第16回1000字小説バトル
Entry13
雷鳴を伴う夕立も、茹るような暑さだけを残し、アッという間に 過ぎ去っていった。私は首筋に纏わりつく不快な汗を拭い、暫時雨 宿りしていたバス停留所の庇の横から、わがままな夏の空を覗き込 む。雨を降らす分厚い入道雲が通り過ぎたことを確認すると、私は ベンチから腰を上げた。 “新種恐竜の化石発見!” そんな見出しの踊る新聞を捨て、緩めていた紺色のネクタイを締 め直して、次の得意先へと歩き始める。そして私の頭の中では、意 識せずとも機械的に、遅刻の言い訳が錯綜する。この夕立を利用し ようか、それとも何か別のものを拵えようか。 そんな下らぬ思案に暮れる私の横を、二つの弾丸が通り抜ける。 襟の伸びたTシャツ、足下にはビーチサンダル。小学校低学年位 の少年二人こそ、その弾丸の正体であった。どうやら疲労に満ちた 今の私には、夏の景色の中を疾走する彼らが、黄金に輝く弾丸とし て認められるようである。 二人の少年はただひたすらに、全速力で通りを走り抜ける。所々 にある水溜りを軽やかに飛び越えて。 そして彼等の背中を見送った私の胸は、言葉にならぬ寂寥感に支 配される。何時の日からか走ることを止めてしまった自分に気付く。 思い返せば確かにあの頃、道の先には未だ見ぬ希望があった。身 体を精神を、疾走に駆り立てる輝きがあった。今想えばそれらは、 全く取るに足らぬものである。単なる幻影に相違ない。しかしあの 頃、そんな実体の無い幻の数々に、私は揺り動かされ、胸をときめ かせていた。その無邪気さが、今の私を惨めにするのである。形あ るものしか信じられない、今の私の有り様を。 一心不乱に遥か遠い幻影を求め走り回るよりも、着実に目の前に ある現実を追いかけようとする今の私は、俯いて、弱々しい足どり で再び歩き始める。 その刹那、雨上がり、南から吹き込む強風に、私の髪は掻き乱さ れた。そしてそれは髪だけではなく、埋没していた無邪気な想いも。 “数千年前に滅びた恐竜を甦らせる訳じゃあるまいし。高々十数年 前の想いじゃないか” そう心の中で、幼い私が囁いた。 南風に背中を押され、そんな強気な想いにとり憑かれた私の足は、 自然と、大股で第一歩を刻み始めた。失い掛けていた子供の心を追 い求め、スーツ姿で革靴で、私は雨上がりの道を思い切り走り出す。 そして私は大きな水溜りを飛び越える。 其処には恐竜の時代から変わらぬ、美しい雨上がりの夏空が映し 出されていた。
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