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第15回1000字小説バトル
Entry22

緑の袖の旅人

作者 : 更羽
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文字数 : 998
 緑の袖の旅人は、大樹の種子。人と変わらないのに、いずれは根
を下ろす。わたしはそれを知っていて、それでもともに生きたかっ
た。

 雨が降ってきた。
 容赦のない透明な雫。灰色の色彩に緑が混ざるのが、生まれてか
ら何度目にしようと不思議な光景だった。
 緑などどこにもないのに、雨粒の反射に現れる。きらきらと光っ
て跳ねる。
 記憶の中で、母が窓から手をかざしてみては「不思議だね」と言
っていた。
 あれから何度、この雨を見ただろう。時が戻るような錯覚を受け
るけれど、母はもうないし、わたしも歳をとった。
(それでも彼は変わらないわね)
 わたしは戸口に立って、この雨を合図にやってくる、旅人を待っ
ていた。
 水の作る幕の向こうに、その姿が見えてくる気がした。
 彼は変わらない。はじめて見た時から数十年間ずっと。少女のよ
うにたおやかで、でも、目に宿る強い光がその印象を払拭している。 
 雨の緑と一緒で、鮮やかに、人を惹き付けずにはおかなかった。
 生成り色の粗末な衣服に、美しい緑の袖を付けている。わたしは
昔、その袖を欲しがって泣いた。肩に白いケープを纏う。あのケー
プはわたしが編んだのだ。昔、わたしが……。
 
 部屋の中から悲鳴が聞えて、わたしは抱え起こされた。
 気付けばその場に倒れていた。頭が重いくらいに濡れていて、自
分で吐いた息が熱い。
 耳をすませた。雨の音はまだ聞こえている。
 旅人が着いたなら、この雨は止むはずなのだ。

 微かな明かりに、懐かしい人が照らされている。ケープがその人
と一緒に時を止めてしまったかのように、白いままで肩にかけられ
ていた。
 雨音は止んでいた。
「おかえりなさい」
 その言葉を言える幸せを、感じていた。
 ベッドに突っ伏して、義娘が眠っている。わたしはふふと笑った。
同じように笑って、「ただいま」と彼は言った。
 変わらない。外見は蜜月の時のまま。彼に追い付きたくて大人に
なったはずだったのに、少し追い抜いてしまった。
 目を伏せて息をつく。幸せだから、眠ってしまいそうだった。
 もう目は開かない。
「……僕はいつも、あなたに帰りたかった」
 囁きをわたしは返した。
「わたしは土になる。大地に帰るわ。だからわたしは、まだあなた
を待つことができる。まだまだずっと、待っていられる」
 だから大丈夫。

 あなたといるのが、一番幸せ。
 芽吹き、息づく。大樹が。いつか。
 世界は緑に覆われていく。






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