インディーズバトルマガジン QBOOKS

第15回1000字小説バトル
Entry4

透明な部屋

作者 : Cyeie
Website : http://members.tripod.co.jp/cyeie/
文字数 : 779
うっすらとぼんやり曇っている窓の外では
小雨が静かに降っていて、
いつもよりもほんの少しだけ、時間の流れが遅く感じるのは
気のせいではないのかもしれない。
雨は、
アスファルトに少しずつ水たまりを作っていって、
車のタイヤに踏まれる度にまた少しずつ
波紋が消えるのを待ちながら
遥か上にある曇り空を映そうとする。

彼女は、何もない場所が好きだと言った。
そして僕も同じことを言った。
いつか時間がたてば、何もない場所に行けるだろうと
ふたりで静かに話していた。

だから僕らは、家具を一切おかないで何もない空間を
作ろうとした。

 透明な部屋。

カーテンもひかないで、テレビもタンスもテーブルも、
何もない部屋を作った。
ただ、
ひとつだけ必要だったのはベッドだけで、
薄いシーツとかけ布団には、彼女の好きな
ドルチェビータの香りがした。

 「甘い生活」

そんな表現が頭をよぎる時もあったけれど、
ただ静かに、何もない部屋で何もない生活を
ふたりは半年以上も続けた。
カレンダーもない部屋で。

それからしばらくして、彼女はこの部屋に溶け込んだように
僕の目に映らなくなった。
それでも、
相変わらずふたりは同じ生活を送っていて、
彼女が自分の隣にいること、眠る時も、
いつも隣で眠っていることも、
ちゃんと僕には分かっていた。

彼女が言った。

 何もないのだったら、何もかも手に入るでしょう。

彼女は何もかも手に入れていて、それでも
何も手に入れていなかった。
そして僕はと言えば、遠くの窓の風景が透けてしまうくらい
何もないこの部屋で
相変わらず、ただ目に映らない彼女に語りかける。

 まだ、もう少し待ってくれるよね?

彼女は僕の目に映らないまま、何も言わずに微笑んで
ただ、いつもと同じようにふたりの生活を繰り返す。
外は
いつも時間がたつにつれて景色が変わっていって、
夜になれば、灯のないこの部屋にほんの少しだけ
うっすらとした色を残してくれる時もあった。

たまに、
窓のそばに彼女が立っているのに気付く時がある。
彼女は外の景色を真直ぐ、目をそらすことなく見ていた。
それから彼女は僕の隣に座ると、小さな声でこう言う。

 もう、そろそろ行きましょう。

そう言われた僕は、目を閉じてみた。
それから、
立ち上がって彼女の手をひくと、そのまま部屋を後にした。
外の雨が止む頃には、部屋には何もなくなった。

僕らは
どこからもいなくなって、ほんとうに何もない場所に辿り着いた。






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