第15回1000字小説バトル
Entry18
諸星の寝顔は安らかだった。私にはそう思えた。 ベッドの枕元に眼鏡がある。彼らしく正しく折り畳まれ、枕にま っすぐ平行している。彼は明日も、この眼鏡で普段通りに出社する。 昼は外を回り、夜は書類に向かい、日付も変わった頃ここへ戻り、 今週末には退職というのに、突然の、私の一方的な通告というのに。 私は眼鏡を取り上げると(そう、これを隠せば)さすがの彼も出 社できないかと思った。そう、あの鳩時計にでも。彼の慌てる様を 想うと笑みが浮かぶ。だが彼なら予備の眼鏡ぐらいあるだろうし、 いや、きっと前が見えずとも、彼は普段通りに出社するだろう。そ んな男だ。 私は眼鏡を戻した。 私は君に憎まれても当然だ。君は毎日その身を削り、人一倍に戦 ってきた。子会社への異動を伝えた時、君の頬は一瞬だけ震えたね。 だが諸星君、そのまま聞き給え。 認めないかも知れないが、君の体は限界だ。日々の戦いは君を蝕 んでいた。私はそれを知っている。私だけがだ。君には休養が必要 だ。 こんな形で与えられるのは望むまい。だが諸星君、それで君が永 らえるなら、私は、それでも私は。 「嬉しいのだ」 そう、嬉しいのだ。やはり私は罪人だ。私は私の喜びのため君を 切ったのだ。全ては赦されぬ罪なのだ。独身寮の個室の鍵を密かに 複製していた事、そして深夜にそっと侵入する事、そして……。 私は諸星の傍らに座り、その頬に唇を寄せた。彼の目がそっと開 くのを見ながら。 「支店長……」 「諸星君」 ついに、全てを語る時が来たのだ。 「僕は……僕は、普通の人間じゃないんだよ。僕は、上司として、 男性として……君を愛していたのだ」 頭の奥に激しい音楽が流れていた。諸星はゆっくりと身を起こし、 窓から射した月光のシルエットとなる。美しかった。 「驚かせたかな」 諸星は沈黙の末、囁いた。 「……わかりません」 「有難う」 私は立ちあがった。 「急な事だが、僕も異動となった」 上着を羽織った。 「最後の挨拶のつもりだった。もう行くよ、次の店が首切り役人を 待っている」 諸星はじっと見ていた。私はドアに手をかけた。 「明けの明星が輝く頃、東の空の下に、ハイウェイを行く男がある。 それが僕なのだよ、諸星君」 「待って下さい。私も、私も一言申し上げたい」 「忘れ給え。では」 後ろ手にドアを閉じた。 車のキーを回した。私はどこへ流れても、さらに遥かな街を故郷 におくだろう。 私は常にエーリアンで構わない。
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