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第14回1000字小説バトル
Entry30

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作者 : 川辻 晶美
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文字数 : 1000
 今日も子供たちがやってきて、金網越しに僕を見る。期待に満ち
た顔が一瞬で驚きの表情に変わる。いつものことだ。子供は正直で、
そして残酷だ。その後の落胆を隠しもせずに、不満を口にし、ある
いは泣き出しそうになりながら去って行く。チガウ、アンナノジャ
ナイ。若いカップルが僕の姿を笑う。ヤダ、ナニコレ?
 それらが蔑みの言葉だということは、長い年月を経て理解できる
ようになってしまった。いつだって僕は彼らに失望しか与えること
ができない。最初の頃は傷つきもしたけれど、今はもう、すっかり
慣れてしまった。
 遠い昔、ずっと昔、海に棲んでいた頃、僕の側には家族が居て、
仲間が居て、可愛い恋人も居た。僕は海面近くをのんびりと泳ぐの
が好きだった。太陽の光で暖められた海水は僕の身体をやさしく包
んだ。
 ここに連れてこられた前後の記憶ははっきりしない。気がつくと
僕はこの、巨大な温室の一角にある小さなプールに居た。大きな僕
の身体にはあまりにも狭すぎる海。それでも泳ぎを忘れないよう、
一日に何度も往復するのが日課となった。いつの日か、大海へ戻る
日のために。けれど、そんな日は永遠にやってこないことを、いつ
しか僕は悟った。最近はプールを一往復するのも億劫になってしま
った。身体がやけに重い。うっかりすると意識を失いかける。
 またカップルがやってきた。ワア、マダイキテタンダ。そう言っ
た女性の顔に、微かに見覚えがあった。誰だろう。前にも来たこと
があるんだろうか。いや、ここのところ記憶もあやふやだから、勘
違いかもしれない。まあ、いい。考えるもの疲れた。眠ってしまお
うかと思ったけれど、その前に女性の顔を確かめる。彼女は楽しそ
うに微笑んでいた。それを見て、僕の心も和んだ。ここへ来て初め
て僕は幸せな気分になり、そっと眼を閉じた。
 眼瞼の裏にママの姿が浮かんだ。恋人の顔も見えた。僕は陽の射
し込む大海原で、仲間たちと戯れながら、ゆったりと泳ぎ始めた。

「ねえあなた、この前実家に帰った時、近くの植物園に行ったでし
ょ。あそこのジュゴン、死んだんですって」
「ああ、君が子供の頃、人魚が来たって聞いて一番乗りで見に行っ
たら、あんまり想像と違うんで、すごいショック受けたってやつね」
「かわいそうに」
「二十年以上も前だろう。長生きの方なのかな?」
「さあ」
 あの時泣き出した私を宥めた母の言葉が甦る。

 よく見てごらん。生き物はみんな、美しいんだから。






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