第15回1000字小説バトル
Entry13
「ねえ」 会話が途切れた時を狙っていたかのように、郁美は切り出した。 「な、なんだ?」 浩一は返事をしてから、彼女が出してくれたお茶に口を付ける。 「来週、誕生日だよね?」 「そうだよ。二十一歳になる」 「ちょっと早いけど、わたしの、一番大切なもの……プレゼントし てあげる」 ごくっ。 生唾を呑み込む音が、想像以上に大きく響き、浩一は無意識に口 を押さえる。 浩一が郁美と付き合い始めて半年。初めて彼女のアパートに招か れ、ある程度予想はしていた申し出だった。 「う、うん」 だが、彼の声は情け無いほど震え、裏返っていた。高鳴る心臓の 音が、耳の中に響き渡る。 「ちょっと待ってね」 郁美は立ち上がって、押入を開けた。 「い、郁美……」 堪えきれず立ち上がった浩一が、後ろから彼女の肩に触れようと した時。 「はい!」 振り向いた郁美の手には、小さな消しゴムがあった。 「な、なんだ、これ?」 「なんだとは何よ。この消しゴムはねえ、わたしの初恋の相手の祐 介君から借りっぱなしの、いっちばん大事なものなんだよ」 「で、どーしたって?」 「別れたよ!」 友人の尚利の問いに、浩一は吐き捨てるように答えた。 「堪え性のねえ奴だな――いや、無理矢理やらなかったのは我慢強 いか」 「無理矢理は犯罪だろ。それに萎えたんだよ! あれは絶対俺を馬 鹿にしてんだ。男だとカケラも思っちゃいねえんだ。あー、そーだ とも。もう、あんな女、顔も見たくねえ! 目の前に跪いて全てを 忘れてくれって涙流しても、絶対許さん! 二度とヨリなんぞ戻さ ん!」 「い、意外と余裕あるなお前」 「わたしの一番大切なもの、あげる」 真剣な眼差しで、昌枝は浩一を見つめる。 「……つかぬ事を聞くけど、それは捨てにくいけど持って置きたく ないものじゃあるまいな? お守りとか、思い出の品とか、水銀電 池とか」 「はあ? それは一番大切じゃないでしょ? 変なこと言わないで」 「いや、その辺の共通認識があるならいーんだけど――って、また 押入開けてるし!」 「はい」 彼女は押入ダンスの奥からそれを取り出した。 「何が不満なんだ? 外野の俺が見ても一番大事だぞ、それは。喜 ばしいことじゃねーか」 「そう思うか? 本っっっっっ当にそー思うか?」 「あ、はは。いや、判断は控えさせて欲しいけど」 固い笑いを尚利は浮かべる。 「まあ、萎えるのは認める」 テーブルの上には、昌枝名義の通帳と印鑑が、所在なさそうに転 がっていた。
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