのはひとりだけだ。
 右側の子供だけが完全に消えている。

 アルバムをもう一度逆向きにめくる。

 そこでほくろを見つける。
 左目の少し下に、ほくろがある。
 歩き始めた頃からの写真にはすべてほくろが写っている。

 メールもそうだ。
 右側の子供だけに、ほくろがある。

 あなたは洗面所に行き、鏡をみる。
 鏡にそっくりの人物が現れる。

 左目の下を、そっと触れてみる。

 その位置に、ほくろは無い。

第13回1000字小説バトル
Entry34

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大阪ロボット芸人・おスミ

作者 : 蛮人S
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 : 1000
「社長、オハヨーゴザイマス〜」
 ロボット秘書のミスおスミが、お多福顔で微笑む。社長はほくそ
笑む。まずは挨拶代わりや。
「よっ、おスミちゃん、今朝もバストのシリコン満タンやねぇ」
 おスミは即座に答えた。
「ナーニンっチュートンばーヤジぃモウ!」
「はあ?」
(……あかん。きのう言語偏差いじり過ぎたか)
 ボケすぎである。が、ここで喋りをよどませてはならない。漫才
のリズムはコンマ2秒が致命的結果を招くのだ。しゃあない、ま、
汎用高いとこで。
「じゃかまし! 日本橋行って叩き売ったろか」
 一秒、二秒。
「ンナアホナー」
 社長は失望した。
「もうええわ……『失礼しました』」
 得意げに頭を下げ、音楽とともに待機モードへ戻るおスミ。
(反応が遅い。それに、もう一発くらい切り返してもらわな)
 社長は嘆息と共にソファへ体を沈めた。

 時に2015年。東京を時代ごと沈めた「東京湾大陥没」から1
5年。
(あの時は大はしゃぎやったな、大阪に新政府は出来るわ、京都に
天皇さんは戻ってきはるわ)
 だが、一部のええかっこしいを増長させた結果、大阪のアイデン
ティティーは急速に失われたのだった。今や首都大阪では誰も大阪
弁など喋らず、ボケツッコミのスリリングな即興も無く……
(大阪は、首都なんか似合わん街やったんや)
 社長は私的に漫才ロボ開発に着手した。これを各所、特にビジネ
スの場に量産配備すれば、大阪人は失われたエスプリをきっと取り
戻す。と(社長は)思ったのだが。
(ロボットに漫才、無理なんやろか)
 社長は再び嘆息した。

(こんな芸では人前に出れん。こんなんでは恥ずかしい……)

「なあ、おスミ、お前もう少しどないかならんか」
 応答が無い。
「こら、おスミ」
 一秒、二秒……
(さ、最悪や)
 沈黙は十秒近く続いた。
「……ア、何言ワハリマシタッケ」
「だはあっ」
 社長は手練のずっコケを反射的に繰り出していた。そうか、それ
や!
(たまに反応が鈍る己の弱点を、笑いとして提供する。基本やない
か。笑いのサービス精神というもんやないか。ようやった、ようや
ったおスミ……!)
「に、日本橋行けぇ、ポンコツ!」
 社長はおスミのチタンヘッドへ、渾身の突っ込みを入れる。
 かっぱあーん!
(ええ音、ええ音や……)
 真っ赤に腫れた掌の痛みを味わいながら、社長は涙声で叫んだ。
「しっつれいしました!」
 待機へ戻るミスおスミ。滲む視界に揺れる巨大なヒップは、亡き
妻のそれに似て。

第13回1000字小説バトル
Entry35

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桜一日

作者 : 更羽
Website :
文字数 : 1000
 川辺りで日差しが眩しい。
 わたしは桜の身で、もう何度となく経験した、花の季節を迎えて
いた。ひかりの中を、纏っていた花びらがこぼれていく。
 斜面のおかげで少し斜めに、日差しを避けるアーチのように枝を
伸ばしたわたしの下で、ビニールシートが敷かれはじめた。
 一組の男女がランチセットを広げて、昼食をはじめようとしてい
る。
 わたしは苦く笑って、伸びをするように意識を空へ向けた。
 数時間後、眠たげな声を聞いた。
「……ごめん。俺、しばらく眠る。じゃあね」
「じゃあねって」
 そっと視線を転じてみると、彼のほうはもう目を閉じている。し
ばらくすると寝息が。大柄な身体にはアンバランスに思える、長い
まつげが瞬かなくなった。
 脚をきれいにそろえて、直立の姿勢で、手は胸の上で組んで。
「まるで棺おけの中にいるみたいよ」
 彼女はそんな風に言って、あきれたように笑っていた。
 
 スカートの膝を抱えなおして、その上に自分の左頬を乗せて、彼
女はずっと彼を見ていた。半時もしてからようやく、顔を上げた。
 川から吹く風に、肩までの髪を後ろへなびかせて言う。
「ずっと一緒にいたいわ」
 誰に聞かせるでもない、独り言だった。声の調子も弱く、ほとん
ど風にさらわれていた。わたしはまた意識を逸らそうとした。けれ
ど次の言葉は、ほんの少し顎を上げて、焦点を結んだ瞳で、わたし
に発せられていた。微笑みながら、
「わかるでしょう?」
 わたしは梢を揺らした。わかるわ。とても。
(じゃあねって)
 男の人は何時も、そんな風にどこかへ行ってしまうの。

 「さくら……もう散るのね……」
 彼女ももう眠たそうだった。まぶたが半分落ちている。
 眠ればいいと、わたしは囁いた。
 彼女は腕を伸ばしながら、後ろへ身を倒した。今だけ至福の笑み
をして。そのまま寝入るのかと思ったけれど、にわかに寝返りを打
って、彼に顔を、近づけて再び目を閉じる。
 追いかけよう。
 そう、呟いたのがわかった。
  
 わたしは時折花びらを降らせながら、思いを遊ばせていた。昔に
立ち帰るのは簡単だった。けれどふと、時間を今に戻してみると、
自分が孤独だということがよくわかる。
 追いかけよう、と彼女は言った。そうきっと、それが大切。
 待つばかりでは桜になるから。
 川面の反射がだんだん強くなり、西日の色が濃くなって、遠くの
鉄橋に、何度聴いたかわからない、軋みを聴いた。

 先に目を覚ましたのは彼のほうだった。

第13回1000字小説バトル
Entry36

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ごみむし

作者 : 俊
Website :
文字数 : 991
 夜、アイスを買いに部屋から出ると、ぱきっと音がした。足をど
けたら、ごみむしが潰れていた。放っておいたら三日後には、円形
のしみだけになった。ありんこがばらして食ってしまったのだ。
 その一ヶ月程前から、窓の下にはこうもりが転がっている。羽を
拝むように縮めて、仰向けのままでいる。風が吹くと少し動くので
ひからびている様だ。そのせいでありんこに食われないのだろう。
風で微妙に位置を変化させながら彼は三ヶ月程そこにいたが、台風
の日に消えた。その数日後、祖母が老衰で死んだ。実家に帰って祖
母の部屋に入ると、亡骸は拝むように手を合わせられていた。これ
を食うのがごみむしの領分だなと思ったりしたが、火葬場の煙突を
見てすぐにばかばかしくなって、そう考えるのはやめた。
 一週間ほどして、多摩のアパートに戻った。洗面器に溜まった水
の中に、活発に泳ぐ虫がいた。恐らくぼうふらだ。しばらく観察し
ていたら寒い時期になったせいか、皆蚊になる前に動かなくなった
ので、洗面器ごと近くの竹林に棄てた。虫も化けて出ることがある
だろうかと思って、何度か夜中にその洗面器のところへ行って目を
凝らしてみたが、四回目の時にそういえば人が化けて出るのすら見
たことがないと思い当たって、やめた。もう暖かくなってきて春休
みに入っていたので、実家に帰ることにした。
 実家では犬の散歩によく行かされる。春先は、川の土手沿いの桜
並木を連れて歩く。自転車の轍に潰れて茶色くなった桜の花びらが
へばりついている。蛙も何匹か潰れていて、その上には薄桃色の花
びらが降りかかる。犬はそれをいちいち嗅いでまわる。縄を引っ張
って草むらの一点に突っ込もうとした時も、蛙の匂いを嗅ぎ付けた
のだろうと思ってついていった。
 しかしそこにあったのは、もっと大きなものだった。足先に毛が
残っている、犬の死骸だ。骨の剥き出た体に付いている黒い斑点は
何かと思ったら、ごみむしだった。祖母じゃなくて犬の死骸を食っ
たんだ、多摩で踏み潰された仕返しにこんな気色の悪いものを見せ
たんだ、というようなことが脈絡もなく頭に浮かんだ。急いでその
場を離れた後、あれは本当にごみむしだったろうかと改めて考えて
みると、確信は持てなかった。
 両親が格子窓の病院に押し込もうとするのを制止して、多摩の部
屋にまた戻った。部屋の前に何かいるのが解った。何となく、これ
がごみむしだったら、と思いつつ玄関の明かりをつけた。でもそれ
はくもだった。そう確認したこの時から18年前、小さなくもが耳
の奥に入ってしまって、病院に行ったことをぱっと思い出した。
 何だ、関係無いじゃないか。ままならないもんだな。しかし一体
何と何がどう関係ないせいで、こんな失望を感じてるんだろう?
 二度、苦笑が洩れた。くもを潰して部屋に入ると、また染みと死
骸がそこには残り、死骸は五日後、影も形も無くなった。

第13回1000字小説バトル
Entry37

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流れ星

作者 : 竹村礼代
Website :
文字数 : 1000
 死にたい。そう願うことは罪でしょうか?
「長くはもたない」と医師に宣告を受けながら、もう十一年・・・
たったと思う。今日は僕の誕生日らしく、「十一歳おめでとう」と
いうバ−スデ−カ−ドが送られてきた。やはり、十一年だ。
 白く静かな部屋に、僕は十一年間こもりっぱなしだ。病原菌不明
の感染症にかかっている僕は、生き物に触れたことはない。時折、
窓から鳥を眺めているだけで、それ以外の動物を見たこともない。
本で知っているだけだ。無論、母も父も知らない。「孤独」という
のは、こういうことを言うのだと思う。
 僕は自分で死ぬことができない。死に方を知らない。だから、誰
かに殺してもらうしかない。でも、この部屋には誰も入ってこない。
僕は、この病原菌が僕を殺してくれるのを待つしかない。僕と一緒
に、この世に初めて生まれてきた病原菌は、僕の体を痛めつける。
気が狂うような激痛が続くくらいなら、いっそのこと早く死にたい。
もしも願いがかなうなら、「殺してほしい」と僕は願うつもりだっ
た。
 流れ星が、窓の向こうに見えた瞬間、「死にたい」と焦る心はど
こかにいってしまった。眩しくて、奇麗で・・・コワイくらい美し
くて、願い事なんて浮かばなかった。きっと、ううん、絶対、世界
中の生き物達が、今この流れ星を見上げてる。願い事のことなんて
忘れて。何もかも真っ白な頭で、無垢な心で、透き通る瞳で、この
流れ星を見上げてる。地球を飲み込みそうなほど、大きい流れ星は、
1000くらい願っても叶えてくれそうなのにね。変だけど、それ
でいいと思うのは何故かな・・・きっと、本当に叶えたい願いは、
自分で掴むものだか
 ああ、いつから僕は、こんなにも欲深になっていたんだろう?
 生きたい。そう願うことは罪でしょうか?

第13回1000字小説バトル
Entry38

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蛙

作者 : akoh
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896
文字数 : 1000
『井の中の蛙大海を知らず』
 これは明らかな侮辱であると、その蛙は怒った。怒って、そして
どういうわけだか、その大海というものを倒してやらんと決意した。
 生ぬるい風の吹く一夜のことである。彼は故郷の田園を後にした。
 あるときは悠然と水面を泳ぎ、またあるときは颯爽と岸辺を跳び
はね、川の流れを伝って進んだ。曲がりくねり、瀬と淀みを繰り返
しつつも着実に大海へと近づく流れのその道々で出会った者たちは、
蛙の壮大なる決意を聞くと、皆一様に叱咤激励した。誰一人、彼に
嘲笑を与えるものはなかった。
 蛙の決意はいよいよ強固なものとなっていった。励ましてくれた
者たちの期待を裏切ってはならないという使命感が彼の中に生まれ
ていたのである。この行動は、もはや自分一人のものではなく多く
の同志たちのものなのであるという思いは、蛙に重圧よりもむしろ
情熱を与えた。そしてその情熱は蛙の中でエネルギーとなり、彼を
突き動かした。
 流れはようやく閉塞する。淀みとは明らかに違う、ねっとりとし
た質感を持ってとどまる水は、そこが流れの終着点に近いことを示
していた。
 そして、瞬間、視界がぱっと開けた。と同時に、驚くほどのまぶ
しい光が蛙の目へと飛び込んできた。眼下に満たされた水が一斉に
太陽の光を浴びせかけたのである。蛙は満面の笑みをたたえていた。
名誉挽回の絶好の機会を得、また艱難辛苦を乗り越えての旅の終わ
りを迎え、さすがに喜びは禁じえなかったのである。
 あとは勝つこと、それには泳いで渡ることと、蛙はさっと水平線
の彼方を見やった。名誉挽回の感慨の前には、目の前の水も萎縮せ
ざるを得なかったと見える。蛙には、ほんの水溜り程度にしか思え
なかったのである。
 蛙は意気揚々と泳ぎ出した。新緑色のその体は着実に岸から遠ざ
かる。蛙が水を掻き分けるたびに波紋がスッと浮き立っては流れ去
り、別れを惜しむ紙テープのように、蛙と岸とを結んでいた。その
テープが二者を完全に別つころには、もはや後戻りはできまい。憩
いの足場は千尋の底、すがるべき岸辺は水平線の彼方に沈む。かの
諺がようやく身に染みて、心が萎縮する。無念さよりも惨め、恥ず
かしさに身じろぎ一つできなくなり、死――
 そうは問屋がおろさない。気づくと蛙は、岸に打ち上げられてい
たのである。
 そして蛙は知るのである。激励した者たちの陰口を、大海実は小
さなダムでしかなかったことを、幸いなことに知るのである。

バトル結果

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第13回作品受け付け───3月5日〜3月29日
作品発表──────── 4月3日〜
人気投票受付け───── 4月3日〜4月29日
結果発表──────── 4月31日



第13回1000字バトルチャンピオン
一之江さん作『遠足』に決定です。
一之江さん、おめでとうございます!!

あと一歩で輝くグランドチャンピオン!!



作品票
遠足(一之江)4
呼ばれる(小川千栄子)3
大阪ロボット芸人・おスミ(蛮人S)2
桜一日(更羽)2
同胞(鮭二)2
医療の発展(羽那沖権八)1
Rock'n Roll is Dead(ABSOLUTE "AZ" ZERO)1
ごみむし(俊)1
ボイジャー(佐藤ゆーき)1
鉄(仏)1
雨の日の過ごし方(ニコ)1
道化娘にナンマイダ(大森 柔)1


●遠足(一之江)

●呼ばれる(小川千栄子)

●大阪ロボット芸人・おスミ(蛮人S)

●桜一日(更羽)

●同胞(鮭二)

●医療の発展(羽那沖権八)

●Rock'n Roll is Dead(ABSOLUTE "AZ" ZERO)

●ごみむし(俊)

●ボイジャー(佐藤ゆーき)

●鉄(仏)

●雨の日の過ごし方(ニコ)

●道化娘にナンマイダ(大森 柔)







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