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第15回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1ミラクルクランケ・完治 第41話工藤裕也851
2金字塔yutaka izumihara866
3パブリック田中接997
4透明な部屋Cyeie779
5人はアンドロイドに、似るかつみ999
6ある日のノビタショート・ホープ999
7世界Default1000
8(作者の希望により掲載を終了いたしました)
9回廊佐藤ゆーき954
101000
11足なし鳥Momo1000
12追憶鍋田千晶566
13わたしのいちばん羽那沖権八1000
14BeBlueうめぼし1000
15東京夢小路 川辻晶美1000
16明け方の君百内亜津治1000
17正しいこと太郎丸1000
18さらば、ウルトラ・ヘブン蛮人S1000
19うず目川島ケイ1000
20ブラインドタッチ鮭二1000
21午後の海風一之江1000字
22緑の袖の旅人更羽998
23石ころの旅立ち池野諭968
24潰瘍竹原 秀600
25クローン売ります小沢 純999

第15回1000字小説バトル
Entry1

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ミラクルクランケ・完治 第41話

作者 : 工藤裕也
Website :
文字数 : 851
 (前回までのあらすじ)幼少の頃にネフローゼを患った少年・完
治はその入院先で一人の老人・癒吉と出会い、様々な病苦を克服す
る「ミラクルクランケ」の人生を選んだ。           
 今回完治は新たな入院先の病院の利権を巡って「法定伝染病の勝
則(かつのり)」とエボラ熱対決をする事となった。ベッドに横た
わる完治たちのもとに運ばれたのは細菌の入った生理食塩水のパッ
ク。果たして完治に勝利はあるのか・・・。          

 「これがエボラか・・・」                 
 完治は目の前にある透明な液体の中に何かが棲んでいる事を改め
て悟った。それは勝則も同じ事だった。            
 「ククク・・・」                     
 しかし目の前にあるチューブパックを見た勝則は不敵にも笑いは
じめたのだった。                      
 「な、何が可笑しい!」彼らを映す病室のテレビカメラに向かっ
て、待合室にいる完治の弟子の復之助が怒号を上げた。     
 待合室の声は病室にも入っていた。勝則は部屋の角に設置された
テレビカメラに向かって語り始めた。             
 「面白い、教えてやろう。エボラっていうのはほぼ短期間で死ぬ
病気だ。よほど看護の体制が整っていなければ完治なぞ不可能だ。
俺のバックには平成製薬コンツェルンがついているからその辺に抜
かりはない。しかし完治の方では誰が看病をするのかね・・・クッ
クック・・・」                       
 「クッ」復之助は苦虫を噛み潰すように声を漏らした。完治への
看病は完治の要望で誰も行なえない事となっていた。さすがにレベ
ル4の病を扱うという事に完治も恐れを抱いていたのだった。  
 「か、・・・完治さん!」復之助は右手に持っていた杖を折った。
 かくしてこの病院でもっとも腕利きの看護婦の手によって、この
死の液体は一滴一滴と彼らの体の中へと落とされていった。   
 「来るぞ、来るぞ、・・・ワハハハ。ゾクゾクするな」    
 勝則は興奮していた。これから自分に起こる体調の異変に期待の
ようなものを感じずに入られないといった様子だった。     
 「勝則」                         
 完治はカツノリの注射針の刺さった腕を見ながらこう言った。 
 「お前は平成製薬の作ったワクチンを打って勝ったつもりだろう
が、生の病はそんなに甘いものじゃないぞ」          
 「何!」                         
 勝則は俄かに汗をかきはじめた。やがて二人の身体には異変が起
き始めたのだった。

第15回1000字小説バトル
Entry2

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金字塔

作者 : yutaka izumihara
Website :
文字数 : 866
 金字塔

【TANGO】

愛してるわ、女が言った。
野獣な肉体が貧欲に愛撫を欲す。
目が覚めると
匂いだけが残っていた。

【美貌】

お前、あきねぇ?
ユーが、鏡に映る自分の顔を眺めるタキに言った。
タイトなシャツが痩せた身体を引き立てる。
皮下脂肪のない体。病的だ。
ユーさー、エクスタシーある?SPEEDでもいいよ。
ケミカル系はよせ、って言ってるだろ。
とろんとしたタキの目とユーが鏡の中で出会う。
僕さー、この美貌のままで死にたい。
青白く美しい顔が力なくほほえむ。
ユーが後ろからタキを抱きしめ耳たぶを軽く噛み、
ばーか、と囁いた。
ショーが始るぞ。
ユーが、タキの肩に手を回し、促す。
女に興味ない。
タキはDCをポケットから取り出すと、
つんとして二人を同じフレイムの中に入れ、撮った。
お前が見たいって言ったんだろ。
タキの頬を指先でつねって、
勝ってにしろ、タキを残し、扉を開けた。
トイレに蒼い煙草の煙が流れ込んだ。

【SHOWGIRL】

ユーはステージから二列目の席に腰かけた。
ブロンドの女がセクシーに身体をくねらせる。
上向きの形のいい乳房がリズミカルにゆれる。
股を開き、陰部を指で押し開く。
なにも感じない。
ユーはコロナを喉に流し込んだ。
二番目の女。赤毛。ヒョー柄のスカーフを巻いている。
ティピカル。
つまらなそうに、ユーが踊る女の横顔に目をやった。
どきっとした。似ている。
そういえば、顔だけでなく、首筋、乳房、足の長さまで
そっくりだ。間違いない。
ナオミだ。
ユーは、間違いであることを祈りながら、
高鳴る鼓動を抑えていた。
恥部を突き出し、観客の目の前で上下運動を繰り返す。
目を伏せたかった。
視線の違いに気づきナオミが確認した。一瞬の、
ほんの少しの間狼狽した表情をみせた。
愕然とした。
ダンスが終わり、ユーは、トイレへと向かった。
知ってたんだろ!ユーが怒鳴った。
そこには涙にぬれたタキがいた。
力なく崩れ落ちるタキを抱きかかえた。
切ったのか?
袖の染みが広がっていく。
ばかやろう!
タキを両腕抱えに扉を蹴り開け、出口へ駆ける。
階段の手すりにナオミは凭れ掛けている。
目が逢った。ユーは階段へと急いだ。
二人が吸い付けられる。ナオミが目を伏せた。
ユーはナオミとすれ違い階段を降りた。
救急車を呼んでくれ。ユーが叫ぶ。
同じ匂いがした。
愛してる、タキが薄れ行く意識の中で囁いた。
ああ。
ユーは駆けた。

第15回1000字小説バトル
Entry3

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パブリック

作者 : 田中接
Website :
文字数 : 997
 トッドがトイレに行くと、ちょうどシモンが、小便器に向かって
いた。男性用トイレのドアを開けると、通路を挟んで左側には大便
器の個室が三つ、右側に小便器が四つ並んでいる。シモンは奥から
二番目の小便器に向かってい、トッドは一つ空けて、右端の小便器
の前に立った。
「やっぱりな」
 シモンはトッドのほうを向いてにやりとした。
「何がやっぱりだよ」
 トッドが訊き返すと、
「いや、他が空いているのに隣に来る人は、やっぱり少ないらしい
ね」
「そりゃあそうだろう」
「でも、こないだなんかさ、おれはやっぱり奥から二番目を使った
んだわ」
と、シモンは話を継いだ。「そこはここみたいに狭くなくて、ずら
っと二十個ぐらい便器が並んでるんだけどさ、後から入ってきた男
が一番奥まで来たんだ。他の便器も全部空いてるのに、わざわざお
れの隣に来たんだぜ」
「端が好きなんだろ」
「端が好きなやつは、ふつう人のそばがいやなんだよ」
 たしかに端に行くのは、見知らぬ他人とくっつくのはいやだ、と
いう心理が働くからだろう。
「それに一番奥の便器は危ないっていうじゃない」
「どうして」
「どうしてって、おまえそれでも刑事かよ。薄暗い隅は襲われやす
いからだよ。襲われたときに逃げ場がないからだよ。刑事じゃなく
てもみんな知ってるぜ」
 そのとおりなのかもしれない。トッドは思った。トッドがそうし
たことに無頓着なのは、多分、腕っぷしにそれなりの覚えがあるか
らだ。たいして大きいわけでもないが、余程の大男が相手でも、負
けるなどとは考えない。その点、どちらかといえば小柄で、格闘に
なれば真っ向から勝負というよりは、うまくかわすタイプであるシ
モンとは、注意の向き方も違うのだろう。
「だからおれはいつも一番奥じゃなくて、二番目を使うんだ」
 洗面器に向かいながらシモンが言った。一番奥と二番目。襲いや
すさという点にどれほどの違いがあるものか、トッドにはまだ疑問
だった。
 トッドも小便器を離れ、シモンと並んで洗面器の蛇口をひねった
が、それを待っていたかのように、
「なあ、トッド、ここの便器って、何型というのかな」
 シモンがまじめな顔つきで言った。
「何だよ」
「いやちょっと娘に訊かれたんだけどさ、でも便器って、四角いの
もあれば丸いのもあるだろ」
「そうだな。下まで細長いのもある」
「漏斗みたいなのもあるしね」
「あそこのは、しずく型だったかな」
 二人の廊下を歩きながらの談義は続いた。

第15回1000字小説バトル
Entry4

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透明な部屋

作者 : Cyeie
Website : http://members.tripod.co.jp/cyeie/
文字数 : 779
うっすらとぼんやり曇っている窓の外では
小雨が静かに降っていて、
いつもよりもほんの少しだけ、時間の流れが遅く感じるのは
気のせいではないのかもしれない。
雨は、
アスファルトに少しずつ水たまりを作っていって、
車のタイヤに踏まれる度にまた少しずつ
波紋が消えるのを待ちながら
遥か上にある曇り空を映そうとする。

彼女は、何もない場所が好きだと言った。
そして僕も同じことを言った。
いつか時間がたてば、何もない場所に行けるだろうと
ふたりで静かに話していた。

だから僕らは、家具を一切おかないで何もない空間を
作ろうとした。

 透明な部屋。

カーテンもひかないで、テレビもタンスもテーブルも、
何もない部屋を作った。
ただ、
ひとつだけ必要だったのはベッドだけで、
薄いシーツとかけ布団には、彼女の好きな
ドルチェビータの香りがした。

 「甘い生活」

そんな表現が頭をよぎる時もあったけれど、
ただ静かに、何もない部屋で何もない生活を
ふたりは半年以上も続けた。
カレンダーもない部屋で。

それからしばらくして、彼女はこの部屋に溶け込んだように
僕の目に映らなくなった。
それでも、
相変わらずふたりは同じ生活を送っていて、
彼女が自分の隣にいること、眠る時も、
いつも隣で眠っていることも、
ちゃんと僕には分かっていた。

彼女が言った。

 何もないのだったら、何もかも手に入るでしょう。

彼女は何もかも手に入れていて、それでも
何も手に入れていなかった。
そして僕はと言えば、遠くの窓の風景が透けてしまうくらい
何もないこの部屋で
相変わらず、ただ目に映らない彼女に語りかける。

 まだ、もう少し待ってくれるよね?

彼女は僕の目に映らないまま、何も言わずに微笑んで
ただ、いつもと同じようにふたりの生活を繰り返す。
外は
いつも時間がたつにつれて景色が変わっていって、
夜になれば、灯のないこの部屋にほんの少しだけ
うっすらとした色を残してくれる時もあった。

たまに、
窓のそばに彼女が立っているのに気付く時がある。
彼女は外の景色を真直ぐ、目をそらすことなく見ていた。
それから彼女は僕の隣に座ると、小さな声でこう言う。

 もう、そろそろ行きましょう。

そう言われた僕は、目を閉じてみた。
それから、
立ち上がって彼女の手をひくと、そのまま部屋を後にした。
外の雨が止む頃には、部屋には何もなくなった。

僕らは
どこからもいなくなって、ほんとうに何もない場所に辿り着いた。

第15回1000字小説バトル
Entry5

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人はアンドロイドに、似る

作者 : かつみ
Website : http://www4.vc-net.ne.jp/~hiroshis
文字数 : 999
火星の周回軌道上にレフェリーという人口衛星がある。この衛星は、
火星に出入りする宇宙船の入出管理や、他の衛星や流星などの危険
防止の探査が、主な役目だ。
結構大変そうな作業に聞こえるが、実はそう難しく無い。レフェリ
ーのコンピューターと、作業員であるアンドロイドが総てをやって
くれるので、衛星に必要な人手はたった独りなのだ。
「レンコ大尉。お勤め御苦労様です。これより引き継ぎの任にあた
るケン・ヤスナガ少尉であります」
レフェリーでの滞在期間は一年。その間、外部との接触は殆ど無く、
一人きりで過ごさねばならない。だから、この任務に就く人間の殆
どは、軍での何かしら失態をやった人間と相場が決まっている。
もちろん俺も例外では無い。
レンコ大尉は、軍の暴れ者と評判の人間だったが、敬礼をすると機
械的な物言いで淡々と話した。
「ヤスナガ少尉。引き継ぎの任、御苦労。一週間よろしく頼む」
大尉は、印象と違い物静かな地味な人間だった。この一週間の引き
継ぎ業務で、彼の口から無駄話と言う物を聞いた事が無い。逆に、
俺はと言うと、おしゃべりが過ぎての失態での左遷。話す事が大好
きで、話が出来れば、人間だろうが機械だろうが構わない。大尉が
聞いていようが、いまいが、俺にとってはどうでも良かった。
だから、この退屈で窮屈な人工衛星での生活を一年間続ける事に、
そう悲観的では無かった。
その大尉は、最後だけ俺に向かって無駄な口を開いた。
「忠告する。おしゃべりもいいが、機械と喋るのは止めておけ」
最後の引き継ぎが終了する前に、彼は俺にそう言い残した。忠告と
来た。単なる嫌味。大尉は、噂と違って小心者だったらしい。
俺は少し苦笑いをすると、オペレーションルームへ行き、そこで働
くアンドロイドに話し掛けた。
「君はなんて名前だ」
「はい少尉。β三号と呼ばれています」
「そうか、β三号。君は何が話せる?」
「はい、少尉の望む会話を」
「では、そうだな……」
俺はアンドロイドに向かって話しはじめた。アンドロイドは機械的
に淡々とそれに対応する。
その時、奇妙な感じを受けた。以前、どこかで、こんな話をしたよ
うな……

地球軍情報部での対話
「レフェリーに、また問題児を送りこんだって?」
「そうさ、あそこは人格形成をするにはもってこいらしい。なんせ、
帰ってきた奴は皆、アンドロイドのように物静かで、淡々と任務に
従う優等生になるんだからな」
情報部の人事担当者は、高らかに笑った。	

第15回1000字小説バトル
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ある日のノビタ

作者 : ショート・ホープ
Website :
文字数 : 999
 今日もノビタは昼寝をしていました。
 すると机の引き出しの中からノビタが現われ、寝ているノビタの
頭をポカリと殴り、耳元で囁きました。
「早くシズカちゃんのところへ行け」
頭をポカリと殴られたノビタは机の引き出しの中に入って行くノビ
を見ました。
 頭をポカリと殴られたノビタは、頭のこぶをさすりながら、タイ
ムマシンに乗って三分前の自分の部屋へ行きました。
 頭をポカリと殴られたノビタは寝ているノビタの顔面を蹴り、耳
元で囁きました。
「早く死んであの世へ行け」
顔面を蹴られたノビタは机の引き出しの中に入って行くノビタを見
ました。
顔面を蹴られたノビタは、鼻血を滴らせながら、タイムマシンに乗
って三分前のノビタの部屋へ行きました。
 顔面を蹴られたノビタは寝ているノビタの睾丸を金槌で叩き、耳
元で囁きました。
「早く死ねこのインポ野郎」
 睾丸を金槌で叩き潰されたノビタは机の引き出しの中に入って行
くノビタを見ました。
 睾丸を金槌で叩き潰されたノビタは、股間を血で滲ませながら、
タイムマシンに乗って三分前のノビタの部屋へ行きました。
 睾丸を金槌で叩き潰されたノビタは寝ているノビタの頭をバット
で目一杯叩き、耳元で囁きました。
「死ねクズ」
 バットで叩かれたノビタは机の引き出しの中に入って行くノビタ
を見ました。
 バットで叩かれたノビタは、脳味噌を頭からはみ出しながら、タ
イムマシンに乗って三分前のノビタの部屋へ行きました。
 バットで叩かれたノビタは寝ているノビタの胸にナイフを突き刺
し、耳元で囁きました。
「地獄へ落ちろ」
 胸にナイフを突き刺されたノビタは机の引き出しの中に入って行
くノビタを見ました。
 胸にナイフを突き刺されたノビタは、口と胸から血を流しながら、
タイムマシンに乗って三分前のノビタの部屋へ行きました。
 胸にナイフを突き刺されたノビタは寝ているノビタの首を包丁で
切断し、耳元で囁きました。
「ざまーみやがれ」
 首を包丁で切断されたノビタは息絶えました。

 数十分後、ドラエモンがノビタの部屋に帰って来ました。
 部屋は血の海と化していました。
 ドラエモンはタイムふろしきで首を切断される前のノビタに戻し
ました。
 ノビタは目を覚まし、大きなあくびをひとつしました。
 そしてノビタはドラエモンに訊ねました。
「どうして畳が赤く濡れているの?」
「これはノビタくん、君の体内で流れていた液体だよ」
「ふーん。そうなの」

第15回1000字小説バトル
Entry7

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世界

作者 : Default [でふぉると]
Website :
文字数 : 1000
  日曜日。
 することもなく電車に乗ってみる。
 本当は予備校で模試があるんだけど……ほら、そういう時ってあ
るだろう? やらなきゃならない事とはあるけれど、それを投げ出
してみたいとき。でも、投げ出したけれど、特にしたい事もなくっ
て……ちょうど今の僕がそんな状態。
 だから、電車。
 ぐるぐると回る……時計の針のように。
 日曜の昼だというのに電車の中はあんがい空いている。おなじ車
両には僕をあわせても六人ほどしかいない。
 昼時だからだろうか。
 でも、そんな事は実はどうだっていいことだ。
 他にも人はいるけれど、ここには僕一人。
 奇妙な安心感とすこしの寂しさ。
 窓際の席に座って、まぶしい陽光に目を細めてみる。
 あたたかさが満ちていた。そこかしこに。
 いつもと変わらぬ同じ街並みなのに、窓の外を流れる景色もどこ
かなごやかだ。
 そして、陽気はガラス窓を越えて車内まで……でも、僕の心にま
で届くのは少し。ほんの残りカス程度。
 ウォークマンのイヤホンを耳につける。再生ボタンを押すと、ピ
ッという電子音と共に僕は外部の音から隔絶される。
 ちょっと暗めのロックンロールナンバー。
 お気に入りの洋楽バンド。僕が生まれた頃にはもう解散していた
らしい。
 僕がこのバンドを好きな事を知ってる友だちはいない。わざわざ
カラオケで歌って場をシラケさせたりもしない。
 ドラマとファッションとJ−POPSの話題。
 公約数でつきあう友人たち。
 ネットで同じ趣味の人間を見つけると少し嬉しい。でも、おたが
い顔も名前も知らない。知らない事が良いことなのかどうなのかは
わからない。けど、彼らになら友だちには決して言えない毒のある
意見を吐いたりもできる。
 仮面舞踏会の知人たち。ちょっとした願望の充足。
 どちらも僕であって、僕じゃあない。
 駅を通過。
 停車していた電車を追い抜いてゆく。
 短針を追い越して、秒針に追い越されて。
 でも、このレースに僕は関係ない。それが僕を安心させる。満足
させる。
 その奇妙な安らぎと、ぼんやりとした春の光のあたたかさに招か
れるように、僕は目を閉じる。目蓋ごしの陽光に視界が赤く染まる。
 電車の心地よい揺れに身をゆだねると、ヴォーカリストの叫びが
フェードアウトするように徐々に遠のいてゆき、僕の意識は春のや
さしさに包まれてゆく。
 やがて、虚ろな微睡みの中で僕は忘却の世界へ……。
 ほら、世界が……。
 …………。
 ……。

第15回1000字小説バトル
Entry9

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回廊

作者 : 佐藤ゆーき
Website : http://www.d2.dion.ne.jp/~syuki
文字数 : 954
「ただいま」
「お帰り」
「酔っぱらっちゃった」
「誰と飲んできたの?」
「誰とでもいいでしょ」
「何だ。言えないのか」
「友達とその会社の男の人二人と」
「それって合コンじゃないのか?」
「違うわよ、私が他の男の人がいるところで飲んだらいけないの?」
「そこまで言わないけど・・・。まあ絶対に男が一人もいない飲み
会ばかりじゃないと思うし、どこから合コンでどこからそうじゃな
いかの区別をつけることも難しいからそこまでは束縛しないけど、
どうして僕に隠そうとした?やましいことがあるんじゃないかと勘
ぐってしまうだろ」
「分かったわよ。今度からはちゃんと正直に報告するわよ。それで
いいんでしょ」
「何だよ。報告さえしたら何でも好きなことをしていいという口ぶ
りだな」
「そうじゃないの?」
「だから僕は君が知らない男と酒を飲んで酔っぱらって帰ってくる
のは嫌だと言っている」
「だからさっきもう行かないと言ったじゃない」
「だからそこまでは束縛しないけど、僕が悲しんだり不安になった
りしないように、ちゃんとこういう理由で行ってくると説明してく
れてもいいだろ」
「分かったわよ。今度からはちゃんと説明してから行くことにする」
「そういう問題じゃないんだ」
「どういう問題なのよ。どうしたらいいのよ?」
「だから僕が言いたいのは、君がそういうところに行った時、僕の
気持ちを考えてくれているかどうかということなんだ。確かにいく
ら好きでも一人の人間の全てを思うようにはできないし、一人の人
間の全てに応えることはできない。でもここからは合コンだからだ
めとか、ちゃんと説明したらいいとかそんな規則みたいなことだけ
を僕らがお互いの行動の拠りどころにするのなら、何もお互いの気
持ちを思いやる必要がなくなるじゃないか。何もお互いのことを好
きでいる必要がないじゃないか。僕達はいったい何のために一緒に
暮らしているんだ?」
 テレビでは今日も戦争でお互い死にたくないし殺したくもない若
者がわけのわからないもののために大勢死んでいるニュースや、な
んの罪もない弱い者がどこかのバカの快楽のために殺されたニュー
スが流れている。そんな時に僕は何で自分の恋人に思いやりについ
て説かなくてはならないんだ?僕は僕の人生に関わる全てがばかば
かしくなって呆然とする彼女の目の前で窓から飛び下りた。

第15回1000字小説バトル
Entry10

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作者 : 仏
Website :
文字数 : 1000
 カタツムリやナメクジなどの腹足動物で例えられるような人間。
例えば、カタツムリのようにジメジメしていて、いつも内に閉じこ
もっているようなヤツ。ナメクジのように暗いところを好んで、糸
を引くように足を引き摺りながら歩くようなヤツ。
 寄生虫に脳を侵され、誰だかよく分からなくなったヤツ。

 私の友人に一人、変なヤツがいる。立体を認識する能力を失い、
更には物体の大小感覚まで麻痺してしまった少年だ。原因は新種の
ウイルスらしいが、感染する可能はないらしいので、私は時々彼の
見舞いに行く。見舞いというよりも、面白いものを見に行くと言っ
たほうがいいのかもしれない。
 彼は病院内の公園で地べたに尻をつき、ベンチによりかかって何
かをしていた。肩越しに覗き込んでみると、小さな砂粒をピラミッ
ド状に積み上げようとしているところだった。
「こんにちは。元気?」
 声を掛けると、彼は振り向かずに「やぁ」と答えた。
「上手くいきそう?」
「全然」
 それはそうだろう。立体を認識できないということは遠近感がな
いのと同じである。しかも、彼にとって同じ形のもの、つまり大き
さは異なれど相似形のものはすべて同じ大きさに見えてしまう。彼
の見ている砂粒は、エジプトのピラミッドに使われている巨石と同
じ大きさなのかもしれないのだ。もちろん、その認識障害は視覚か
ら送られる情報だけではなく触覚からの情報も狂わせているらしく、
そういう点では重量感覚さえも役に立たないのだ。
 彼は砂粒を摘み上げるために歯を食いしばって頬を震わせ全身に
汗をかく。それでも目だけは冷静さを失わず、細かな砂粒をしっか
りと捉えている。
「そんなことして何が楽しいの?」
 私も側にしゃがみ込み、ふうっと彼のピラミッドに息を吹きかけ
た。全長五ミリほどのピラミッドは見事に吹き飛んだ。
「全然。でもなんとなく、僕はこうしていたいんだ」
 彼は再び砂を集めてきて、ベンチの上で一粒一粒積み上げはじめ
た。

 私は自宅の庭にあったアリの巣を崩して、若い働きアリを十匹ほ
ど集めてきた。ティッシュペーパーを広げて、その上にアリたちを
整列させる。そして、砂糖をティッシュペーパーの端に盛ってやる
と、アリたちは私の教えた通りに砂糖の粒を使って小さなピラミッ
ドを築きはじめた。
 しばらくは頬杖をついて眺めていたが、アリたちの動きが単調な
のに飽きてしまったので、ティッシュペーパーごと丸めてくずかご
に放り込んだ。

第15回1000字小説バトル
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足なし鳥

作者 : Momo
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/2767
文字数 : 1000
 小高い丘の上から戦況をうかがった俺の頬をかすめていったもの
があった。
 矢だと思い、いつのまに後ろを取られたのか、と慌てて身構えた
ところにまたやってくる。
 今度はその正体が見えた。赤い鳥だ。空気にふれて間もない血を
思わせる色だった。

 気の乗らないまま愛馬の鼻面を軽く叩いて出立を伝えると、彼は
嬉しそうにいなないた。
 甲冑を纏った身が重い。早く戦など終えて家に戻りたいと思った。
 粗末でも、自分の居場所と、安心できる空間があればそれでいい
と思った。
 他人の名誉のための戦いは終わりなどなく、いっそ負けてしまっ
た方が楽なのでは、と幾度も思う。
 要は兄弟喧嘩なのだ。前国王の第一子息が、母親が側室であった
ために王位を継承できず、正妻の息子で現国王である異母弟に対し
て宣戦布告したのだという。
 だが、雇われ者の俺には関係のないことだった。

 自分がどちらの側についているのかも、よくわからない。
 累々たる屍の山の間を歩き、少しでも身分の高そうな死体を見つ
けて身元を確認できるような品を毟り取るのが俺の生業だった。
 持ち帰り、人に見せ、それが敵のものであれば自分が討ち取った
ことにし、味方のものであればまことしやかに悲劇的な最期を語る。
 人の死を利用して稼ぐ俺は、「戦場の犬」と呼ばれる傭兵仲間の
間でも性質が悪い方だ。
 だが、他に生きていく道を知らなかった。

 はやる馬を抑えるようにして人のまばらな辺りに駆けて行く。
 俺の馬は、乗り手と違って勇敢だった。俺ではなく名だたる勇者
が騎手ならば吟遊詩人の歌に「黒き稲妻」などと謡われたに違いな
い。

 駆けているうち、遥か遠くにあの嫌な赤い鳥を見た。
 目が灼かれたように痛む。何か禍々しいものを感じながらも、引
き寄せられるようにそちらへと向かっていくうち、敵陣のかなり深
いところまで入っている事に気付いた。
 もし馬首を返せば、即刻敵方だとばれて首が飛ぶだろう、と思い、
その日の雇い賃を諦めてこっち側につこう、と決める。

 命あっての物種、である。
 ためらいなどあろうはずもない。

 そう決めて、やはり赤い鳥を追うことにした。
 全部で3羽。ようやく視界に入った鳥達は奇怪な形をしていた。
 足があるべき所に長い羽があり、最小限のはばたきで空を滑るよ
うに移動する。

 足なし鳥だ。祖父の寝物語が脳裏に蘇る。
 死者の導き手と言われる鳥である。

 不吉なものを見た、と思い、俺はようやく悟った。
 足なし鳥に導かれていたのは、この俺ではないか……。

第15回1000字小説バトル
Entry12

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追憶

作者 : 鍋田千晶
Website :
文字数 : 566
 不意に脳裏に現れる。あまりに唐突なので、ぼんやりと宙を見上
げたまま心を遊ばせてしまう。季節はいつも早春である。萌え出た
ばかりの若葉が太陽の光をあびて、きらきらと輝き、幼い頃のわた
しが山道を辿りながら息を切らしているのが見えてくる。
 道の途中で川に下りる。そこからは、ごつごつと尖った岩の上を
川の流れに遡って歩いていく。心の中で「もうすぐ、もうすぐ」と
つぶやきながら木漏れ日の光の中を静寂の香りを嗅ぎながらら歩き
続ける。
 聞こえてくるのは川のせせらぎの音と風に揺れる若葉のささやき
と春を謳歌する鳥の囀り。それらのひとつひとつが一度に舞い降り
てくるのではなくて交響曲のように次々と新しい旋律を奏でるよう
に交互する。
 目指しているものの微かな音が響き始める。荒い息づかいの中で、
音は一歩一歩の歩みにあわせて増してゆく。そして、とうとうその
姿を現す。白い水しぶきのその向こうに滝がある。夕刻の太陽の光
を浴びて虹がかかっている。
 その感動と興奮にとりつかれた幼いわたしは、その過程を何度も
反芻できるまで続けている。何かにとりつかれたように滝を求めて
いる。この世のすべての美しさが宿っているかのような、あの小さ
な細い銀の滝。その時でなければならぬものがある。過ぎ去れば色
あせて戻らぬ何かがある。
 時の流れの中で追憶になる美しいものは、求める心があればまた
たどり着ける。誰の心にも愛しい滝が現れる。

第15回1000字小説バトル
Entry13

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わたしのいちばん

作者 : 羽那沖権八
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/
文字数 : 1000
「ねえ」
 会話が途切れた時を狙っていたかのように、郁美は切り出した。
「な、なんだ?」
 浩一は返事をしてから、彼女が出してくれたお茶に口を付ける。
「来週、誕生日だよね?」
「そうだよ。二十一歳になる」
「ちょっと早いけど、わたしの、一番大切なもの……プレゼントし
てあげる」
 ごくっ。
 生唾を呑み込む音が、想像以上に大きく響き、浩一は無意識に口
を押さえる。
 浩一が郁美と付き合い始めて半年。初めて彼女のアパートに招か
れ、ある程度予想はしていた申し出だった。
「う、うん」
 だが、彼の声は情け無いほど震え、裏返っていた。高鳴る心臓の
音が、耳の中に響き渡る。
「ちょっと待ってね」
 郁美は立ち上がって、押入を開けた。
「い、郁美……」
 堪えきれず立ち上がった浩一が、後ろから彼女の肩に触れようと
した時。
「はい!」
 振り向いた郁美の手には、小さな消しゴムがあった。
「な、なんだ、これ?」
「なんだとは何よ。この消しゴムはねえ、わたしの初恋の相手の祐
介君から借りっぱなしの、いっちばん大事なものなんだよ」

「で、どーしたって?」
「別れたよ!」
 友人の尚利の問いに、浩一は吐き捨てるように答えた。
「堪え性のねえ奴だな――いや、無理矢理やらなかったのは我慢強
いか」
「無理矢理は犯罪だろ。それに萎えたんだよ! あれは絶対俺を馬
鹿にしてんだ。男だとカケラも思っちゃいねえんだ。あー、そーだ
とも。もう、あんな女、顔も見たくねえ! 目の前に跪いて全てを
忘れてくれって涙流しても、絶対許さん! 二度とヨリなんぞ戻さ
ん!」
「い、意外と余裕あるなお前」

「わたしの一番大切なもの、あげる」
 真剣な眼差しで、昌枝は浩一を見つめる。
「……つかぬ事を聞くけど、それは捨てにくいけど持って置きたく
ないものじゃあるまいな? お守りとか、思い出の品とか、水銀電
池とか」
「はあ? それは一番大切じゃないでしょ? 変なこと言わないで」
「いや、その辺の共通認識があるならいーんだけど――って、また
押入開けてるし!」
「はい」
 彼女は押入ダンスの奥からそれを取り出した。

「何が不満なんだ? 外野の俺が見ても一番大事だぞ、それは。喜
ばしいことじゃねーか」
「そう思うか? 本っっっっっ当にそー思うか?」
「あ、はは。いや、判断は控えさせて欲しいけど」
 固い笑いを尚利は浮かべる。
「まあ、萎えるのは認める」
 テーブルの上には、昌枝名義の通帳と印鑑が、所在なさそうに転
がっていた。

第15回1000字小説バトル
Entry14

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BeBlue

作者 : うめぼし
Website : http://www.alpha-net.ne.jp/users2/opus1977/toppage.htm
文字数 : 1000
  美術部、演劇部、ブラスバンド部。
 一三歳、異性を意識し始める頃。自分の心情や身体の変化にとま
どい、こぞってそのことをひた隠しにするあまり、これらの部活は
男子生徒には敬遠されがちだった。事実、佐和子が部長を勤める美
術部に男子部員が入部したのは実に十数年ぶりの事らしい。
 相原幹也。少女漫画部に変化しつつある美術部に突如現れた彼は、
担任の先生にとって救世主のような存在に違いない。
 彼の描くブルーはとりわけ定評があった
 まるで空を絵筆でぬぐい取ったような、誰も真似できない鮮やか
なブルー。彼が十七世紀オランダに生まれていたら、フェルメール
ですら顔を青く染めるだろう。
 彼の存在は部に大きな変化をもたらした。皆、彼の描く水や風の
絵に徐々に魅了され、根っからの漫画派を除き、今秋の文化祭に出
展する作品を漫画から絵画に変更し、精を燃やした。共同出展予定
のオブジェも『四コマの塔』から、担当教官がかねてから提案して
いた『大地のカルテット』に急遽変更した。

「相原君、どうしたらそんな色が出るの?」
 一度だけそう彼に聞いたことがある。
―絵の具の中にいろいろな青い物を混ぜているんですよ。たとえば、
激しさを出したいときはガスの炎にくぐらせたり、わびしさを出し
たいときはタバコの煙をくぐらせて……
 私が真剣に耳を貸していると、彼は突然吹き出した。恥ずかしさ
と怒りで耳の先まで真っ赤になった私の顔を見て、さらにクスクス
と笑い出す。
―でもね、青い物を混ぜてるっていうのは本当ですよ。

 放課後の校庭の隅、いつものように数人の男子生徒に囲まれ殴打
される彼を、私はいつものように最上階の教室の窓からただ黙って
見つめていた。助けようとは思わなかった。それはきっと私自身が
彼の描くブルーに誰よりも魅了され、そのブルーを描く彼に激しい
嫉妬感を抱いていたからだと思う。

 赤、緑、黄、そして青。四つの原色のみで彩られたオブジェが展
示場の中央に飾られたとき、『階段から誤って転げ落ちた』青の功
労者は保健室のベッドにいた。
「馬鹿だよね」
 枕元から囁きかける私の言葉に、はにかんだ笑みを返すと、彼は
窓の外にかかる六色の虹を見つめて呟いた。
「虹から盗んじゃったから、きっと罰を受けたんですよ」と。
「ほんと、馬鹿だよね……」
 もう一度、誰ともなく呟くと、私は彼のブルーを優しく抱きすく
めた。
 
 彼にすら描くことのできないブルーが、私の頬をつたった。

第15回1000字小説バトル
Entry15

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東京夢小路

作者 : 川辻晶美
Website : http://member.nifty.ne.jp/hidi
文字数 : 1000
「おはようございます」店のドアを開けると、いつものようにママ
がボックス席で花を活けていた。
「おはよう」
 この銀座のクラブに移って半年が過ぎた。今まで勤めた店の中で
も長い方。ここは居心地がいい。やっと辿り着いた安息の地と言っ
たら大袈裟だけれど。
 開店間際、残る三人の女の子たちも続けて出勤すると、ママが姿
勢を正して挨拶をする。
「今日もよろしく頼みます」
「ママ、今年も南さん、来るのかしら?」店一番の古株、香奈さん
が聞いた。
「ええ。電話をもらったから」
 予約客だろうか。それとも今日は何か特別な日なのかしら?
 ほどなく、五十代とおぼしき男性が一人、大きな花束を手に、店
に入ってきた。
「いらっしゃい、南さん」ドアが完全に開くよりも早く、ママが立
ち上がって出迎える。
 ソファに座った南さんは花束をママに差し出した。「誕生日おめ
でとう、ママ」
 あれ、と私は思った。ママの誕生日は私と一日違いのはず。ママ
が私の様子に気づいて目配せをすると同時に、香奈さんが耳打ちす
る。「今日がママの誕生日だって思い込んでいるの。毎年この日、
福島から出てくるのよ」
 南さんは私を見て「お、新顔だね」と人懐こそうな笑顔を向けた。
女の子に囲まれ、終始機嫌のよい南さんとの楽しい会話は尽きなか
った。その純朴な人柄に、私もすぐに打ち解けた。このての店には
珍しくカラオケを置いていない店内に、笑い声がこだまする。
 それにしてもまだ週始めとはいえ、他にお客さんが来ないなんて
珍しい。私はがらんとした店内を見回してから、カウンターへ入っ
た。アイスペールの氷がなくなりかけていたからだ。製氷機をかき
回しているところに、ママが隣に立って漬物を切り始めた。
「ママ、今日が誕生日って……」
 ママは囁くように答える。
「彼は昔の常連なの。リストラにあって故郷の福島へ夜行列車で帰
るって日に、寄ってくれたのよ」ママは懐かしそうに目を細めて南
さんを見る。「でも次の年もその次の年も南さんはやって来た。大
きな花束を抱えてね」
 都会に翻弄され去ってゆく者でも、絶望の一日を煌びやかな一夜
に変えてしまう力を確かに持っているらしい。
 やがて今夜の夜行に乗るために席を立った南さんを、全員で見送
った。ママがタクシーを拾うため、彼に付き添う。皆、笑顔で手を
振った。ふと振り返ると、いつのまに掛けられたのか、白いプレー
トの上の『本日貸切』の文字も、微笑っているように見えた。

第15回1000字小説バトル
Entry16

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明け方の君

作者 : 百内亜津治
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/1516/
文字数 : 1000
 その日は金曜日だった。夜、学校から直接貴子の家へ向かった。

 貴子は私の勤める高校の生徒で、今私が彼女の担任をしている。
彼女は母が亡くなってからは父と二人きりで、このマンションの8
階に住んでいる。今日は彼女の父親が出張で留守だと言うので、私
は夕食に誘われたのだ。

 背広姿の私が顔を見せると、「先生、来てくださって嬉しいわ」
と彼女は素直に喜んだ。彼女の笑顔を見ているだけで私は幸せな気
分になれた。貴子が作った料理を食べたが、どれも非常においしか
った。毎日父親のためにこうした料理を作るのだそうだ。

 「先生、一緒にお風呂に入って」と、しばらくの雑談の後貴子は
言った。私も全く異存はないので、すぐに「いいよ」と言って脱衣
所で服を脱ぎ始めた。貴子も遅れて脱衣所で服を脱ぎ始めた。そし
て二人で風呂場に入ったが、そこは案外広かった。「先生、身体洗
って」と頼まれたので、「よしっ」と言いながら、私は彼女の身体
を洗いはじめた。そして彼女の乳房をゆっくりと洗っていたところ、
突然脱衣所から声が聞こえた。「貴子、いるのか?」。「パパだわ
!」貴子の顔色が変わる。「誰だ、そこにいるのは!」と彼女の父
親の野太い声。

 そして勢いよく扉が開けられ、体格が良く頑丈そうな貴子の父親
に手を掴まれる。私と貴子は裸のままリビングまで無理やり引っ張
っていかれた。「うちの娘に何するつもりだ」と彼女の父親がつぶ
やいたその時、私は彼の手から逃げようとした。すると彼はあっと
いう間に私の上に乗り、私は全く身動きできなくなった。柔道三段
といった感じで、全くかなわない。貴子は目に涙を浮かべて、「パ
パ、お願い、離してあげて」と言っていたが、突然彼女の父親は私
と貴子の手を再び掴むと、窓を開けて、私たちをベランダへ押しや
った。私たちはベランダで折り重なって倒れ、すぐに窓が閉められ
た。

 外は雨が降っていた。貴子は少し寒がっていたので、ベランダの
棚に置いてあった青いビニールシートを持ってきて、二人で裸のま
まそれにくるまった。あったかい、と彼女は言った。私は強く強く
彼女を抱きしめた。……。

 明け方に目が覚めた。雨はやんでいて、向こう側の空が明るんで
いた。ねえ、と声をかけると貴子はすぐに目を覚ました。ほら、向
こうの空、見てごらん。あら、きれいね…。貴子はしばらくそれを
まばたきもせずに見つめていた。そしてさりげない笑顔でこう言っ
た。「パパもきっと許してくれるわ」。

第15回1000字小説バトル
Entry17

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正しいこと

作者 : 太郎丸
Website : http://www.toshima.ne.jp/^takuto_k/index.html
文字数 : 1000
 20×0年。突然変異の風邪が猛威をふるった。新ワクチンは効
果を上げたが、呼吸困難に陥り死亡するという副作用があった。だ
が遺伝情報まで変えてしまうそれは、O型の血液を持つ人間に特定
されていた。
 調査の結果、善悪の区別がつかない状態か、悪い事は大嫌いとい
う潔癖気味の人達のみが生き残っていた。
 A型も、B型の因子も持たない『ゼロ型』の彼らは、Z団と称し、
善行を施す団体を作った。その考え方と行動を、社会は歓迎した。

 Z団は各地に設けた施設で、O型人間を中心に教育を開始した。
心と身体の統一を図る、良い人間になるための教育だった。その結
果O型人間はそろって、善人といえる人達になっていった。

 10年後、Z団は善人委員会となり、メンバーの何人かは政治家
になった。クリーンな選挙と必ず実施される公約から、その10年
後には第一党となり、総理が輩出されるに至った。
 彼らは国民のことを第一に考え行動するため、特定の人達には疎
まれたが、国民の大部分の人達からは、立法だけでなく、行政も司
法もO型人間に任せておけば大丈夫と思われる様になっていった。

「危ないですよ」
「…あっちへおいき。年寄りだと思ってバカにするんじゃないよ!」
「少し行った所に、信号がありますから、そちらから渡ったらどう
ですか?」
「ほっといとくれ」
 不審そうな目でみられた私は、ポケットから献血手帳を出し、お
ばあさんに見せた。
「オ・O型かい。いやなぁにね、ひょっとしたら荷物を盗られるん
じゃないかと思ったもんだから、ごめんなさいよ」
 私はにこやかに微笑むと、おばあさんの荷物を持ち、目的地の彼
女の娘の家まで送っていった。
 私の手帳には、『O型・RHプラス』の文字と『俊』という名前
が浮かんでいる。

 私は仕事場へと急いだ。遅刻は出来ない。O型人間の遅刻は悪い
事ではないと法律でも決まっているが、遅刻は悪いのだという、以
前からの認識から、死につながる事もあるのだ。
 早く家を出る習慣がついているので、遅刻はしなかったが、朝の
自主清掃には遅れ、呼吸が苦しくなった私はその場に倒れた。

「軽い発作で良かったですね。総理達と同じ様に暗示をかけましょ
う」
 医師は、今までの認識にとらわれない様にと、暗示をかけた。

 その夜、明日から施行される法律が報道された。
 今後O型以外の子供は、一人しか持てないとの事だった。

 私は台所から包丁を取り出すと、子供部屋に向かった。

第15回1000字小説バトル
Entry18

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さらば、ウルトラ・ヘブン

作者 : 蛮人S
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 : 1000
  諸星の寝顔は安らかだった。私にはそう思えた。
 ベッドの枕元に眼鏡がある。彼らしく正しく折り畳まれ、枕にま
っすぐ平行している。彼は明日も、この眼鏡で普段通りに出社する。
昼は外を回り、夜は書類に向かい、日付も変わった頃ここへ戻り、
今週末には退職というのに、突然の、私の一方的な通告というのに。
 私は眼鏡を取り上げると(そう、これを隠せば)さすがの彼も出
社できないかと思った。そう、あの鳩時計にでも。彼の慌てる様を
想うと笑みが浮かぶ。だが彼なら予備の眼鏡ぐらいあるだろうし、
いや、きっと前が見えずとも、彼は普段通りに出社するだろう。そ
んな男だ。
 私は眼鏡を戻した。
 私は君に憎まれても当然だ。君は毎日その身を削り、人一倍に戦
ってきた。子会社への異動を伝えた時、君の頬は一瞬だけ震えたね。
 だが諸星君、そのまま聞き給え。
 認めないかも知れないが、君の体は限界だ。日々の戦いは君を蝕
んでいた。私はそれを知っている。私だけがだ。君には休養が必要
だ。
 こんな形で与えられるのは望むまい。だが諸星君、それで君が永
らえるなら、私は、それでも私は。
「嬉しいのだ」
 そう、嬉しいのだ。やはり私は罪人だ。私は私の喜びのため君を
切ったのだ。全ては赦されぬ罪なのだ。独身寮の個室の鍵を密かに
複製していた事、そして深夜にそっと侵入する事、そして……。
 私は諸星の傍らに座り、その頬に唇を寄せた。彼の目がそっと開
くのを見ながら。
「支店長……」
「諸星君」
 ついに、全てを語る時が来たのだ。
「僕は……僕は、普通の人間じゃないんだよ。僕は、上司として、
男性として……君を愛していたのだ」
 頭の奥に激しい音楽が流れていた。諸星はゆっくりと身を起こし、
窓から射した月光のシルエットとなる。美しかった。
「驚かせたかな」
 諸星は沈黙の末、囁いた。
「……わかりません」
「有難う」
 私は立ちあがった。
「急な事だが、僕も異動となった」
 上着を羽織った。
「最後の挨拶のつもりだった。もう行くよ、次の店が首切り役人を
待っている」
 諸星はじっと見ていた。私はドアに手をかけた。
「明けの明星が輝く頃、東の空の下に、ハイウェイを行く男がある。
それが僕なのだよ、諸星君」
「待って下さい。私も、私も一言申し上げたい」
「忘れ給え。では」
 後ろ手にドアを閉じた。

 車のキーを回した。私はどこへ流れても、さらに遥かな街を故郷
におくだろう。
 私は常にエーリアンで構わない。

第15回1000字小説バトル
Entry19

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うず目

作者 : 川島ケイ
Website : http://www4.plala.or.jp/riverland/
文字数 : 1000
 私に見えるものがうず目には見えていなかったのかもしれないし、
私には見えないものがうず目には見えていたのかもしれない。本当
のところは、彼にしか分からないけれど。
「その青いワンピース、なんか、似合ってるね」
 ちょっと照れたような彼の言葉に、黄色のワンピースを着た私は、
小さな声でありがとうと言った。彼はちょっとはにかんで、そのう
ずまきのような目をゆがませた。それは、目というよりも皺に近い。
 足元まで届きそうなぐらいに波が打ち寄せて、砂や貝を連れて帰
る。そのささやかな音を聞いているとき、彼のうずまきはちょっと
だけ伸びたように見える。

 彼の目がいったいいつからうずまきになったのか、私には分から
なかったけれど、私が彼と出会ったときには、彼の目はもううずを
巻いていた。彼の着ていたシャツは白と黒のボーダーで、彼の連れ
ていたネコの尻尾もすーっと伸びていたけれど、彼の目だけはきれ
いにうずまいていて、それはとても奇妙で、ちょっとだけ、神秘的
だった。

 うず目が自分の目についてどう思っているのか、聞いたことはな
かった。彼にとって、目がうずをまいているのはごくごく自然のこ
とであり、気にもしていない様子だった。何かが見えていても何も
見えていなくても、それは彼の目であって、豚の尻尾なんかでは決
してなかった。

 うず目は本を読むのが好きだった。読むスピードはとても遅くて、
一冊の本を読むのに少なくとも4ヶ月はかかった。けれど彼は、一
冊の本から信じられないぐらいたくさんのことを学んだ。彼は『赤
毛のアン』を読んで喋ることについてたいていのことは分かったと
言った。そして『少年探偵団』を読んで勇気と音楽についてはかな
り詳しくなったと言った。

 いつだって、うず目は穏やかな顔をしている。尻尾の伸びたネコ
がいなくなったとき、彼はかすかに泣いていたけれど、そこには何
の悲しみも見当たらなかった。きれいだ、と思った。うずまきから
ぎゅっと搾り出されるように流れる彼の涙は、心の奥からやっとこ
さ這い出てきたようで、とても貴重で、美しいものに思えた。

 波が足もとをそっと撫で、砂をさらっていく。柔らかな感触が心
地よかった。
「ねえ」
 私が声をかけると、うず目は潮風でべとついた頬をぬぐいながら
振り向いて、いつものようにそっと、私を見つめた。そして私もい
つものように、彼からそっと目をそらす。彼の目を見つめていると、
目が回ってしまうから。

第15回1000字小説バトル
Entry20

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ブラインドタッチ

作者 : 鮭二
Website : http://members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 1000
 「夏休み前に心のケアを」という一枚の文書によって、夕子の勤
務時間が30分延長させられた。だいたい教員に悩みを打ち明けら
れる子供に深刻な問題はない。夕子は西日の差し込む窓をカーテン
で閉ざし、ベッドに腰をおろした。「素敵な奥さん」を眺めながら
脳味噌の半分で夕飯の献立を考え、残りの半分でヘルパーさんへの
言い訳を考える。
 片桐は保健室のドアの隙間から、息を殺して夕子の姿を見つめて
いた。足を組み直すたびに白衣の隙間から見え隠れする三角形の暗
がりにじりじりと胸を焦がしつつ、やはり彼も今夜のおかずのこと
を考えていた。
 しかし、夕子は視線に敏感な女だった。93年度ミス帝京文系ラ
ウンド予選トーナメントを3回戦まで勝ち進んだことは彼女の胸に
しっかりと刻み込まれていた。「素敵な奥さん」を伏せた時、夕子
の眼差しは養護教員のそれへと巧みにすり変わっていた。
「難しく考えちゃ、駄目よ」
 片桐は促されるままベッドに横たわり、ズボンを脱いだ。
「その下も」その下も脱いだ。「リラックスしなさい」
 片桐は詰襟のカラーをいじくりながら、熱い鼓動を抑え付けるよ
うに目を閉じた。開演前のピアニストのように指を解しながら夕子
も目を閉じる。
「すべてを委ねなさい。感じたものを全部吐き出しなさい」
 やわらかい生き物のように、夕子の指が片桐の起伏を滑らかに辿
っていく。ヘルパーが半日分の嫌味を言って帰った後、夕子は手際
よくそれを料理する。
「父親が」片桐は歯を食いしばり、第一次臨界点を乗り越える。「
大学なんか行かなくていいって」
 彼のすべてが少しずつある一点に集まり始める。寝たきりの姑が
襖の向こうから何度も何度も咳払いをする。たまには二人っきりで
映画を観にいきたいと切実に思う。
「どうせお前は日本人じゃないんだからって」
 もはや片桐には第二次臨界点を乗り越える自信がない。卑屈に笑
う父親の顔を思い浮べようとするが、それはすぐに尖り切った朝鮮
半島の図へとすり変わる。
「そんなこと知らないわ」
 親戚から見舞いの電話がくるたびに、子供のことを聞かれる。医
者はどこもおかしくないと言って慈悲深く笑う。
 やがて片桐は日本列島を飛び越え、太平洋上で爆発する。その飛
沫が夕子の白衣をわずかに擦り、「素敵な奥さん」を糊付けにした。
二人は目を開けて、停止した光景を巻き戻す。夕子は足を組み直し、
相談ノートに「7月10日 訪問者なし」と書き込んだ。

第15回1000字小説バトル
Entry21

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午後の海風

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000字
  潮風が髪をひとすじ頬になで付けた。景子は暫く迷った挙句に、
小さな声で「動いていい?」と訊ねた。
「いいよ」と低く穏やかな声が答えた。景子はふうっと体の力を抜
くと、首を少し傾げながら片手で髪をかきあげた。
「そんなに固くならなくていいのに」
 笑いを含んだ声がそう嗜めるのに景子は視線をはずしたまま微笑
をもらして、また元のポーズに戻った。
「少し休もうか」
「ううん、大丈夫」
 片手で軽く顎を支えて、風ではためくサマードレスの裾に視線を
合わせる。レモンイエローのたくさんのひまわりの絵が踊っていた。
 なるべく女の子っぽい格好がいいな、と彼は注文した。そういう
のを描いてみたいんだけどモデルがいなくて、男子校だからさ。い
いよ、と気安く景子は返事をした。でもさ、きれいに描いてね。友
だちに自慢できるようなやつね。
 日はまだ高く、海辺のマンションのベランダは暑かった。
 姿勢をそのままに、目線だけを動かして海を眺める。水平線の青
い光を睨む。全身が視線で痛かった。木炭がキャンバス地を擦る音
がときに激しく、ときにゆるやかに聞こえてきた。
 その音のリズムに耳を傾けながら、彼の手の動きを、視線の動き
を、景子は水平線の彼方に思い描いた。
 間近に見た彼の逞しい体にたじろいだときの胸の鼓動が、よみが
えってくる。一枚のTシャツに覆われただけの上半身は、その筋肉
が描く微妙な起伏でさえも、まざまざと景子に見せつけた。短い袖
口からむき出しになった腕は驚くほど太かった。木炭が立てるかす
れた音が、その太い腕、筋肉が自分を描いているのだということを
知らせる。鋭い視線が自分の全身を舐めていることを考える。景子
は息が詰まるような胸苦しさを覚えた。
 木炭の音が止んだ。
「疲れたんじゃない?」
「平気」
「無理するなよ」
「平気だって。いいからちゃんと描いて」
 自然に彼が苦笑を浮かべる様子が伝わってくる。音を立てずに細
い息を吐く。視線をサマードレスの裾に戻す。狂ったようにはため
くひまわりたちを見つめる。
 このまま気絶でもできたら、と思った。終わったよ、と言われる
のがこわかった。どれほど苦痛な時間でも、再び目を合わせること
の恐怖よりはずっとマシに思えた。
 その瞬間を、景子は激しく恐れた。
 日が少し陰った。ひまわりのレモンイエローが鈍く黒ずむ。
 ああ、光が変わる、という男の低い呟きが聞こえてきた。潮の香
りにむせながら、景子は軽く目を閉じた。

第15回1000字小説バトル
Entry22

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緑の袖の旅人

作者 : 更羽
Website :
文字数 : 998
 緑の袖の旅人は、大樹の種子。人と変わらないのに、いずれは根
を下ろす。わたしはそれを知っていて、それでもともに生きたかっ
た。

 雨が降ってきた。
 容赦のない透明な雫。灰色の色彩に緑が混ざるのが、生まれてか
ら何度目にしようと不思議な光景だった。
 緑などどこにもないのに、雨粒の反射に現れる。きらきらと光っ
て跳ねる。
 記憶の中で、母が窓から手をかざしてみては「不思議だね」と言
っていた。
 あれから何度、この雨を見ただろう。時が戻るような錯覚を受け
るけれど、母はもうないし、わたしも歳をとった。
(それでも彼は変わらないわね)
 わたしは戸口に立って、この雨を合図にやってくる、旅人を待っ
ていた。
 水の作る幕の向こうに、その姿が見えてくる気がした。
 彼は変わらない。はじめて見た時から数十年間ずっと。少女のよ
うにたおやかで、でも、目に宿る強い光がその印象を払拭している。 
 雨の緑と一緒で、鮮やかに、人を惹き付けずにはおかなかった。
 生成り色の粗末な衣服に、美しい緑の袖を付けている。わたしは
昔、その袖を欲しがって泣いた。肩に白いケープを纏う。あのケー
プはわたしが編んだのだ。昔、わたしが……。
 
 部屋の中から悲鳴が聞えて、わたしは抱え起こされた。
 気付けばその場に倒れていた。頭が重いくらいに濡れていて、自
分で吐いた息が熱い。
 耳をすませた。雨の音はまだ聞こえている。
 旅人が着いたなら、この雨は止むはずなのだ。

 微かな明かりに、懐かしい人が照らされている。ケープがその人
と一緒に時を止めてしまったかのように、白いままで肩にかけられ
ていた。
 雨音は止んでいた。
「おかえりなさい」
 その言葉を言える幸せを、感じていた。
 ベッドに突っ伏して、義娘が眠っている。わたしはふふと笑った。
同じように笑って、「ただいま」と彼は言った。
 変わらない。外見は蜜月の時のまま。彼に追い付きたくて大人に
なったはずだったのに、少し追い抜いてしまった。
 目を伏せて息をつく。幸せだから、眠ってしまいそうだった。
 もう目は開かない。
「……僕はいつも、あなたに帰りたかった」
 囁きをわたしは返した。
「わたしは土になる。大地に帰るわ。だからわたしは、まだあなた
を待つことができる。まだまだずっと、待っていられる」
 だから大丈夫。

 あなたといるのが、一番幸せ。
 芽吹き、息づく。大樹が。いつか。
 世界は緑に覆われていく。

第15回1000字小説バトル
Entry23

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石ころの旅立ち

作者 : 池野諭
Website :
文字数 : 968
ススキが広がる土手に太陽が落ちてきました。
黄金の草原に落ちる真っ赤な夕暮れが、私に秋という季節を感じさ
せました。
先生と私はその土手をちょうど夕暮れに向かって歩いていました。
先生とは家が近所で、よく帰り道が一緒になることがあったのです。
先生は、今日あった事を私に楽しそうに話していました。
先生の楽しそうな顔を見ると、こっちまでなんだか幸せな気分にな
りました。
ふと先生は、私達の前に落ちている小さな石ころを見つけました。
先生はしゃがみ込んでそれを不思議そうな顔で眺めていました。
先生が私に、「この石ころは何故ここに転がっているのか?」と尋
ねました。
「ここに転がっていたいからだ」と、私は答えてやりました。
すると先生はその石を遠くに投げてしまいました。
「どうしてそんなことするんだい?」、私は先生に聞きました。
「だって、ずっとそこにいても面白くないもん。」
きっと、先生には見えているのです、私が見過ごしてしまっている
ものが…
そして、聞こえているのです、私が忘れてしまったあのメロディが…
「そうか…面白くないか…」私が誰にでもなくつぶやいていると、
先生は私の手をそっとにぎってくれました。先生の手はとても小さ
く、何よりも暖かく感じました。
私は自分が今、立ち止まっていることに気付きました。そして、そ
れでいいと思っていました。今の生活を壊してまで得るものなんて
何一つ無いと思っていました。
私も石ころだったのかもしれません。ただじっと時が過ぎるのを待
ち、時が満ちてその命を終える。誰かに蹴ってもらわないと動けな
い…そんな弱い人間だったのかもしれません。そんな私に先生は
「面白くないでしょ?」と言っているのでしょう。
確かに立ち止まることも時には大切かもしれません。しかし、私は
立ち止まって考えている振りをしているにすぎなかったのです。
誰かに蹴ってもらわないと動けない石ころ。しかし、私は自らの意
思で動くことのできる身体を持っているのです。
私はなんだかとても大切なものを思い出せたようです。
私にとって先生は、やはり先生だったのです。

石ころは旅立ちました。先生の想いと共に…
私も旅立とうと思いました。今の自分から…
私は先生にバイバイしました。
先生は振り返りもせず、手に持った棒っきれで草を倒し倒し走って
いきました。

現在(いま)を壊したい…大切なことです。

第15回1000字小説バトル
Entry24

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潰瘍

作者 : 竹原 秀
Website :
文字数 : 600
  診察台へ横向きに寝かされ、プラスティック製のマウスピースを
噛んだおれは、まるで空気の抜けたダッチワイフだった。
 その拒む事の出来ぬ口の中へ、彼はおもむろに挿し入れた。細長
く、しかし黒いゴム製の管は、締めつけるおれの喉を引きずりなが
ら、ゆっくりと、確実に侵入を続けた。
 彼はとても優秀な技師だったため、溢れる涙と共に訴えるおれの
瞳を振り向きもせず、四角い小さなモニターに釘付けになっていた。
 最も深い部分で、何かが蠢いているのを、おれは感じた。
 その時、優秀な技師である彼が小さく言った。
「ありました」
 悲しみの種からなる果実を、彼は見つけたのだ。
 数回、角度を変えながら手許の装置を操った後に、ゆっくりと引
き抜いて行く。
 精神の最深部に眠る、自分でも気づかないフリをしている罪を暴
かれたような気分でぐったりとするおれの背中の栓からは、さらに
多くの空気が漏れ出ていた。
 涎を垂れ流したままの口からマウスピースを外され、おれは人間
に戻った。
 侵入してくる異物による猛烈な吐き気と戦い抜いた自分を賞賛し
ようとも思ったが、何の事はない。深夜、黒い天井を見つめながら
自身に対して感じるそれと比べれば、現実的な分、耐え易かっただ
けの話だ。
 小さな番号札を手に、おれは次の窓口へと並んだ。

第15回1000字小説バトル
Entry25

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クローン売ります

作者 : 小沢 純
Website : http://member.nifty.ne.jp/mochimaru/ozawaind.html
文字数 : 999
 アイコに振られて落ち込んでいた僕は、ネットにはまった。直接
的な人間との触れ合いより、ブラウザからのぞき見る世界の方が安
心できた。情報はいろいろなところにあり、裏情報ともいえるサイ
トが無数にあることを見つけた。

 ポルノにも飽きてきた頃、ある株のサイトが翌日の株価の動きと
良く連動していることに気づいた。早速、オンライン証券会社にネ
ット取り引き口座を開き、銀行口座からオンラインで資金を振り込
んだ。僕が扱った銘柄は、ソフト銀行とピッカリ通信。その2銘柄
を担保上限一杯にカラ売りした。裏サイトの情報通り二つの銘柄は
暴落を続け、僕は9桁に近い利益を得た。
 
 それも一段落したころ僕はさらに怪しげなサイトを見つけた。

「クローン売ります」

 はて? いつからクローンが商業ベースにのったのか? 価格は
高めのマンションという程度だった。高いのか安いのか判断しかね
るが、ご丁寧に提携ローン先へのリンクもついている。先の株取引
で大金を手にしている僕にとっては、無理のない値段だった。そこ
には、アイドルたちの名前が連なっていた。けれど、最初から僕は
ちゃらちゃらした芸能人には興味がない。別の頁に飛ぼうとした僕
の目に

「オーダメイドも承ります」

 という小さなリンクが飛び込んできた。僕は、まさかと思いなが
らリンクに飛んだ。そこには、オーダメイドに必要な「モノ」が書
いてあった。

「DNA採取のために、以下いずれかをご用意ください。
1、毛髪
2、爪
 検体をご郵送いただき、当方で無傷なDNAが抽出できた場合の
みオーダをお受けします。なお、性別等の確認はいたしますが送付
いただいたサンプルがご希望の方のものでなかった場合、お客様の
責任となり返金はできませんので十分ご注意ください」

 脳裏にアイコの姿が浮かんだ。アイコのクローンが買える!
僕は洗面所にアイコが置いていったヘアーブラシを思い出した。

 10日後、僕のところに待ちかねたメイルが届いた。
「DNA採取結果
 損傷:なし
 性別:女
 採取時点での年齢:20歳 プラス・マイナス2歳
 髪の色:黒
 ・・・
 納期:3ヶ月(18歳相当まで生育させての納品となります)」

 間違いなくアイコのDNAだ!もちろん僕は即座に、オンライン
トレードの口座から送金手続きを取った。

 残りの資金で、アイコと二人で暮らすための新しい部屋と、アイ
コの服や下着を探すために検索エンジンにキーワードを打ち込んだ。

バトル結果

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作品受け付け────── 6月1日〜6月20日
作品発表──────── 7月1日〜
人気投票受付け───── 7月1日〜7月28日迄
結果発表──────── 7月31日



第15回1000字バトルチャンピオン
川辻晶美さん作『東京夢小路』に決定です。
2回連続チャンピオン獲得です。おめでとうございます!!



作品
東京夢小路(川辻晶美)4
足なし鳥(Momo)2
さらば、ウルトラ・ヘブン(蛮人S)2
ある日の、ノビタ(ショート・ホープ)1
うず目(川島ケイ)1
潰瘍(竹原 秀)1
正しいこと(太郎丸)1
透明な部屋(Cyeie)1
追憶(鍋田千晶)1
金字塔(yutaka izumihara)1
クーロン売ります(小沢 純)1
午後の海風(一之江)1
世界(Default)1


東京夢小路(川辻晶美)

足なし鳥(Momo)

さらば、ウルトラ・ヘブン(蛮人S)

ある日の、ノビタ(ショート・ホープ)

うず目(川島ケイ)

潰瘍(竹原 秀)

正しいこと(太郎丸)

透明な部屋(Cyeie)

追憶(鍋田千晶)

金字塔(yutaka izumihara)

クーロン売ります(小沢 純)

午後の海風(一之江)

世界(Default)







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