第16回1000字小説バトル
Entry31
――ほら。大阪行きよ。 顔を上げると、目の前に青い急行列車が入っていた。 「それが何だ」 時刻は夜の十一時を過ぎている。 俺は緩んだネクタイをさらに緩めて息をつき、キヨスクの袋から 缶ビールを出す。日課と化していた。 ――すごいって思わない? 横浜から大阪行きに乗れるなんて。大 阪よ、大阪。 「大阪ぶるんじゃない。嫌われる」 ――あんたの故郷でしょ。 俺は黙って口金を引く。 ――不思議よね、毎朝毎晩乗ってる電車と、同じホームで大阪に帰 れるのねえ……あなたの大阪にねえ。 「『焼きうるめ』って、結構いいな」 俺はアルミのパックを裂いた。 「ジャコが四匹入って百円なんて高いと思ってたけど、これがなか なか濃厚な味で、丁寧に噛めばかなり楽しめる。偽ビールと合わせ て二五〇円は悪くない」 ――あのねえ。 「早く帰って『キヨスク大好き』のページを更新しよう!」 ――楽しい? 「黙れ」 ――まったく毎日が楽しげで涙が出るわ……もう潮時じゃない? 「……」 ――あなたには向かない職場だった。ただそれだけよ。 「……」 ――ほら、あの扉から乗るのよ。東海道本線のレールは、サラリー マンを輸送するために敷かれたわけじゃなくってよ。本線の名はダ テじゃない、根岸線なんかとは格が違うのよ、格が。あなたは今宵 それを知る。望むなら。 「明日は十時から……」 ――おだまり! 見よ、あの機関車の威容! 聞け、あの力強い発 動の響きを! 二五五万ワットの直流モートルが、疲弊した魂を一 夜で故郷に送り戻すわ。銀河エキスプレスは一日一本、乗るなら今 しかないわ、そんな鞄なんて、今すぐ捨てて走るのよ。寝台券なら まだ買える、乗るなら今よ、行くなら今よ、帰るなら今よ! 「……」 ――逃げるなら、今よ! 「じゃかましい!」 俺は缶を投げつけた。缶は銀河号の側面に命中して間抜けな音を 立てた。 「お客さん……」 振り返ると、巨躯の駅員が憤怒の表情で立っていた。 「いや、ちょっと妖精さんがね」 「車両への敵対行為はご遠慮願います」 「ははは、もちろんです。いや僕は本当は電車が大好きなんで」 「そーですか。実は私も鉄道を愛してましてね」 緊迫した鉄道談議は続く。その横で、俺を積まない急行列車はゆ っくりとホームを進み、様々な顔付きをした旅客を乗せ、それは各 々過去の俺だったり、未来の俺だったりしたようにも思えたが、と にかく駅員に平謝りしている馬鹿こそ今の俺なんだ、とそれだけは 間違いなかった。
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