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第14回1000字小説バトル
Entry11

殿様

作者 : 小倉人
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文字数 : 987
 時勢に押し流されるまま、清市も浪人ににまでその身分を落とし
ていた。妻子は今、京に住んでいる。稼ぎのない男のもとにとどま
る家族などないのは、当然のことだと自分に言い聞かせると、ふっ
と笑いがこみ上げた。最後に城に上がったときに貰った、わずかな
金子が底をつくと、行きつけの飲み屋でも嫌な顔をされるようにな
った。
「お侍様、剣術を指南してくだされ、指南してくだされ」
道ばたに腰を下ろしていた清市のもとに乳飲み子が集まってきた。
疲れて険しい顔つきではあったが、その奥にある清市の優しい目を
子供は見逃さなかった。
「童、侍にでもなるのか?」
ゆっくりと腰をあげると、側にあった竹の切れ端をつかみ、久々に
柳生一刀流の構えを見せた。わぁと子供が叫ぶ。軽く二三回振ると
さらに歓声は高まった。上段の構え、腕を大きく振り上げると腋の
下の傷が痛んだ。この腕を上げる動作をすると必ずこの場所が痛む。
そして痛むのは腋の肉ばかりではなかった。
 あの戦ではおもいのほか今川の槍組に苦戦した。馬を失い腋に傷
を負うと、本陣の方に下がるしか道はないように思え、わずかに残
った十数名の手勢をかき集めると撤退をはじめた。累々と横たわる
屍を越えて旗印の近くまで来ると、様子がおかしいことに気がつい
て身を潜めた。甲冑の継ぎ目からにじむ血を左手で押さながら、身
を潜めた雑木林の隙間から見た空には、うっすらと煙が漂っていた。
 河原のほうから100余りの今川の騎馬隊がこちらに向かって来る
のが見える。槍の先にはグッショリと赤い血のついた白い包みがく
くられていた。その瞬間、息がつまる。こちらの存在に気づかない
一団は清市のすぐ間近に迫った。そしてそのまま通り過ぎた。それ
が殿様を見た最後だった。体の力が抜けてしばらく動けなかった。
清市に足軽大将の田平が声を恐る恐るかけたのは、それからどのく
らい後だっただろうか。
 殿様にはお世継ぎがいなかったため、そのままお家はお取りつぶ
しになり、清市はじめ多くの家来が食いぶちを失った。清市には新
しい主へ仕える話もあったが、全て断り屋敷の裏で畑を打ち始めた。
あの藪でのことが頭からはなれなかったのだ。しばらく考え込む日
々が続き、そして酒に溺れた。
 すっかり金峰山の頂にまで日は傾き、朝同様の黄金色を平野一帯
に降り注いでいた。夕日に片頬を染め、振るえる鬢をなでつけなが
ら清市は叫んだ。「殿様ー好きだー」






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