インディーズバトルマガジン QBOOKS

第16回1000字小説バトル
Entry18

献花

作者 : うめぼし
Website : http://www.alpha-net.ne.jp/users2/opus1977/toppage.htm
文字数 : 957
「ねえ、さみしい?」
 誰もいない校舎の屋上の縁に腰を下ろして、ぶらぶらと足で大空
を掻き混ぜながら、少女が僕は問い掛けた。
 なにも答えず笑顔を返す僕は、少女の隣に腰を下ろす。そんな2
人の間を風が吹きぬけ、少女の黄色いワンピースが青い空にフワリ
とはためいた。
 温かな午後のひととき。
 少女がもう一度、同じ質問を僕に投げかける。
「ねえ、さみしい?」
 君がいるから、さみしくなんかないよ。
 そう答えると、天を仰ぎ、鼻腔から一つ溜息を漏らす。嘘をつく
時の癖だった。
 そんな癖を、少女はきっと知らない。それでも、少女は知ってい
た。それが嘘だという事を。
 くすりと笑って、僕の肩に持たれかかる。
「これで少しは……ね」
 通りすがりの悪戯な風にはやされ、僕も同じように少女に寄りか
かる。コンクリートが熱される匂いの中に、少女の香りが仄かに漂
う。それがまるで一つの欲望であるかのように、僕の鼻腔から背筋
を伝って、胸をくすぐる。その心地よい感覚と、誰も見ていないと
いう安心感が、僕を大胆へ行動へと導く。
 風のようにそっと少女を包み込む僕の手。その手に徐々に力が加
わる。
 僕に体を預けたまま、胸の中で少女が囁く。
「ほら、やっぱり寂しかったんだ……」

 風が僕等の体を押すたびに、質量を持たない僕等の体は、右へ、
左へとゆらゆら揺れる。
 そう、心地よいリズムで僕等は揺れる。
「いつまでこうしていられるんだろうね」
 君がいる限り、いつまでもこのままさ……
「でも、もうすぐまた一人ぼっちになるね」
 僕が弱い事くらいは知ってるくせに。なんて意地悪な台詞だろう。
「ねぇ、なんで……」
 お願い、それ以上は言わないで。
 本当は分っていたんだ、とても馬鹿げた事だって、ただ逃げてた
だけだって。でも、見てごらん、今の僕を。僕を脅かす物も、苦し
める物も、何もないんだ。もう何も……
「……逃げた事、後悔してる?」
 抱きしめていたつもりが、いつのまにか抱きしめられていた。答
えるかわりに、少女の細い体に、埋もれるように顔を強く押しつけ
た。
「ねぇ、泣いてもいいんだよ」

 立入禁止の張り紙の向こう側。
 雨が降り始めた校舎の屋上には誰もいない。
 ただ、牛乳瓶に無造作に活けられた一輪の菊の花が、コンクリー
トと空を区切るフェンスに寄り掛かり、風の吹くまま、静かに揺れ
ていた。






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