第16回1000字小説バトル
Entry14
日記を閉じた。このところ崇子は毎日日記を書いている。 7/1(土) 健二からメール。大学は楽しいらしい。そろそろ試 験だと言う。「久しぶりに勉強しなければ」だと。のんきなことだ。 返事は出さず。 7/2(日) 気分がわるかったので昼頃まで横になる。謙司はど こに行ってしまったのか、目覚めた時にはもうどこにもいなかった。 おそらくまた、「友だちと会っていた」のだろう。本日メールなし。 7/3(月) また健二からメール。「返事がきてません。どうし たのでしょうか。機械が故障しているのかもしれませんね」いえい え、故障しているのは機械ではない、わたしの心なのだよ。 7/4(火) 健二からメール。「お元気でしょうか。僕は今試験 です。終わったらまた遊びましょう」返事は出さず。 もともと崇子は日記を書くような人間ではない。文章すらまとも に書けるかどうかあやしいものだったが、それでも崇子は日記を書 いている。健二健二健二。毎日のように健二の名前がでてくる。で あるからこれは、崇子と健二の、やり取りの記録のようなものにな っていた。 謙司がこれを読んだら、と思うこともある。そしたら彼は、わた しにどういう反応を返してくれるだろうか。こわいと思う反面、崇 子は自らそれを望んでもいた。自分でもとうにわかっている。 彼はまだ帰ってこない。また今日も帰ってこないのだろうか。そ して深夜さえすぎた明け方になって、また何事もなかったようにわ たしを抱きしめてくれるのだろうか。 一人でいると崇子は学生時代を思い出す。二人が二人でなくなる 日がくるなどと、いったい誰が知っていたであろうか。いつもくっ つき合っていた二人が、結婚すると別人どうしになるなどと、誰が 言っていたであろうか。 「夢見ることは犯罪ではない」と、崇子は紙に書いてみる。謙司よ、 あの大学の廊下で歩きながらそう言ってくれたのは、それはあなた ではなかったか。今はもう。 メモを捨てると立ち上がる。深夜も開いているファミリーレスト ラン、それが崇子の行き先だった。そしてレストランで夜通し本を 読んでいることなどは、誰も知らないことだ。日記には書かない。 部屋を出た。健二などという人物はそもそもいない。すべて崇子 のつくり出したこと。 人はみな病気なのだ。ならばわたしはわたしに名前をつけてあげ ようではないか。崇子は思う。わたしだけの病名を。映画のような 恋がしたい。シネマコンプレックス。
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