第14回1000字小説バトル
Entry15
黒い影は新幹線の通路を後ろの方から歩いてきて、すっと僕の一 つ前の席に座った。すらりとした後姿と長い黒髪だけが、ちらっと 見え、美人かな、一人なのかな、顔が見えないのが残念、などとぼ うっと考えていた。 新幹線の窓の外は、家々がまだらとなり、田んぼが平野に点々と ちらばった風景へと変わっていた。遠く秩父の山々は、まだ雪はな いものの、秋の終わりを感じさせていた。長野に近づくにつれ、そ れらがどんどんと迫ってくるようだった。 ふと見ると、彼女が前の席でかばんから何かを取り出している。 ついつい席と席の隙間からそっと見てしまうが、かばんの中を覗き こむ彼女の横顔が、ちらっと見えるだけだ。 そのうち探していたものを見つけたらしく、かばんを閉めた。そ して、その取り出したものを窓ぶちにそっとおくのが窓と席の合間 から見えた。 2匹の小さな黄色いおもちゃのアヒルだ。よく、お風呂の中で子 供が浮かばせて遊ぶ、ゴムのやつだ。そのつがいは丁寧に窓の外を 向いて並べられていた。 一人じゃないだろう。別れた彼氏との思い出。今から会いに行く 恋人とのサイン。亡くなった旦那の形見。それとも、ただのお気に 入りのペット。何だろうか。 隙間から見える、黄色いアヒルが窓の中にきれいに反射し、写っ ていた。その後ろに彼女の顔、どんな顔なのだろうか、どういう表 情でそのアヒルを見ているのだろうか。じっと覗くが、何もわから ない。 想像をめぐらして見る。彼女の思い出を覗いて見る。どういうス トーリーがこの2匹のアヒルに隠されているのだろうか。 声をかけてみたくなる。 「何か特別な想いがあるのですか」 長い間外を眺めていると、新幹線のスピード感に麻痺してくる。 過ぎて行く風景が全部同じ様に見えてくる。あのシーンも、このシ ーンも、ついさっき見たような気がしてくる。小さな家々が並んで いたり、田園風景が流れたり、雑居ビルがちょこちょこと立ってい たり。 繰り返し、全部通りすぎていく。確認している暇なんかない。一 瞬しかない。 2匹のアヒルがじっと外を眺めていた。 いつしか新幹線のスピードが落ちてきた。 高崎を知らせるアナウンスが日本語と英語で流れる。 ホームがゆっくりと窓の外を通り過ぎて行き、停車した。 すぐに彼女は通路を出口に向かって歩いていた。後姿しか見えな かった。 あとには、ゴムのアヒルが2匹残されていた。
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