第15回1000字小説バトル
Entry12
不意に脳裏に現れる。あまりに唐突なので、ぼんやりと宙を見上 げたまま心を遊ばせてしまう。季節はいつも早春である。萌え出た ばかりの若葉が太陽の光をあびて、きらきらと輝き、幼い頃のわた しが山道を辿りながら息を切らしているのが見えてくる。 道の途中で川に下りる。そこからは、ごつごつと尖った岩の上を 川の流れに遡って歩いていく。心の中で「もうすぐ、もうすぐ」と つぶやきながら木漏れ日の光の中を静寂の香りを嗅ぎながらら歩き 続ける。 聞こえてくるのは川のせせらぎの音と風に揺れる若葉のささやき と春を謳歌する鳥の囀り。それらのひとつひとつが一度に舞い降り てくるのではなくて交響曲のように次々と新しい旋律を奏でるよう に交互する。 目指しているものの微かな音が響き始める。荒い息づかいの中で、 音は一歩一歩の歩みにあわせて増してゆく。そして、とうとうその 姿を現す。白い水しぶきのその向こうに滝がある。夕刻の太陽の光 を浴びて虹がかかっている。 その感動と興奮にとりつかれた幼いわたしは、その過程を何度も 反芻できるまで続けている。何かにとりつかれたように滝を求めて いる。この世のすべての美しさが宿っているかのような、あの小さ な細い銀の滝。その時でなければならぬものがある。過ぎ去れば色 あせて戻らぬ何かがある。 時の流れの中で追憶になる美しいものは、求める心があればまた たどり着ける。誰の心にも愛しい滝が現れる。
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