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第16回1000字小説バトル
Entry16

困惑の性癖

作者 : akoh
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896
文字数 : 997
 体の内からこみ上げてくる衝動を抑えきれずに、俺はとうとう、
目抜き帽を手にしていた。

「強盗だ! 命が惜しかったらおとなしく言うことを聞け!」
 ここまでは、順調過ぎるほどに順調だった。唯一の心配は、殺傷
能力にやや劣る、凶器の出刃包丁だけだった。
「現金で一億円用意しろ!」
 俺の声にひときわ敏感に反応したのはおそらく支店長だったのだ
ろう。何度も何度も大きくうなずいた。了解の意志表示ととった。
「おおっと、ただし、一億は一億でも、すべて一円玉でだ。十分以
内に用意しろ。もちろん警察にもどこにも連絡はするな。この三つ
のうち、どれか一つでも違えた場合には・・・・・・覚悟しておけよ」
 冷房が効きすぎているほどだというのに、支店長の引きつり固ま
った顔には汗がにじんでいた。体は小刻みに震え、小さく開閉する
口はけれども言葉を放つ余裕を持たず、視線はあちこち泳ぎ回り―
―彼は、俺がかつて見たことのない困惑の表情を見せてくれた。

 俺には奇妙な性癖があった。
 人が困っているのを見ることが好きなのだ。
 ほんの些細なことからはじまり、気がついたらこんなところにい
た。
 もし銀行強盗をしたら、もしそこで一円玉で一億円という無茶苦
茶な要求をしてみたら、そのときの相手の気持ちはどんなだろう。
一度生まれたその興味を、俺は抑えることができなかったのだ。

 タイムリミットまであと一分を切っていた。
 しまった。物思いにふけり過ぎて、金策に奔走する行員たちの姿
をほとんど見ていなかった。
 まあいい。所詮用意などできるはずがないのだ、許しを請おうと
俺にすがりつく彼らの姿を見るだけで我慢しよう。
 と、そのときだった。声がした。
「さあ」
 振り向くと、いかにもエリートといった感じの若い行員が立って
いた。その背後には、麻袋が山のように積まれていた。
「まさか……」
「用意しました。一円玉一億枚、すなわち一億円です」
 行員たち、この光景をさぞかし面白がっているのだろう。今の俺
は、滑稽なほど困っているに違いないのだ。
 俺は、ただ立ちすくんでいた。
「どうしました? はやくこの金を持って逃走してください。警察
にもまだ通報していないのですよ」
 無理に決まっているではないか。それにしても、こんな態度をと
られるとは、やはり凶器がまずかったか。
 それにしても、空前絶後の困惑を、よもや俺自身が演じるはめに
なるとは。どうやって眺めればいいものか。
 困った。






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