第14回1000字小説バトル
Entry17
通学途中の沿道につつじの花が咲き乱れる頃、私は必ず風邪をひ く。 「きっと春があなたを引き止めようとしてるのよ」 春に好かれるなんて、素敵な事じゃない。と、ハンドルを片手に 母は呑気に言うが、助手席のリクライニングを全開に倒してウンウ ン唸る私にとっては、苦しいだけで全然素敵な事じゃない。 漏れる溜息が唇を焦がすほどの熱を持っているくせに、体は寒く てガタガタと振るえている。まるで網膜に蜘蛛が住み着いたように 瞼の裏が疼き、悲しくもないのに涙があふれてくる。 早く家に帰って、ゆっくりとベッドに体を沈めたい。 車から伝わる振動が脳を揺さぶり、こめかみをグイグイと締め付 け、私の憂鬱に拍車をかけた。 私は授業中に倒れ、保健室に運ばれた。学校から連絡を受けた母 が学校まで車を飛ばして私を迎えに来た……らしいが、私はその事 を知らない。授業中徐々に気分が悪くなり、手のひらからシャーペ ンがポトリとこぼれ落ちた所までは覚えているのだが、気づいた時 には既に車に乗っていた。 たかが風邪だ、と思うと気が楽なのだが、こうも気分が悪いと、 毎年の事とはいえ、さすがに不安になる。事実、風邪が原因で命を 落とす事だって珍しい事ではないのだ。あのシャーペンのように、 私もポトリと落ちてしまうのではないのか。去年の事があってか、 体の弱さが気持ちまで弱くする。 「母さん、私死んじゃうかも……」 家に着き、ベッドに潜り込むなり私はそう母に告げた。母は一瞬 目を丸くし、その後大声を上げて笑い出した。 「ただの風邪でバカなこと言わないの。薬を取ってくるから、おと なしく寝てなさいよ」 「でも、お父さんは……」 「怒るわよ」 私の言葉をぴしゃりと遮ると、部屋を出て行った。 父さんは去年、私たちを残して春とどこかへ行ってしまった。今 年の春に引き止められた私を夏は迎えに来ず、代りに父さんが迎え に来るかも知れない。 部屋の戻ってきた母の手には水と風邪薬、そしていつものように 一片のつつじの花があった。 「早く春とお別れしなさい」 あなたまで連れて行かれてたまるものですか。母の呟きに私は力 無く頷くと、つつじの花を手にとった。 ―ごめんね、私もう行かなくちゃ。 今年最後の春との別れのキス。しなびた花びらをくずかごに投げ 捨て、再び布団に潜り込む。そんな私の額を夏子という名の母の温 かな手がやさしく包み込んだ。
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