第16回1000字小説バトル
Entry2
通勤の途中、駅の改札で定期入れを出そうとして右手の甲に赤くて 丸いボタンがはえていることに気がついた。もしや、と思って左手 を見ると案の定黄色いボタンがはえている。咄嗟に何故か人に見ら れたら恥ずかしいなと思って両手をポケットにしまいながら、とり あえず発車間際の電車に駆け込む。 シートに腰掛けてもう一度こっそりと見てみる。どう見てもボタン だった。直径四センチほど。どちらも鮮やかというより毒々しい色 合いで、表面はつるつるしている。何というか押しがいのありそう なボタンだった。 電車が動き出してしばらくすると誘惑に堪えきれず、つい左手の黄 色いボタンを押してしまう。 すると、どこからともなく小さな兵隊が二個師団ほど行進しながら 車輌の床にあらわれて、目の前に座っていた座っていた眼鏡をかけ た貧相なサラリーマンに集中砲火を浴びせ始めた。 唸りをあげるマシンガン、炸裂する手榴弾。火花が飛び散り、煙が 上がる。眼鏡のサラリーマンはあっという間に黒こげになった。兵 隊達は整列してこちらに敬礼すると、踵でくるりと回ってまた行進 しながら来た道を帰っていった。 車内にはまだ火薬の匂いが立ちこめている。周りの人たちは呆然と している。困ったことになったな、とあせりながら一抹の期待をこ めて右手の赤いボタンを押してみた。 サイレントともに小さな救急車が次々とやってきた。中から白衣を 着た小さな医師と看護婦がぞろぞろ降りてくる。彼らは黒こげの死 体にわらわらと群がると、甲高い声で何事かけたたましく喋りなが らてきぱきと処置してゆく。注射がうたれ、メスが踊り、包帯が巻 かれる。ほとんど間髪入れずに包帯がほどかれると、男は無事元通 りになっていた。 車内から拍手が湧きあがる。小さな彼らは手を振ってそれに答え、 また救急車に乗って帰っていった。 むやみにボタンを押すもんじゃないな、と思った時に電車は降りる 駅に着いていた。
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