第14回1000字小説バトル
Entry35
「お安い御用だ。おまえの望みを叶えてやろう!」 魔王は呪文を唱えると、卑屈な笑顔を浮かべて煙と共に消えて行 った。 しかしそれから1年経った今も、私の生活は変わらない。相変わ らず、家から会社までの通勤に1時間を費やしている。営業成績が 飛躍的に上がったわけでもなく、新しく女が出来たわけでもない。 ましてや宝くじが当たるなんていう事もなかった。地方から上京し て木造アパートに一人暮し。この生活を10年近く続けている。何 も変わらない単調な生活。 時々、あれは夢だったのではないかと思う時があるのだが、調べ る術はない。私の望みは魔王に理解されなかったのだろうか。 だが彼が28.7歳になった時、社内の隣の席にいた女と結婚し、 翌年1人の男の子を授かった。その子は人並みに成長し、反抗期を 迎えて成人した。やがて男の子も恋をして結婚し、2人の子供を授 かった。彼にとっては2人の孫が出来たのである。 彼はその後も波瀾万丈とは無縁な普通の生涯を送り、癌により病 院のベットで死んで行った。84.7歳だった。 彼は、死ぬ何年も前から望みは叶えられたと感じていた。しかし それが魔王の仕業かどうかは分からなかった。 私はひょんな事から、手下のコウモリを助けたお礼とやらで、願 いを一つだけ叶えてやるという魔王の前に立っていた。 「さぁ人間よ。おまえの望みは一体なんだ! 」 私は知っている。今まで読んだ物語の中でこの質問を受けた者達 が、望みを叶えてもらえなかった事を。彼等は口を滑らしたり欲張 ったりして、魔王を怒らせ呆れさせたのだ。 そのため、折角のチャンスを台無しにした。しかし私は、この質問 に対しての答えを、子供の頃から用意していた。ただ一言こう言え ばいいのだ。 それを言えば金も女も地位も名誉も手に入れる事が出来、素晴ら しい人生を送れるだろう。 「さぁ言ってみろ!おまえの望みとやらを! 」 「魔王よ。私を幸せにしてくれ!」
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