インディーズバトルマガジン QBOOKS

第14回1000字小説バトル
Entry6

遅れ咲き

作者 : aoye [あおいえ]
Website : http://www2.odn.ne.jp/~cap15290/
文字数 : 999
 葉桜を撫でながら吹く風が心地良い5月の日曜日、その日は彼の
7回目の誕生日であった。母の望むままに、少年は自宅での祝いに
友人たちを誘った。
 己の誕生日を祝うのになぜ自分が友人を招くのか―。
 そんな瑣末な疑問が、この少年の素直さを抑圧していた。
 正午近く、プレゼントを手にした友人たちが彼の家を訪れた。座
敷の準備がまだだったので、来客たちは家の前でボール遊びを始め
た。少年は輪に入らず塀に背を凭せ、水族館のペンギンを見るよう
な眼で、路上ではしゃぐ子供らを見ていた。これまでにない数の友
人たちが自分の誕生日に集まり、笑顔で戯れていた。
 僕が呼んだから来ただけのことだ、別に僕の誕生日を祝いたいか
らじゃない―。
 彼は努めて冷めた眼で事態を傍観していた。頬の筋肉が綻みそう
になると、唇を噛んでそれを堪えた。
 田圃越しに、古い線路が見えた。短い列車が、不意にカーブの影
から現れ、まるで少年に合図をするかのように短く汽笛を鳴らして
走り過ぎた。ボール遊びをする友人たちの手が、その音で止まった。
瞬間、彼は道に落ちたボールを拾うと、畦道を線路に向かって走り
出した。
 雑草を無精髭のように蓄えた盛り土を駆け上がり、赤銅色の古ぼ
けたレールに立って振り向くと、来客たちは口々に彼の名を叫びな
がら、突然駆け出した「主人」の後を、懸命に追い駆けていた。
 今日という日は、僕のものだ!
 少年の全身を快感が駆け抜け、血液は真っ赤に輝いた。線路の反
対側は雑木林になっていた。そこは未だ侵さざる領域であったが、
溢れるエネルギーは、彼をその中に駆けさせた。緑の葉のそよぐ音
と彼の名を呼ぶ声が、林の中で一体となって響き渡った。ボールを
落としたことすら知らず、彼はその賛美歌に酔った。
 雑木林を抜けると、蝶形の花の紅紫色が、眩しい光とともに突然
視界を覆った。その瞬間、彼の足は急に止まった。しかしそれまで
の彼の激しい動を静に転じさせたのは、休耕の畑に満ちた蓮華草で
も、眩しすぎる太陽でもなかった。彼の視線の先には満開の桜が、
5月の空の下、梢を揺らして立っていたのである。
 汗を拭うことすら忘れ、彼は桜に見とれていた。誰も見たことの
ない、とっておきの無垢な笑顔で。
 彼は無邪気に振り返った。そして気がついた。追ってきた筈の友
人たちの姿も、声すらも、すでに無いことに…。
 彼はもう一度振り返った。遅れて咲いた桜だけが、音もなく、揺
れていた。






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