第14回1000字小説バトル
Entry8
冬は、少し寂しい。 夏の間、あれほどまでににぎわっていた砂浜は、冬になると急に 広くなる。それでも駐車場には、ときおり内陸ナンバーの車が停ま ったりもする。 どうどうどうどう。渦巻いているのは波か風か。 一体どこから聞こえてくるのか。 恋人の肩に頭を預けて、そんなことに思いをはせるのもいいじゃ ない。冬は、少し寂しいけど、それなりにロマンチック。 ある夜、えらく広い駐車場に、一台の乗用車が停まった。 出てきたのは1組の若い男女。仲良さそうに、並んで歩いてくる。 男がちょっと立ち止まると、女に何か告げた。彼女は、ちょっと 戸惑ったあと、彼の頭を軽く小突いて背を向けて、早足で彼から離 れた。彼は、女に向かって悪ぃ、というと、彼女に背を向けて、お もむろに立ち小便をはじめた。 女の方は、彼の傍にいるわけにもいかず、すたすたと歩いてくる。 迷いの無い足取り。彼女は一人で歩いてくる。目の前に、視界い っぱいに広がる私に向かって。 まるで羽でも生えてるみたいに。 近づくほどに広がる視界。彼女の視界を私が満たす。 波打ち際に近づいて、ぎりぎり水のかからないところで立ち止ま り、真っ直ぐ私に向き直る。 強い瞳。瞳の中に、まだ飛ばぬ鳥の翼。 私は彼女に語り掛けてみる。ねえ、あなたは。 どうどうどうどう。 彼女は、誰ともなしに呟いた。 「私、映画を創りたい」 どうどうどうどう。 どうどう。 彼女の思考を一瞬、私が満たしたのが分かった。彼女が望んでそ うしているのが分かった。 彼女は、一人で歩ける女だ。自分だけの世界を持つ、自分のため の夢を持つ。 男はやがて捨てられるだろう、と私は思った。 そのときは、彼自身が望んでそうするのだろう。 彼女がくるりと向きを変えた。そのまま、今度は私に背を向けて、 すたすたと歩き出す。向かう先は、彼のもと。 彼はちょうど事が済んだところで、背後からわっと彼女に驚かさ れて。驚き隠しに抱きついた。 彼女は彼に本当に心地良さそうに包まれていて。 私は、やがてはばたく娘の翼と、今は彼女を護る暖かい息子の腕 に、声なき声を送った。 どうどう、どうどうどう。
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