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第16回1000字小説バトル
Entry20

見えないオレンジ

作者 : 伊勢 湊
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文字数 : 997
 摂氏五十度を越える中、轍の後が残るだけの砂の上を前の町を出
てからもう五時間走り続けている。そして次の町まで後五時間はか
かるだろう。車のエアコンはとっくにぶっ壊れ砂だらけの熱い風を
受けながら走る。車そのものが壊れるのも時間の問題だ。隣に座る
相棒はもう身じろき一つしない。生きているかどうか時々怪しくな
る。ハンドルを握る手が熱い。火傷しそうだ。体は乾ききっている。
そして、致命的なことに、もう水がない。目を開けていることすら
だるい。
 車が止まってしまうのが先か、人間が動かなくなるのが先か、次
の町に着くのが先か。勝算は、あまりない。

 砂漠という場所をなめ過ぎていた。無線すらない。絶対的に準備
が足りなかったし、決定的に手遅れだ。もう水がない。ラジエータ
ー用にとっておいたボウフラの浮いた水も飲み干してしまった。車
か人か。どちらもオーバーヒート寸前だ。
 やれやれ。もう疲れた。隣でぐったりしている相棒を見てつい思
ってしまう。もうダメだな。極限を越える肉体的苦痛が精神までも
蝕む。分かっていてもこのだるさには耐えられない。

 ふぅ。動かない相棒を見る。希望を持つには町は遠すぎる。すれ
違う車など期待できない。しかも周りは砂だらけで正直なところど
こをどれだけ走ったのかさえ分かりゃしない。アクセルを踏む足か
ら力が抜けていく。ここまでだ。

 相棒が跳ね上がる。指一本動かさなかったやつが。驚愕した。動
いた相棒にではない。突然漂い出したオレンジの香りに。
 「地図だ!地図を広げろ」
 前方に目を凝らす相棒に声をかける。どこかに、ファームがある
に違いない。人がいるのだ。でなければこんな砂漠の中にオレンジ
の香りがするものか。僕はアクセルを強く踏み込み、相棒は双眼鏡
を覗き続けた。

 町に着いたのは五時間後だった。僕達は生き延びた。走る間中オ
レンジの香りは消えることなく、むしろ強くなり続けた。気が付く
と五時間過ぎていた。オレンジが意識を繋いだ。

 僕はたらふく水を浴びてから町で唯一の店で買い込んだ水と食料
を車のラゲッジスペースに積み込んだ。その時ブリキのバケツの中
で沸騰する、もともとは蚊よけの臭い付きキャンドルだった、オレ
ンジ色の液体を見つけた。やれやれ。なるほどね。

 「あのオレンジの香りなんだったんだろう」相棒が言った。僕は
運転席に乗り込みながら答えた。あれが僕らを救ったことには変わ
りない。
 「たぶんあれが、奇跡ってやつだよ」






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