第14回1000字小説バトル
Entry12
浮いているというのは酷く気分を落ち着かせなくさせる。例えば、 前を歩いている女の子が持っている赤い風船など、私を苛々させる には十分に浮いていた。空を飛ぶ乗り物、更には水面に浮かんでい る物さえ、私にとっては不安という抽象的概念の対象だった。 風船が急に浮力を失い、まるで事切れたモヤシのようにヘナヘナ と落ちていった。風船はまだ膨らんでいて、ガスが抜けてしまった 訳でもないのに、どうして浮かばなくなってしまったのだろうと、 女の子は不思議がった。私にとっては不思議なことでもなんでもな い。空に浮いている物が地に落ち、水に浮かんでいる物が沈んでい くのは、当たり前のことに他ならないのだから。 先月、大規模な飛行機事故があった。たまたま私の頭上を通過し ていったジャンボ機が急に原因不明の操縦不能に陥り、結局何処か の山に墜落した。乗員乗客は全員死亡だった。 先週、近所の川で小学生が溺れて死んだ。緩やかな流れにぷかぷ かと浮き沈みする小学生をたまたま私が見かけて、沈んだかと思っ たら二度と浮かび上がってこなかった。 そして昨日、私の目の前を飛んでいたカラスが落ちた。幸い死に はしなかったが、翼が折れてしまって飛べなくなった。 「比重って知ってるでしょ。比重の軽い物が比重の重い物の中にあ ると浮くんだよ。重力よりも浮力のほうが大きくなるからさ」 彼は得意げに言った。じゃあ飛行機はどうして飛ぶの、私は尋ね た。 「あれは翼による揚力だよ。空気の流れはね、速いほど圧力が低く なるんだ。飛行機の翼は上と下で空気の流れに差が生じるように設 計されてて、発生する圧力差で浮いているのさ」 物知りな彼の説明でも私は納得できなかった。そもそも翼があれ ば飛ぶという安易な考えが、人間の傲慢さを物語っているようで気 分が悪かった。 彼の提案で、私たちは航空博物館などという地味な場所に行くこ とになった。私は入って三分で気分が悪くなり、しかし、彼はそれ に気付く様子もなく人間の傲慢さを熱く語ってくれた。 彼が飲み物を買いに行っている間、私は大理石で作られた大きな 柱に寄り掛かっていた。神話によれば神でさえ地に落ちるというの に、どうして人間が落ちないのか不思議だった。重力の影響を受け ている以上、何かに支えられていないと落ちるはずなのに。 ホールのほうで爆弾が炸裂したような音が響いた。おおかた、彼 でも落ちたのだろうと、私は冷たい柱に頬擦りした。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。