第16回1000字小説バトル
Entry27
私は動くことが出来ない。薄暗い部屋で、皮表紙の古文書に埋も れている。私は三賢者の一人、名はない。竜の城のバリヤーを研究 している。特にそうしたい訳ではない。ただ、そう在る。 部屋のドアが開き、鎧姿の男が入ってきた。誰かは分かっていた。 この部屋に入れるのは、世界に彼一人だ。彼は机に歩み寄り、私と 向き合った。私は、彼の目を見た。 (やあ、来たな) (・・・) 彼は答えない。「はなす」事しか出来ないからだ。自分の言葉を 発することは出来ない。そう在らねばならない。彼は「はなし」た。 スイッチが入り、私の言葉が流れ出た。 >よくぞ きた。 にじのいし を もっておるな。 よかろう。 にじのいのり を てにいれた! >これを りゅうのしろ の まえで そらに かざすのじゃ。 さすれば ばりやー は きえるであろう。 >さあ いくがよい。 定められた言葉は語り終えた。私が果たすべき義務は果たされた。 後は彼の問題だった。互いに事情は理解していた。 しかし唐突に、彼はまた「はなし」た。私もまた >さあ いくがよい。 と答えた。イベントが発動した今、私に残された言葉はそれだけ だった。後のやりとりには意味がない。「はなした」のを、彼は恥 じたようだった。私はまた、彼の目を見た。 (君のせいじゃない。プレイヤーのしたことだ) (・・・) (君は、そういう存在なんだ。分かっているさ) (!) 移動を命じるパルスが、彼に去れと促し始めていた。元から、望 んで会う訳でもない。「にじのいし」を「にじのいのり」に変換す る、それだけ。引き留められないし、その気もない。私は幾度も繰 り返し、答えの得られなかった問いを思った。 (私には名が無い。君の名は、何という?) その時、薄暗い部屋に光が溢れた。振り返った彼の顔はよく見え なかったが、口もとは微笑んでいるようだった。 「ああああ」 彼はそう言った。それが彼に付けられた名前だった。私は泣いた。 設定には無かったことだった。 光は退き、私はやはり古文書に埋もれていた。そして、倒される ために存在する竜や村人Cのこと、彼のこと、「我々」のことを考 えた。その時間は無限にあった。私の場面は、もう終わったのだか ら。 私は三賢者の一人、名は無い。竜の城のバリヤーを研究している。 正確には、私はキャラクターNo.326「虹のほこらの賢者」、 固有名無し。関連イベントスイッチはNo.862。特にそう在り たい訳ではない。ただ、そう在る。
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