第16回1000字小説バトル
Entry7
船内に音楽が流れ始めた。赤じゅうたんを敷きつめた船内は、一 瞬にしてダンスホールと化した。ワイン片手に上品な会話を交わし ていた紳士らと淑女らは、手と手を取り合い華麗なステップを踏ん だ。 音楽は甲板に漏れ出していた。甲板上に星空を見上げる美しい女 性が一人ぽつねんとしていた。 「きれいな夜空ですね」 一人の紳士がその女性に声をかけた。女性は軽く会釈をして再び 夜空を見上げた。紳士は女性が話に乗ってこないのを見て、 「どうしたのです、何を思い詰めておられるのですか? もしよろ しければ私にお話下さい」と言った。 女性はにこりと微笑み言った。 「美しい夜空を見ていて思ったんです、人生って何だろうって。で もこんなこと初めてお会いする方に言うべきことではないわね」 紳士は女性の目を見つめながら、 「あなたは美しい。私と踊りませんか?」と手を差し出した。 女性は、ええ、と言って紳士の手を取った。 音楽はゆったりとした曲調から軽快なリズムの曲へと変わってい た。二人は向き合い、両腕を伸ばした状態でお互いの手を握り合い、 あはははは、あはははは、と笑いあって甲板上をぐるぐると回り出 した。あはははは、あはははは、二人の笑い声は星またたく夜空に 響き渡った。それは映画のワンシーンのようであった。 曲調が速くなるにつれて二人の回転速度も増した。ぐるぐる、ぐ るぐる、二人は回転した。あはははは、あはははは、二人は愛の言 葉を囁くようにお互いの目を見詰め合って回転した。そこは二人だ けの世界だった。 その時、どしん、という衝撃音とともに豪華客船はぐらりと傾い た。すさまじい勢いで回転していた二人は、その衝撃で、ちょうど 紳士が女性を巴投げする形となり、「そうりゃ」という掛け声とと もに女性は勢いよく海に放り込まれた。 「キャサリーン、キャサリーン!」 紳士は、女性の名前がキャサリンであるという仮定のもとに、女 性の名前を叫び続けた。それは映画のラストシーンのようであった。
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