第14回1000字小説バトル
Entry33
見えない手でさあと撫でられるように、草の波が渡っている。葦 に似ている植物は皆同じ背丈をして、胸のあたりで擦れあっていた。 その中をかきわけて、ゆっくりと歩いていく。手もつながず、並 ぼうともせずに。背の高い白いポロシャツの後姿を見ながら、わた しは脳裏に描いたものを、セル画のように風景に重ねていた。 目に染みるような黄色い色が、首をすっと伸ばした優美な姿が、 草原を横切っていく。あまりに鮮やかに見えて、わたしは立ち止ま った。 彼が振り返って何かを言った。笑っている口元しか、視界に入ら ない。 確信しながら訊いていた。 「いまの、見えた……?」 そんな夢を見た朝、わたしは会社を休んで、いつもと反対の電車 に乗った。ラフな格好は変装の域で、一人でおかしかった。 下り電車は空いていた。 この電車に乗っていた学生時代、彼はサークルの先輩だった。一 篇だけ、部の冊子に載っていた彼の童話を読んだ。 キリンの出てくる話だった。美しい話だったけれど、全体が淡く、 つかみ所がなかった。文章が話の内容と相容れないで、冷たい感じ がした。 わたしはそれを伝えるべきか迷った。 別の先輩が、耳打ちするように教えてくれた。「あいつはもっと、 なんていうのかな。どろどろのぐちゃぐちゃ、書かせたら上手いん だよ」 改札を出ると、立体交差点が目に入る。 あの頃はまだ何もなかった。開発途中で、区画整理のための金属 板が迷路のように立ちはだかっていた。工事が始まるまではという 行政の計らいらしく、手付かずの緑が敷地を埋めていた。彼と一緒 に歩いた、光景は消えていた。 (夢の中だけ) わたしはふらふらと歩いてまわった。自己満足だとわかっていた。 通学の電車で、寝不足のせいか日差しが辛かった。ふと目をあげ ると、真鍮の棒にもたれるようにして先輩がいた。わずかに顰めら れた顔は、心配されているようにも嫌悪されているようにも見えた。 わたしたちは乗り継ぎの駅で降りなかった。終点までいって、定 期券で乗り越し清算をして外へ出た。 「先輩」 呼びかけに振り返る。 そうだ。笑った口元は、あのときの記憶。 「先輩のことが好きです」 「ありがとう」 長くは続かなかった。 責められるべきはわたしの愚鈍さ。わかっていたのに、わからな かった。 「優しい話が書きたかった」と先輩。先輩はもういない。
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