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第16回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1SLOW MOTIONリュウタ996
2プッシュ!knockmedown785
3キカイじゅ-
4勘竹警部の事件簿〜密室殺人〜ぱんち993
5早い者勝ち?百内亜津治1000
6みたくないのに大熊猫972
7愛の仮定法現在大森 柔808
8傷のある壁小山良造966
9相合傘yutaka izumihara864
10消しゴムほくろ985
11清流王と女Default 1000
12隙間沢森いつか809
13眠れる恐竜を揺り起こせ放物線1000
14シネマコンプレックスヒョン1000
15騎士小倉人988
16困惑の性癖akoh997
17アスファルトの匂いAYABE810
18献花うめぼし957
191000
20見えないオレンジ伊勢 湊997
21Dear friend川辻晶美1000字
22超人は辛いよ太郎丸1000
23崖岸の小景工藤裕也1000
24宇宙葬有香1000
25ふそくのじたい 羽那沖権八931
26(作者希望により削除)--
27虹のほこらにて1000
28(作者の希望により掲載を終了いたしました)
29カレー曜日の憂鬱ショート・ホープ1000
30天野幾566
31青の誘惑蛮人S1000
32ビデオリサーチ鮭二1000
33ひあそび一之江1000
34アミーゴあきら985
35幸福追求サトコフ1000

第16回1000字小説バトル
Entry1

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SLOW MOTION

作者 : リュウタ
Website :
文字数 : 996
 どうやら生きているようだ。
 直哉は半身を起こし、ヘルメットを脱ぎ捨てた。教会の鐘のよう
な音を上げながら転がるヘルメット。その先には砕け散ったバイク。
 ハイウェイのど真ん中で、直哉は蒼白く輝く月を見上げた。睨ん
だ。
「てめぇの仕業か?」
 嘘だろ? 月が頬を染めた。

 不思議な夜だった。四六時中渋滞しているハイウェイに、一台の
クルマも見当たらない。眠らない街からネオンが消えている。高層
ビルは死んだように聳え立っていた。
 街から人が消えてしまったのだろうか?
「…夢?」
 アユミは目を擦った。ひとりでドライブを楽しんでいるうちに、
眠ってしまったのかもしれない。しかし何度瞬きをしても、映像は
モノクロームのままだった。月だけが赤い色を放ち、キスできそう
なくらい近くにあった。

 ハイウェイに寝そべったまま、直哉はタバコを二本吸った。相変
わらずクルマは一台も走っていない。おかげで、200キロ近いス
ピードで転倒した自分が「生きている」という実感が湧かない。手
足も動く。痛みもない。タバコだって吸える。
 そのとき、銀色の眩い光が直哉を包み込んだ。
「UFO!」
 本当にそう見えた。あのでかい月の方角からやって来るのだ。そ
れとも死神? 自慢の皮ジャンが裂けていることに気付いた。左腕
のドクロのタトゥーが、ニンマリと笑っていやがる。

「事故?」
 愛車のハイビームが原形を留めないバイクを捉えた。粉々になっ
た部品が道路いっぱいに散らばっている。そして、横たわるライダ
ー。
 胸が激しく早鐘を打つのを感じながら、アユミはクルマを飛び出
した。

 それは目の前で止まった。直哉は逆光に目を細めながら、近寄る
シルエットを呆然と見つめた。
「天使だったのか…」

「大丈夫?」
 信じられない。これだけの事故で、ライダーは一滴の血も流して
いなかった。タバコまで咥えている。
「ああ…」
 天使の…いや目の前の女の美しさに、直哉は思わず息を呑んだ。
どうやら本当に生きているようだ。
「とにかく病院へ行きましょう。立てる?」
 アユミは捲くし立てた。
「いや、自分でも信じられないが、傷ひとつないみたいなんだ」
 立ち上がり、直哉は完璧なウインクを返した。
「でも…」
 不安に支配されていたアユミの胸は、一瞬にしてトキメキに焦が
された。痛いくらいに。視界はモノクロームのまま。
「これは夢なの…」
「いつまでもみていよう」
 すっかり照れちまった月が、雲に姿を隠した。

第16回1000字小説バトル
Entry2

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プッシュ!

作者 : knockmedown
Website :
文字数 : 785
通勤の途中、駅の改札で定期入れを出そうとして右手の甲に赤くて
丸いボタンがはえていることに気がついた。もしや、と思って左手
を見ると案の定黄色いボタンがはえている。咄嗟に何故か人に見ら
れたら恥ずかしいなと思って両手をポケットにしまいながら、とり
あえず発車間際の電車に駆け込む。

シートに腰掛けてもう一度こっそりと見てみる。どう見てもボタン
だった。直径四センチほど。どちらも鮮やかというより毒々しい色
合いで、表面はつるつるしている。何というか押しがいのありそう
なボタンだった。

電車が動き出してしばらくすると誘惑に堪えきれず、つい左手の黄
色いボタンを押してしまう。

すると、どこからともなく小さな兵隊が二個師団ほど行進しながら
車輌の床にあらわれて、目の前に座っていた座っていた眼鏡をかけ
た貧相なサラリーマンに集中砲火を浴びせ始めた。

唸りをあげるマシンガン、炸裂する手榴弾。火花が飛び散り、煙が
上がる。眼鏡のサラリーマンはあっという間に黒こげになった。兵
隊達は整列してこちらに敬礼すると、踵でくるりと回ってまた行進
しながら来た道を帰っていった。

車内にはまだ火薬の匂いが立ちこめている。周りの人たちは呆然と
している。困ったことになったな、とあせりながら一抹の期待をこ
めて右手の赤いボタンを押してみた。

サイレントともに小さな救急車が次々とやってきた。中から白衣を
着た小さな医師と看護婦がぞろぞろ降りてくる。彼らは黒こげの死
体にわらわらと群がると、甲高い声で何事かけたたましく喋りなが
らてきぱきと処置してゆく。注射がうたれ、メスが踊り、包帯が巻
かれる。ほとんど間髪入れずに包帯がほどかれると、男は無事元通
りになっていた。

車内から拍手が湧きあがる。小さな彼らは手を振ってそれに答え、
また救急車に乗って帰っていった。

むやみにボタンを押すもんじゃないな、と思った時に電車は降りる
駅に着いていた。

第16回1000字小説バトル
Entry3

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キカイ

作者 : じゅ
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/6882/
文字数 :
そうだなぁ・・いつから僕はここにいるんだろう ?
僕は生まれた時からここにいる。ここはどこだろう ?
懐かしい匂いでいっぱいだ。
僕はずっと待っている。誰かわからないけど・・・
いつも、いつまでも待っている。僕を見つけてくれる人を?
僕を好きになってくれる人を?
わかんない。きっとくればわかるさっ
どれだけまっただろう?
ドアが空いた。
誰かが入ってきた。
「おはよう。」
って声が聞こえた。目を空けると男の子が立っていた。
「うん。おはよう。君は僕のことを知ってるの?」
「君はキカイだよ。」
「僕はキカイ?」
彼は確かに僕のことをキカイって呼んだ。なんのキカイだろう?
「うん・・ごめんね。」
「じゃあ君が僕が待っていた人?」
彼はちょっと間を置いて言った。
「うん!きっとさ!」
やっぱり!彼がそうなんだっ!
もう僕がキカイでもなんでもいい!
「じゃあなにしようか?」
「遊びに行こうか?」
彼は僕を遊びに誘った。
「うん!」
僕達は友達になった。毎日一緒に遊んだ。
彼が壊れるまで・・今思い出したけど・・
彼のおじいちゃんも前は遊んでくれたけど
ずいぶん前に壊れちゃったな・・

また僕は記憶を消して新しい人を待ちつづける。

第16回1000字小説バトル
Entry4

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勘竹警部の事件簿〜密室殺人〜

作者 : ぱんち
Website :
文字数 : 993
 勘竹頼、数々の難事件を勘だけで解決してしまうという恐ろしい
までの凄腕警部。人竹頼、人に頼ることしか知らない自主性の欠如
したダメダメ巡査。すべてはこの二人がコンビを組んだことから始
まった。
 
  とある超高級マンション。一人の男が殺された。第一発見者はマ
ンションの管理人。一週間も会社に来ないので心配して訪れた同僚
に頼まれて鍵を開け発見。という、ごくありふれたパターン。現場
は完全な密室で玄関には内側から鍵が掛かっており、すべての窓は
なぜか鉄格子が張り巡らしてある。という、まるで取ってつけたか
のような密室。とにかく作者は完璧な密室だと表現したいのである。
 現場を訪れた勘竹警部と人竹巡査。コンビを組んで初のヤマであ
る。勘竹は現場を一目見るなりすぐさま言った。
「うむー、これは密室殺人だな」
「そんな事はわかっていますよ! 題名にも書いてあるじゃないで
すか! 文字数にも限りがあるんですからとっとと調べて下さいよ
!」
人竹はよくしゃべる男だ。と作者は伝えたかったのだ。
「うむ、そうだな… よしわかったぞ。犯人は隣に住んでいる男だ。
髪はロンゲで眼鏡をかけている。見るからにオタクっぽい奴だ」
「すっすごいすね! どうしてそんなにわかるんです? だって凶
器だって特定できてないし、密室のトリックすらわからないんです
よ!」
「いや、ただ何となくだ。…凶器はベットだ」
「ベット? バットじゃないんですか?」
そんな人竹の言葉を無視して勘竹は隣の部屋のドアをノックしてい
た。
ドンドン
「おい、出てこい。聞きたいことがある。文字数にも限りがあるん
だぞ、早く出てこい」
ドンドン
「一体何の騒ぎですかぁー」
勘竹の言った通りの容姿の男が眠そうに出てきた。
「お前、昨夜遅くまでネットゲームしていたな」
「えっ、どうしてわかるんです!?」
男はビックリ仰天だ。
「とにかくお前のことはすべてお見通しだ。隣の男を殺しただろう。
密室のトリックもすべてお見通しだ。もっとましなトリックを考え
るんだったな。凶器のベットも近くの川で発見されるぞ。詳しい話
しは署で聞こう」
 翌日、近くの川で凶器のベットが発見され、男は自首した。意外
性を狙って凶器にバットでなくベットを使ったのがすぐにばれ、何
よりも五年間構想の末考えた密室のトリックが簡単に解かれたと言
われたことが精神的大ダメージだったらしい。
最も、密室のトリックなんぞ誰もわか
っていないのだが……

第16回1000字小説バトル
Entry5

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早い者勝ち?

作者 : 百内亜津治
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/1516/
文字数 : 1000
 大ホールの中は異様に熱気だっていた。相当数の人々が見守る中、
超巨大スクリーンには一組の男女の織り成す性交が映し出された。
獣のように絡み合う肢体。僕の股間はそれを見るとたちまち膨れ上
がった。僕はやけに照明のまぶしいホールの特設舞台の上に、ほか
の9人の男たちと共に着衣を何も身に付けずにいた。しかも足をち
ょうど90度開くように座って。

 国民的大行事の主人公に選ばれたことを僕に知らせてきたのは、
1枚のはがきだった。毎年恒例のこの行事には、国民の中から10人
の男が抽選で選ばれる。もし、その招待を断われば国外追放である。
それで僕も意を決してこの日を迎えたわけだ。

 今や搭のようにそびえる僕の股間を、今年のミスコンテスト入選
者の女性が握る。歓声がとどろく。スクリーンの映像が変わり、今
度は僕たちが映し出される。僕の横の9人の男たちも、それぞれ一
人ずつ女性が付き、僕と同様に握られている様子だ。女性たちは皆
水着姿だ。電工掲示板の赤い文字が、10秒前を知らせる。10、9、
8、とマイクのアナウンスの声。上方には相当数のテレビカメラ。
7、6、5、と観客も加わる。4、3、2、1。ラッパの高らかな音が
聞こえる。

 女性たちが一斉に慣れた手つきで握った手を動かし出す。僕に付
いている女性の胸が、手を動かすたびに揺れる。ああ、見ちゃいけ
ない。でも、どうしても見てしまうんだ。興奮が身体の底から湧き
出てくる。気持ちいいな。でもどうしてもいっちゃいけないんだ。
僕は目をつぶる。そのうち、もうどうしようもないくらい気持ち良
くなってきた。これじゃいけない。あ、あ……。

 「うおーっ」と僕はものすごい叫び声を上げて果てた。それと同
時に観客もどっと沸いた。「パンパカパカパン」とラッパの高らか
な音。僕が一番だったらしい。絶望の底に落とされたように感じた。
それから、僕以外の9人の男たちとその付き添いの女性たちは舞台
から降ろされた。僕は、僕のを握っていた例の女性と、2人きりで
舞台に取り残された。

 やがて、きらびやかな衣装の国王が舞台に上がってきた。「もの
のあわれじゃ」と彼は言った。僕は涙目で「早い者勝ちじゃないん
ですか?」と訴えた。「昔からのおきてだから仕方がないのじゃ」。
国王はぼくにきらきらと光る刀を渡した。「潔く、切腹いたせ」。
僕は自分の腹に刀を目いっぱい突き刺した。遠ざかる意識の中で、
歓声と共に桜の花びらがひらひら舞っているのが見えたような気が
した。

第16回1000字小説バトル
Entry6

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みたくないのに

作者 : 大熊猫
Website :
文字数 : 972
 「もういい加減にしろ、薄気味悪いやつだな」
 父親の和己のこぶしが、光彦の頭に飛ぶ。「だって見えるんだも
の。あのおじさんの頭には41、おばちゃんは38、お姉ちゃんには
13、おばあちゃんには73とか、みんな数字が書いてあったんだよ。
うそじゃないもん、本当だもん」
 4歳の子どもの力とは思えない勢いで、光彦は抵抗を続ける。
 「あなた、もうやめて」と喜美子は叫ぶが、和己はさらに光彦を
狂ったように殴りつづける。「殺してしまうつもりなの、ただこの
子は、任の寿命が見えてしまうだけなのよ。誰だって子どもの頃は、
冷汗を持ってるものなの。それがたまたまこの子は、強く現れてる
だけじゃない」
 見る見るうちに、光彦の顔は腫れ上がっていく。しがみつく喜美
子の顔も和己は思い切り殴りつけた。
 「こいつはな、知ってやがるんだ。俺が何をしたかをな。そうじ
ゃなきゃ、俺の顔に33とかいてあるなんて言やがらねえだろう」
 「あなた、いったい何を言ってるの」
 「うるさい。せっかくあの馬鹿上司、自殺で片付いたのに。横領
の罪までかぶってくれてな。放火による一家心中のおまけまでつけ
てな。ああ殺したのは俺だよ、家族ぐるみで仲良く付き合ってる振
りをして、あいつは俺の横領に気が付いた。金をよこせといってき
たんだ。あんなはした金、この家の頭金に消えてるよ。だから!」
 「だからあの時、あんなに怯えたのね。啓司が事情聴取にきた時」
 「このクソガキ、あいつらの頭に数字が書いてあった、おまけに
俺の頭に数字が書いてある、とまで刑事の前で言いやがって」
 もう光彦の体からは、完全に力が抜けていた。白目をむき出して
いる。「こいつさえいなきゃ、何も思い出すことはないんだ。お前
もだ、おまえが家さえほしがらなきゃ、あんな金に手をつけなかっ
た」
 和己の手にはいつしかビール瓶が握られていた。グシャッという鈍
い音と同時に、喜美子も畳に倒れた。
 「ああ、パトカーだ。隣のばばあが電話しやがったな」
家の前でサイレンが止まった。警察官が今、まさに家に入ろうとして
いる。呆然と立ちすくむ和己の足元で、白目をむいた光彦の口だけが
動いている。「本当でしょパパ、見たくなかったのに」

第16回1000字小説バトル
Entry7

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愛の仮定法現在

作者 : 大森 柔
Website :
文字数 : 808
 船内に音楽が流れ始めた。赤じゅうたんを敷きつめた船内は、一
瞬にしてダンスホールと化した。ワイン片手に上品な会話を交わし
ていた紳士らと淑女らは、手と手を取り合い華麗なステップを踏ん
だ。
 音楽は甲板に漏れ出していた。甲板上に星空を見上げる美しい女
性が一人ぽつねんとしていた。
「きれいな夜空ですね」
 一人の紳士がその女性に声をかけた。女性は軽く会釈をして再び
夜空を見上げた。紳士は女性が話に乗ってこないのを見て、
「どうしたのです、何を思い詰めておられるのですか?  もしよろ
しければ私にお話下さい」と言った。
 女性はにこりと微笑み言った。
「美しい夜空を見ていて思ったんです、人生って何だろうって。で
もこんなこと初めてお会いする方に言うべきことではないわね」
 紳士は女性の目を見つめながら、
「あなたは美しい。私と踊りませんか?」と手を差し出した。
 女性は、ええ、と言って紳士の手を取った。
 音楽はゆったりとした曲調から軽快なリズムの曲へと変わってい
た。二人は向き合い、両腕を伸ばした状態でお互いの手を握り合い、
あはははは、あはははは、と笑いあって甲板上をぐるぐると回り出
した。あはははは、あはははは、二人の笑い声は星またたく夜空に
響き渡った。それは映画のワンシーンのようであった。
 曲調が速くなるにつれて二人の回転速度も増した。ぐるぐる、ぐ
るぐる、二人は回転した。あはははは、あはははは、二人は愛の言
葉を囁くようにお互いの目を見詰め合って回転した。そこは二人だ
けの世界だった。
 その時、どしん、という衝撃音とともに豪華客船はぐらりと傾い
た。すさまじい勢いで回転していた二人は、その衝撃で、ちょうど
紳士が女性を巴投げする形となり、「そうりゃ」という掛け声とと
もに女性は勢いよく海に放り込まれた。
「キャサリーン、キャサリーン!」
 紳士は、女性の名前がキャサリンであるという仮定のもとに、女
性の名前を叫び続けた。それは映画のラストシーンのようであった。

第16回1000字小説バトル
Entry8

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傷のある壁

作者 : 小山良造
Website :
文字数 : 966
 連続婦女暴行殺人犯ついに逮捕、という記事が新聞の一面を飾っ
た。
 本文。犯人は警察をひどく嫌っており犯行をすべて否定している
が、たまに犯行をほのめかすような発言をしているとのこと。犯行
は極めて残忍で、屍姦行為の後、カニバリズムもあった模様。また
五年前に被告の妻、K・Aさんも暴行殺人によって死亡しており、
同被告の犯行である可能性が高い。
 三か月後、ついに被告の銃殺刑が執行されることになった。ここ
のところ被告は、犯行こそ認めないものの非常に穏やかで、以前の
ように警察に毒づくこともなかった。たった一人の面会人、彼の恩
人と名乗るあの男が来てから一週間は。
「なぜそんなに警察を憎むのだ」
と何度聞いたところで、被告は目をぎらつかせ、口髭を歪めて不敵
に微笑むだけで黙して語らない。被告は最後に手足を縛られたまま
銃弾で傷だらけになった壁を見た。そして執行人が彼に目隠しをし
た。
「最期に言い残すことがあれば聞いておくが」
被告は少し考えこんだ後、歪めた口髭をぺろりと舐め、つぶやいた。
「なあ、あんた。次にここに立った人に聞いてくれないか。『目玉
はどんな味だったか』とな」
「………」
「世の中いろんな商売があるが『とむらい屋』なんて商売があると
はな。俺は先週、奴の望むものをなんでもやると契りを交した。そ
のかわり奴が仇をとってくれる。俺が心底憎いと思った人間を、す
べて食い殺してくれる」
「でたらめを…」
「俺の妻が狙われていると警察に助けを求めたとき、警護してくれ
ていれば、俺はこんなにたくさんの人を憎むこともなかっただろう。
でも、もう遅いのだ」
 被告の不敵な笑みはいつの間にか歯ぎしりに変わっていた。彼の
八重歯が血濡れた牙のように見えた。
「なあ、あんた。あんたは俺がすべての真犯人だと思うか。どうだ」
執行人はたまらず手をあげて合図をした。 
 被告は吠えた。
「どうなんだ! ええっ! おまえも俺のことを! 」
 ゴングのように銃声が鳴ってとたんにすべての雑音が消え、被告
の重力に屈する音だけが響いた。
 「この手の話は執行人を永くしてるとたまにあるんですよ。だい
たい契りを交したと言ったってなにをあげるんですか。彼にはほん
のわずかな貯金しかないのですよ」と彼は言って、遺体の目隠しを
外した。一同は凍りついた。食いちぎられたような傷跡を残して、
遺体の両目がなくなっていたのだった。
 一体、真犯人は誰なのか。

第16回1000字小説バトル
Entry9

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相合傘

作者 : yutaka izumihara
Website : http://www.aftrs.edu.au/tower
文字数 : 864
ヒロポンを手にしたとき、俺は神になった。
狂い行く社会を破壊するシバ神。

大島竜之介が美恵子に惚れたのは、幸がなさそうな、貧相な容貌
だったからだ。想った通り、裸体も貧弱で、まるで、木像のダッ
チワイフだった。薬づけで、目の下は黒く、髪は陽炎のように逆
立ち、人の不幸を喜んだ。
こいつは、俺にぴったりだと、竜之介は嬉しくなった。

竜之介は末期癌だった。
医者からは半年もつかどうかわからないと告知された。
金はある。
どうせ死ぬのなら、好きなことをさせてやろうとする親のエゴか
らいくらでも仕送りしてきた。
俺は死ぬ。
笑うガキがうざったい。
何がそんなにうれしいんだ、この糞ガキ。
竜之介の前に転がっているのは、苦しそうに血を噴き上げている
餓鬼だった。
竜之介は美恵子の裸体をチャコールで描いた。
ムンクの『おたけび』よりひどかった。手で塗りつぶし、
ケタケタ笑う美恵子をお多福になるまでぶった。
それでも、美恵子は、ケタケタ笑った。それをみて、竜之介も笑った。
虚ろな目で歌う、ニルヴァーナのMTVを見ながらマスターヴェ
イションをした。行く瞬間、美恵子の顔に吹っかけ、美恵子にぶ
たれた。竜之介はちゃぶ台で血が滴るほど額を打ちつづけた。活
かしたビートを繰り返す竜之介を見て美恵子が可笑しくて腹を抱
えた。

二人が病院に現れたとき、受付の女の子は、ギョッとした。出目
金のような女に、額のザクリと抉れた男。宇宙人の侵略かと思っ
たわ、彼女は後に同僚に言った。

次に二人が現れたのは、VIDEO屋だった。デヴィット リン
チの『エレフャントマン』をもさっと持って、これ借りる、と言
った。店員はどっきりカメラか、いたずらかと思った。
後に、エレフャントマンの本物が来たと思ったよ、と同僚に話す。

家主が二人の遺体を見つけたのは延滞した家賃を取りにいったと
きだった。
互いの手首を紅い紐で結び、涼しげに死んでいた。
検察官が自殺ですねと言った。
ちゃぶ台にはヒロポンと睡眠薬が散らばっていた。
家主が後に、困るんだよね、自殺されると、入り手がないからね、
と困憊して妻に話した。ちゃぶ台の上にあった三十万近い金を懐
に入れたことは誰にも言っていない。

竜之介と美恵子は『エレフャントマン』を観ていた。普通の人に
なりたがったマイケルを観ていて、死のうかと竜之介が言った。
美恵子はケラケラ笑って肯いた。
二人は畳にへばりついていた紅い紐をお互いの手首に縛りつけ、
ヒロポンを射ち、
ケラケラ笑いながら、泣きながらキスして睡眠薬を飲み込んだ。

第16回1000字小説バトル
Entry10

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消しゴム

作者 : ほくろ
Website :
文字数 : 985
日常茶飯事、私は休む間もなく働いています。御主人は仕事熱心な
方なので、私の仕事量といいましたら、御近所の安ベエやゴンザエ
モンと比べたら、天と地、月とスッポンの差があるのです。
しかし、私は働けば働くほど自分の寿命を縮めてしまうのです。消
しゴム界のエリートと呼ばれた方々はみんなそうなのです。早く死
ぬのです。この世から、早く消えるのです。逆に消しゴム界の、恥
さらしや愚か者と呼ばれた消しゴムは長生きしているのです。
私は、そのことをずっと考えていました。確かに御主人様に大変可
愛がれ、エリートの道を突き進んできました。しかし、私はその分
寿命を縮め、私の消しゴムライフは終わりの一歩を迎えようとして
いるのです。
確かに、安ベエやゴンザエモンは、グータラでだるがりで仕事はあ
りません。でも、その分彼らは、私よりはるかに長生きするのです。
その点、私は彼らをうらやましくも思います。これまでの私といっ
たらぷらいどの固まりといった消しゴムで、仕事のない彼らのこと
を軽蔑し、つばを吐き捨てたこともありました。
けれども、それは間違いだったということを今なんとなく思うので
す。いくら、消しゴム界のために働いたって、いくら御主人様のた
めに尽くしたって、私の心は癒されることはないのです。しかも、
私の命は癒されない私の心を哀れむかのごとく削れていっているの
です。
むかし、安ベエが私に言った言葉を思い出しました。
「お前は、自分をエリートだと思っているのだろう?、でもそれは
お前の勘違いだ。長生きできなくて、仕事ばっかりで心が安らぐ時
間もない。それのどこがエリートだといえようか。」
今の私にはその言葉が胸の中にこびり付いて離れませんでした。
「安ベエこそ、働きもしないで、グータラで居眠りばかりしていて、
エリートと呼ばれるにはほど遠いではないか。」今、心の中で反論
したもののこの問題の結論を出すことは出来ませんでした。
結論どころか私は、一つの疑問を生み出してしまったのです。
「 エリートって何だろう???」
私は、この二四消しゴム光年生きてきて、ずっとずっとずーーと、
エリートを目指してきました。それが私の宿命であり、この世で私
が果たすべき使命だと思ってきたのです。
しかし、いくら身を削って御主人様のために働いても、いくら、周
りの消しゴムに、「すごいですね あなたこそ本物のエリートです
よ」だとか「尊敬します」だとか言われても、’エリート’と実感
する事は出来ませんでした。
実感することもできず、私はただ意志もなく働くロボットのように
仕事をしていたのです。
「つらい つらい ひーひーつらいよ エリートのためだ がんば
らなきゃ う、うーつらいよ エリートになるためだ」と心の底で
想いながらも。

第16回1000字小説バトル
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清流王と女

作者 : Default [でふぉると]
Website :
文字数 : 1000
 清流王が伯望山にて兆季軍三万を破り、穎胤城へ入城したときの
事である。
 大通りを城へと向かう清流王軍の流れの前に、突然一人の女が飛
びだし、兵たちの目の前で清流王の悪口をわめきちらした。
 もちろん、兵たちによって、即座に女は取り押さえられた。
 しかし、女は清流王への罵りをやめようとはせず、それどころか、
先ほど以上の大声で罵詈雑言をまきちらす。
 清流王みずからの「民へ暴力をふるいし者、略奪をせし者は斬首
に処す」との厳命もあって、無理矢理に黙らせるわけにもいかず、
兵たちは途方に暮れた。
 次第に女の周囲は人だかりとなり、ついには行軍が滞りだした。
 騒ぎを聞きつけた清流王は、女を自分の許へ呼ぶよう命じた。

 女が兵に連れられてくると、馬上の清流王は見下ろすようにして
尋ねた。
「女よ、我に何か言いたい事があるのだろう。いうてみよ」
 女は歯を食いしばり清流王を睨みあげた。その双眸には、憎んで
も憎みたりぬといわんばかりの怨念が宿されていた。
「おまえに……殺された。たくさんの者が。私の夫も、息子も、み
な殺された。返せ、みなを返せ、私の家族を返せ!」
 清流王は微かに眉を動かしたが、その顔には、なんの表情も浮か
ばない。
「戦いとはそういったものだ、だが、我とて殺したくて殺しておる
のではない。戦乱に終着へと導くために、民のために戦っているの
だ」
「……おまえたち支配者の言う事はいつも同じだ。民のため、平和
のため。だが、おまえたちはいつも私たちから奪うだけだ。私たち
に何を与えてくれた? 何を施してくれたというのだ」
 清流王に食ってかからんばかりの女の肩を、二人の兵士がつかん
で押さえつける。
「言い訳をしようとは思わぬ。だが、誰かがなさねばならんのだ。
そして、それは我でありたい。いや、我でなければならんのだ」
「その我儘で、どれほどの血を流せば気がすむのか!」
 そして、女が清流王めがけて唾を吐きかけた。
 清流王はそれを避けようともせず、唾で頬を濡らした。そして、
しばらく女を見据えていたが、やがて強い口調で言った。
「誓おうぞ、女。民たちの流した血の量にふさわしき安寧を、我が
この地にもたらすことを」
 そして、朗々と響きわたる声で、
「女の首を刎ねよ」
 そう命じ、馬首をひるがえした。

 穎胤城入城から十五年後――。
 清流王は全土を掌握し、真王朝を樹立した。そして、その統治は
二百年にわたり大陸に安定をもたらす事になる。

第16回1000字小説バトル
Entry12

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隙間

作者 : 沢森いつか
Website : http://www.geocities.com/sanpincha/
文字数 : 809
 真新しいノートが好きだ。ノートじゃなくても、サラサラの紙、
取分け無地か横罫が良い。ルーズリーフは駄目、その規則的な穴か
らは、絶対に愉快に成りそうにないから。大体三日に一回、一週間
に三冊位はノートかレポート用紙を買う。偶にコピー紙や、画用紙、
漫画を描く原稿用紙とかを気紛れで買うこともある。でも、それら
は少しだけ高価だから、月末に二、三度買う位。
 いつも同じ文具屋で買っていたら、段々変な眼で見られるように
もなったから、最近では別々な店を選ぶ。今日は、夕陽が僅かに線
路に遮られて射込む、駅前の緑の看板で御馴染のコンビニエンスス
トアで。エメラルド色の表紙、C罫ノート。
 勉強机から見上げて眼に入る簡単な書棚には、きっとパパとママ
は辞書や教科書を入れて欲しかったろうけれど、綺麗なノートがず
っとずっと並ぶ。買って何を書く訳でもないし、棄てもしないから、
もう、一杯。その一番右にエメラルドを挿込む。隣は一昨日買った
金色と銀色でキラキラした折り紙、二十枚入り。
 改めて一番左に入っている、つまり始めて買ったであろう、エメ
ラルドと同じブランドのピンク、を取出し、開き、ブルーが出放し
の蛍光三色ボールペンを手に取る。ゆっくりと書始めた。英語の
“5W1H”とかで、言う所のワット、ウィッチ、ウェア、ハウは
既に整理出来た。後は、ウェンとワイ。

  WHAT
  WHITH
  WHERE
  HAW

  WHEN
  WHI

 ああ、もう綴りなんて全部忘れてしまった。そう、つまり、買い
始めたのはいつ頃だろう。そしてなぜ買うのだろう。それは至極さ
さやかな疑問だけれど、例えば、今まで二十年にも満たない、短い
人生の全てではある。
 ピンクのノートに“5W1H”を書続けて、終りまで書切って、
裏表紙に顔を埋めて、この先再び紙は買わないことを予期し、願っ
た。それから、ピンクのノートを棄てた。
 要するに、この罫線の隙間に全てを押込みたかっただけなんだ。

第16回1000字小説バトル
Entry13

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眠れる恐竜を揺り起こせ

作者 : 放物線
Website :
文字数 : 1000
 雷鳴を伴う夕立も、茹るような暑さだけを残し、アッという間に
過ぎ去っていった。私は首筋に纏わりつく不快な汗を拭い、暫時雨
宿りしていたバス停留所の庇の横から、わがままな夏の空を覗き込
む。雨を降らす分厚い入道雲が通り過ぎたことを確認すると、私は
ベンチから腰を上げた。
“新種恐竜の化石発見!”
 そんな見出しの踊る新聞を捨て、緩めていた紺色のネクタイを締
め直して、次の得意先へと歩き始める。そして私の頭の中では、意
識せずとも機械的に、遅刻の言い訳が錯綜する。この夕立を利用し
ようか、それとも何か別のものを拵えようか。

 そんな下らぬ思案に暮れる私の横を、二つの弾丸が通り抜ける。
 襟の伸びたTシャツ、足下にはビーチサンダル。小学校低学年位
の少年二人こそ、その弾丸の正体であった。どうやら疲労に満ちた
今の私には、夏の景色の中を疾走する彼らが、黄金に輝く弾丸とし
て認められるようである。
 二人の少年はただひたすらに、全速力で通りを走り抜ける。所々
にある水溜りを軽やかに飛び越えて。
 そして彼等の背中を見送った私の胸は、言葉にならぬ寂寥感に支
配される。何時の日からか走ることを止めてしまった自分に気付く。
 思い返せば確かにあの頃、道の先には未だ見ぬ希望があった。身
体を精神を、疾走に駆り立てる輝きがあった。今想えばそれらは、
全く取るに足らぬものである。単なる幻影に相違ない。しかしあの
頃、そんな実体の無い幻の数々に、私は揺り動かされ、胸をときめ
かせていた。その無邪気さが、今の私を惨めにするのである。形あ
るものしか信じられない、今の私の有り様を。

 一心不乱に遥か遠い幻影を求め走り回るよりも、着実に目の前に
ある現実を追いかけようとする今の私は、俯いて、弱々しい足どり
で再び歩き始める。

 その刹那、雨上がり、南から吹き込む強風に、私の髪は掻き乱さ
れた。そしてそれは髪だけではなく、埋没していた無邪気な想いも。
“数千年前に滅びた恐竜を甦らせる訳じゃあるまいし。高々十数年
前の想いじゃないか”
 そう心の中で、幼い私が囁いた。
 南風に背中を押され、そんな強気な想いにとり憑かれた私の足は、
自然と、大股で第一歩を刻み始めた。失い掛けていた子供の心を追
い求め、スーツ姿で革靴で、私は雨上がりの道を思い切り走り出す。

 そして私は大きな水溜りを飛び越える。
 其処には恐竜の時代から変わらぬ、美しい雨上がりの夏空が映し
出されていた。

第16回1000字小説バトル
Entry14

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シネマコンプレックス

作者 : ヒョン
Website :
文字数 : 1000
 日記を閉じた。このところ崇子は毎日日記を書いている。
7/1(土) 健二からメール。大学は楽しいらしい。そろそろ試
験だと言う。「久しぶりに勉強しなければ」だと。のんきなことだ。
返事は出さず。
7/2(日) 気分がわるかったので昼頃まで横になる。謙司はど
こに行ってしまったのか、目覚めた時にはもうどこにもいなかった。
おそらくまた、「友だちと会っていた」のだろう。本日メールなし。
7/3(月) また健二からメール。「返事がきてません。どうし
たのでしょうか。機械が故障しているのかもしれませんね」いえい
え、故障しているのは機械ではない、わたしの心なのだよ。
7/4(火) 健二からメール。「お元気でしょうか。僕は今試験
です。終わったらまた遊びましょう」返事は出さず。
 もともと崇子は日記を書くような人間ではない。文章すらまとも
に書けるかどうかあやしいものだったが、それでも崇子は日記を書
いている。健二健二健二。毎日のように健二の名前がでてくる。で
あるからこれは、崇子と健二の、やり取りの記録のようなものにな
っていた。
 謙司がこれを読んだら、と思うこともある。そしたら彼は、わた
しにどういう反応を返してくれるだろうか。こわいと思う反面、崇
子は自らそれを望んでもいた。自分でもとうにわかっている。
 彼はまだ帰ってこない。また今日も帰ってこないのだろうか。そ
して深夜さえすぎた明け方になって、また何事もなかったようにわ
たしを抱きしめてくれるのだろうか。
 一人でいると崇子は学生時代を思い出す。二人が二人でなくなる
日がくるなどと、いったい誰が知っていたであろうか。いつもくっ
つき合っていた二人が、結婚すると別人どうしになるなどと、誰が
言っていたであろうか。
「夢見ることは犯罪ではない」と、崇子は紙に書いてみる。謙司よ、
あの大学の廊下で歩きながらそう言ってくれたのは、それはあなた
ではなかったか。今はもう。
 メモを捨てると立ち上がる。深夜も開いているファミリーレスト
ラン、それが崇子の行き先だった。そしてレストランで夜通し本を
読んでいることなどは、誰も知らないことだ。日記には書かない。
 部屋を出た。健二などという人物はそもそもいない。すべて崇子
のつくり出したこと。
 人はみな病気なのだ。ならばわたしはわたしに名前をつけてあげ
ようではないか。崇子は思う。わたしだけの病名を。映画のような
恋がしたい。シネマコンプレックス。

第16回1000字小説バトル
Entry15

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騎士

作者 : 小倉人
Website :
文字数 : 988
 ジョルジュ・マンシーンはナイトの称号を授かった。王への忠誠
を貫くことがいかに困難で誇り高いことか、ジョルジュは彼の父か
ら教わった。幼少より騎士としての教育を受けると共に、ことある
度にマンシーン家祖先の武勇伝を聞かされて育てられた。ジョルジ
ュの祖祖父にあたるアブラ・マンシーンが、日照り続きの領内に用
水路を引く際に大きく貢献をした話は、父は好んで何度もジョルジ
ュに聞かせた。なんでもその治水工事の時に、小さな小屋ほどもあ
る大きな岩が水路に現れたのを、アブラ・マンシーンが見事にうち
砕いたというものである。その話をきくたびにジョルジュは胸が熱
くなり、自分の事のように照れくさい気分になるのだった。   

 正式に新しい家紋と鎧と盾の授与を済ますとジョルジュの生活に
は大きな変化がもたらされた。それまでの奔放な生活とは決別して、
騎士として恥ずかしくない行動を自らに課した。        

 身だしなみはきちんと、騎士たるもの髪は常に櫛を通しておかな
くてはならない。髪も三日に一回は洗った。服にも気を使い、御婦
人が眉をひそめるような格好は慎み、かといって流行を追うでもな
く自分なりの着こなしを心がけた。騎士たるもの日頃から険、弓、
乗馬等の修練を行わなければならない。また、その道具の手入れも
怠らなかった。からからになっていることの多い、馬のジャクホン
の桶に綺麗な水をいれてあげた。               

 毎日が充実していた。季節の花々が美しく感じられ、鳥のさえず
りに耳を傾けた。今までこんな気分は味わったことがない。心が清
々しく、見知らぬ通りすがりの人にまで挨拶をした。      
               
 物置のようになっている自室の掃除も行った。いる物といらない
物に分けて、いらなくなった物は思い切って捨てて、物の絶対量を
減らすことから始めた。いる物はどこに何があるのか分かるように、
きちんと整理して収納した。それまで気が付かなかったちょっとし
た額のゆがみをなおしたり、棚の埃をふき取ったりもした。   
 最後にベッドメイキングにとりかかった。なるべくシーツにしわ
が出来ないように張り替えると、次に掛け布団を新しい物に取り替
えた。なるべくベッドの枠から垂れる、掛け布団のすその幅が同じ
になるようにと、ベッドの周りをグルグル回って調整した。   

 しばらくそんな日々が続いたが、その年の終わりにジョルジュは
自らナイトを辞退した。どうやらナイトには向いていなかったよう
だった。

第16回1000字小説バトル
Entry16

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困惑の性癖

作者 : akoh
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896
文字数 : 997
 体の内からこみ上げてくる衝動を抑えきれずに、俺はとうとう、
目抜き帽を手にしていた。

「強盗だ! 命が惜しかったらおとなしく言うことを聞け!」
 ここまでは、順調過ぎるほどに順調だった。唯一の心配は、殺傷
能力にやや劣る、凶器の出刃包丁だけだった。
「現金で一億円用意しろ!」
 俺の声にひときわ敏感に反応したのはおそらく支店長だったのだ
ろう。何度も何度も大きくうなずいた。了解の意志表示ととった。
「おおっと、ただし、一億は一億でも、すべて一円玉でだ。十分以
内に用意しろ。もちろん警察にもどこにも連絡はするな。この三つ
のうち、どれか一つでも違えた場合には・・・・・・覚悟しておけよ」
 冷房が効きすぎているほどだというのに、支店長の引きつり固ま
った顔には汗がにじんでいた。体は小刻みに震え、小さく開閉する
口はけれども言葉を放つ余裕を持たず、視線はあちこち泳ぎ回り―
―彼は、俺がかつて見たことのない困惑の表情を見せてくれた。

 俺には奇妙な性癖があった。
 人が困っているのを見ることが好きなのだ。
 ほんの些細なことからはじまり、気がついたらこんなところにい
た。
 もし銀行強盗をしたら、もしそこで一円玉で一億円という無茶苦
茶な要求をしてみたら、そのときの相手の気持ちはどんなだろう。
一度生まれたその興味を、俺は抑えることができなかったのだ。

 タイムリミットまであと一分を切っていた。
 しまった。物思いにふけり過ぎて、金策に奔走する行員たちの姿
をほとんど見ていなかった。
 まあいい。所詮用意などできるはずがないのだ、許しを請おうと
俺にすがりつく彼らの姿を見るだけで我慢しよう。
 と、そのときだった。声がした。
「さあ」
 振り向くと、いかにもエリートといった感じの若い行員が立って
いた。その背後には、麻袋が山のように積まれていた。
「まさか……」
「用意しました。一円玉一億枚、すなわち一億円です」
 行員たち、この光景をさぞかし面白がっているのだろう。今の俺
は、滑稽なほど困っているに違いないのだ。
 俺は、ただ立ちすくんでいた。
「どうしました? はやくこの金を持って逃走してください。警察
にもまだ通報していないのですよ」
 無理に決まっているではないか。それにしても、こんな態度をと
られるとは、やはり凶器がまずかったか。
 それにしても、空前絶後の困惑を、よもや俺自身が演じるはめに
なるとは。どうやって眺めればいいものか。
 困った。

第16回1000字小説バトル
Entry17

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アスファルトの匂い

作者 : AYABE
Website :
文字数 : 810
 アスファルトの焼ける匂いもきつくなってきた夕暮れ。どうやら
東京も本格的に夏になってしまったらしいと思いながら全開のベラ
ンダから入ってくる生温い風に忘れ物をした小学生のように切ない
寂しい顔をしていた。じっとりと汗ばんだ体を内輪で仰いでみた。
 ネコが一匹。今日もうちのベランダで昼寝をしている。あくびも
背伸びもしないでただただ茹だる夏の暑さに耐えているようだった。
体が黒い毛で覆われているのはあまりに酷だろうと思って自分の皮
膚を見てみた。白かった。

 昨日此の小さなワンルームの部屋から彼が出ていった。思い出も
匂いも温もりも何もかもアタシの体ごと此処に残して
 「守るべき人がいます。ごめんなさい。
  貴方は強いから大丈夫。ごめんなさい。」
なぐり書きしたレシートの裏は面白いから壁に張り付けてみた。残
酷な生け贄みたいで最高のインテリアに見えた。
 太陽が出ている時間。アタシはひたすら泣いた。それが現実でな
いように願いながら瞳が覚めると隣には裸でおはようと笑う彼がい
ると信じてた。けれど電話のベルも家のインターフォンも鳴らない
まま月が昇って太陽は気付くと隣のマンションに食われて消えてい
た。不思議な事に突然涙はピタリと止まりアタシはとりあえず窓を
開けた事を思い出した。夜には時間を伸ばす魔法があるらしい。悲
しいはずの今夜は何処までも続くようでなのに急に彼の事はどうで
もよくなってしまったらしい。夜の闇はママの子宮に似てるなと思
た。

 次に太陽を仰いだらアタシは誰と此の部屋で過ごすのだろう。そ
う思って伸びた夜の時間の中でアタシは冷凍庫から苺味のアイキャ
ンデイを出して舐めてみた。鏡に映る厭らしいアタシの舌はまっか
に染まって冷たいなと感じながらアスファルトの焼ける匂いを思い
出そうとした。苺の香りが部屋に漂っていた。

第16回1000字小説バトル
Entry18

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献花

作者 : うめぼし
Website : http://www.alpha-net.ne.jp/users2/opus1977/toppage.htm
文字数 : 957
「ねえ、さみしい?」
 誰もいない校舎の屋上の縁に腰を下ろして、ぶらぶらと足で大空
を掻き混ぜながら、少女が僕は問い掛けた。
 なにも答えず笑顔を返す僕は、少女の隣に腰を下ろす。そんな2
人の間を風が吹きぬけ、少女の黄色いワンピースが青い空にフワリ
とはためいた。
 温かな午後のひととき。
 少女がもう一度、同じ質問を僕に投げかける。
「ねえ、さみしい?」
 君がいるから、さみしくなんかないよ。
 そう答えると、天を仰ぎ、鼻腔から一つ溜息を漏らす。嘘をつく
時の癖だった。
 そんな癖を、少女はきっと知らない。それでも、少女は知ってい
た。それが嘘だという事を。
 くすりと笑って、僕の肩に持たれかかる。
「これで少しは……ね」
 通りすがりの悪戯な風にはやされ、僕も同じように少女に寄りか
かる。コンクリートが熱される匂いの中に、少女の香りが仄かに漂
う。それがまるで一つの欲望であるかのように、僕の鼻腔から背筋
を伝って、胸をくすぐる。その心地よい感覚と、誰も見ていないと
いう安心感が、僕を大胆へ行動へと導く。
 風のようにそっと少女を包み込む僕の手。その手に徐々に力が加
わる。
 僕に体を預けたまま、胸の中で少女が囁く。
「ほら、やっぱり寂しかったんだ……」

 風が僕等の体を押すたびに、質量を持たない僕等の体は、右へ、
左へとゆらゆら揺れる。
 そう、心地よいリズムで僕等は揺れる。
「いつまでこうしていられるんだろうね」
 君がいる限り、いつまでもこのままさ……
「でも、もうすぐまた一人ぼっちになるね」
 僕が弱い事くらいは知ってるくせに。なんて意地悪な台詞だろう。
「ねぇ、なんで……」
 お願い、それ以上は言わないで。
 本当は分っていたんだ、とても馬鹿げた事だって、ただ逃げてた
だけだって。でも、見てごらん、今の僕を。僕を脅かす物も、苦し
める物も、何もないんだ。もう何も……
「……逃げた事、後悔してる?」
 抱きしめていたつもりが、いつのまにか抱きしめられていた。答
えるかわりに、少女の細い体に、埋もれるように顔を強く押しつけ
た。
「ねぇ、泣いてもいいんだよ」

 立入禁止の張り紙の向こう側。
 雨が降り始めた校舎の屋上には誰もいない。
 ただ、牛乳瓶に無造作に活けられた一輪の菊の花が、コンクリー
トと空を区切るフェンスに寄り掛かり、風の吹くまま、静かに揺れ
ていた。

第16回1000字小説バトル
Entry19

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作者 : 仏
Website :
文字数 : 1000
 三時間目の国語の授業は自習になった。ざわざわと少し騒がしい
教室。私は読みかけの小説を読むことにした。それはメランコリッ
クな短編小説集で、思春期真っ最中の私には少し重い感じがしたが、
言葉の一つ一つがとても綺麗で、自然と物語の中に引き込まれてい
た。
「今朝、弟がね」
 隣でした声に私は意識をそがれたが、それが私に掛けられた言葉
でないことがわかると、再び本の中に視線を戻した。
「階段から落ちたの。ううん、下から三段目。凄い音がしたから、
行ってみたら、弟の首がこんなになって。そう、それくらい。ほと
んど直角」
 それは隣の席に座っている少女の声だった。他の女子と話をして
いるらしく、その会話は私の耳にも入り込んできた。首が曲がった
男の子を、私は無意識に想像していた。
「元に戻らなくなって。うん、それ以外は平気だったみたいだけど、
でも、声がちょっとおかしくなってて。テレビアニメの変なキャラ
クターみたいな」
 私の頭の中で、大好きなアニメキャラが首を曲げて笑った。
「目が縦に並ぶでしょう。バランスも狂っちゃって、うまく歩けな
いから、お母さんが病院に連れて行くって。え、ううん。私はその
まま学校に来ちゃったから、どうなったか知らないの」
 首の曲がった和也、これは私が読んでいる小説の主人公であるが、
私はその和也の首にコルセットをはめてみた。そして、恋人との待
ち合わせ場所に向かわせる。その姿は滑稽以外のなんでもなかった。
「私の弟、昔から体が弱いほうだから、やっぱり心配。それに、あ
のまま首が元に戻らなかったら…」
 コルセット和也を見た恋人は心配した。ああ、もしこのまま和也
の首が元に戻らなかったら、私はどうしたらいいの?
「でも、人間の首ってあんなに曲がるものなのね。なんか、弟が作
り物のように思えて。ゴムとか粘土で作ってあるから、こんなに曲
がるのかしらってね。でも、案外そうなのかもしれない」
 そして、隣の少女の声がやんだ。私は本を閉じ、ちらりと横目で
少女を見た。少女の周囲にはもう誰もおらず、少女は背を丸く縮め
て、俯き加減で座っていた。垂れた髪の毛のせいで表情は覗えない。
 なんとなく、時間が過ぎた。
 ふと、少女が身動きした。少女が首を左右に曲げると、乾ききっ
た枯れ枝が折れるような音がした。
「…ぽきぽきだって。どうしてぐにゅぐにゅじゃないのかしら」
 少女はポツリと呟いて、だらんと垂れた首を曲げ、私に笑いかけ
た。

第16回1000字小説バトル
Entry20

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見えないオレンジ

作者 : 伊勢 湊
Website :
文字数 : 997
 摂氏五十度を越える中、轍の後が残るだけの砂の上を前の町を出
てからもう五時間走り続けている。そして次の町まで後五時間はか
かるだろう。車のエアコンはとっくにぶっ壊れ砂だらけの熱い風を
受けながら走る。車そのものが壊れるのも時間の問題だ。隣に座る
相棒はもう身じろき一つしない。生きているかどうか時々怪しくな
る。ハンドルを握る手が熱い。火傷しそうだ。体は乾ききっている。
そして、致命的なことに、もう水がない。目を開けていることすら
だるい。
 車が止まってしまうのが先か、人間が動かなくなるのが先か、次
の町に着くのが先か。勝算は、あまりない。

 砂漠という場所をなめ過ぎていた。無線すらない。絶対的に準備
が足りなかったし、決定的に手遅れだ。もう水がない。ラジエータ
ー用にとっておいたボウフラの浮いた水も飲み干してしまった。車
か人か。どちらもオーバーヒート寸前だ。
 やれやれ。もう疲れた。隣でぐったりしている相棒を見てつい思
ってしまう。もうダメだな。極限を越える肉体的苦痛が精神までも
蝕む。分かっていてもこのだるさには耐えられない。

 ふぅ。動かない相棒を見る。希望を持つには町は遠すぎる。すれ
違う車など期待できない。しかも周りは砂だらけで正直なところど
こをどれだけ走ったのかさえ分かりゃしない。アクセルを踏む足か
ら力が抜けていく。ここまでだ。

 相棒が跳ね上がる。指一本動かさなかったやつが。驚愕した。動
いた相棒にではない。突然漂い出したオレンジの香りに。
 「地図だ!地図を広げろ」
 前方に目を凝らす相棒に声をかける。どこかに、ファームがある
に違いない。人がいるのだ。でなければこんな砂漠の中にオレンジ
の香りがするものか。僕はアクセルを強く踏み込み、相棒は双眼鏡
を覗き続けた。

 町に着いたのは五時間後だった。僕達は生き延びた。走る間中オ
レンジの香りは消えることなく、むしろ強くなり続けた。気が付く
と五時間過ぎていた。オレンジが意識を繋いだ。

 僕はたらふく水を浴びてから町で唯一の店で買い込んだ水と食料
を車のラゲッジスペースに積み込んだ。その時ブリキのバケツの中
で沸騰する、もともとは蚊よけの臭い付きキャンドルだった、オレ
ンジ色の液体を見つけた。やれやれ。なるほどね。

 「あのオレンジの香りなんだったんだろう」相棒が言った。僕は
運転席に乗り込みながら答えた。あれが僕らを救ったことには変わ
りない。
 「たぶんあれが、奇跡ってやつだよ」

第16回1000字小説バトル
Entry21

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Dear friend

作者 : 川辻晶美
Website :
文字数 : 1000字
 リクエストを読み上げるDJの声が、地階へ続く階段にまで響い
てくる。私が店に入ったところで、スリー・ドッグ・ナイトの『オ
ールド・ファッションド・ラブ・ソング』が流れ出した。今夜は古
いナンバーが聴けそうだ。カウンターでダイキリを買い、空いた席
を探したが、週末とあって、店内は在日外国人で溢れていた。私の
他に日本人の姿は今夜は見当たらない。迷っていると、米軍人のジ
ェイが私を呼び止めた。クルーカットが似合う二つ年下の青年だ。
「久しぶり。もう会えないかと思ったよ」
「大袈裟ね」私は彼のジョッキにグラスを合わせた。
「いや、来週末で引き揚げることになってね」
「そうなの」私は複雑な思いでダイキリを啜る。もっと強い酒を頼
めばよかった。
 初めて出会った夜から、私は彼によこしまな気持を抱き、このバ
ーに通い詰め、何度もアプローチしたのだが、すべて徒労に終わっ
た。どんなに大胆な誘いを仕掛けようと、彼は実に上手く私をかわ
してみせた。ジェイの頭はいつも故郷のアラバマに残してきた婚約
者のことで一杯だったのだ。
「アメリカへ戻ったら式を挙げる」とジェイ。罪な奴。少し憎らし
くなって、私は彼を肘で軽くつついた。けれど彼は浮かない表情を
見せる。
「嬉しくないの?」
「そりゃ、嬉しいさ」ジェイはそれでも眉間に皺を寄せる。「でも、
ここに来れなくなるのはたまらないよ」彼はそう呟いて店内を見回
し、常連客の一人一人に視線を止める。
 様々な国からやって来た人々。故郷を離れた寂しさを紛らすため
に、皆ここに集う。彼らが求めるのは酒でもなく、ましてやお手軽
なワン・ナイト・スタンドでもなく、同じ血の流れる仲間なのだ。
 わかりきっていたことじゃないの。私は自分の頬を両手で叩いて、
一人相撲だった恋に終止符を打つ決心をする。
「皆、ファミリーさ」ジェイはそう言ってビールを飲み干すと、席
を立ち上がりかけた。
「もう帰るの? 少しだけ付き合ってよ」
 じゃあもう一杯だけと言って、ジェイが新しいビールを買う隙に、
私はリクエスト・カードを書き込む。
「幸せにね」戻ってきたジェイに私は言った。
「君もね」
 チアース。再びグラスが重なった。DJが私のリクエストを読み
上げる。彼が驚いて目を見開いたので、私は満足して氷の溶けかけ
たダイキリを飲み干した。
「サンキュー」ジェイが照れ臭そうにうつむく。
 レナード・スキナードの『スウィート・ホーム・アラバマ』が流
れ始めた。

第16回1000字小説バトル
Entry22

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超人は辛いよ

作者 : 太郎丸
Website : http://www.toshima.ne.jp/~takuto_k/index.html
文字数 : 1000
 やっと完成した。これを飲めば500人力だ。計算上、身体中の
細胞という細胞が、512倍の威力になるはずだ。
 私は早速、ピンポン玉大になってしまった薬を、涙を流しながら
飲みこんだ。薬の有効時間は3分。まるでウルトラマン。
 しかし、身体に変化はなかった。成功するはずだが…。
 まぁ、失敗は失敗として今日はもう寝よう。徹夜だったから気が
付かなかったが、もう昼だ。私は死んだ様に寝入った。

 目が覚めると、もうすでに昼だった。テレビを付けた。…が中々
映らない。やっと映ったが声が変だ。異様に低いし、第一映像が動
かない。
 これは…、まさか! 私は壁の時計に目をやった。やっぱり時計
は止まっていた。玄関の新聞の日付は昨日だった。いや、…やっぱ
り実験は成功したんだ。細胞レベルでの512倍は、全ての動きが
512倍になってしまうという事でもあったんだ。
 無償に嬉しくなって。私は外へ飛び出した。外の世界はまるで写
真だった。何も動きが感じられない。
 空気がねっとりと身体に絡みついてくるのは、廻りの環境がその
ままだからだろう。
 3分は3分でも、512倍だとすると、25時間位の超人という
事になる。寝ていたのが20時間としてもまだ5時間分はある。

 私は嬉しさのあまり駆け出していた。暑い。見るとシャツもズボ
ンもボロボロになって煙さえ出て来た。慌てて払うと来ているもの
は殆ど原形を止めていない。空気との摩擦であろうか。これからは
注意する必要がある。
 誰に見られるわけじゃないからと、ボロボロの衣服を剥ぎ取り、
私は生まれたままの姿で、街中を歩きまわった。

 車に跳ねらそうな老人を歩道に移動し、歩きながらタバコを吸っ
ている奴のタバコを消し、犬に追いかけられている猫を犬の上に載
せた。
 女子高生のスカートを捲り、レストランのテーブルにあったステ
ーキを食べ、銀行から金を取出し、道にバラまいた。
 そして、綺麗な女性を強姦してからは、段々つまらなくなってき
た。水の上を歩いてもみたが、慣れればどうという事もない。

 ぼんやり歩いていた私は、何かに滑って頭を打った。
 随分長い時間が経ったのだろうか、気を失っていたようだ。私の
廻りは人で一杯だった。
「…く起きなさい。昼間から素っ裸で何をしてるのかね?」
 私を見下ろした警官は、貧弱な私を見て薄笑いを浮かべた。
「何か、か、隠すものを貸して…」
 私はぶら下っているものと一緒に、小さくなった。

第16回1000字小説バトル
Entry23

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崖岸の小景

作者 : 工藤裕也
Website : http://www5a.biglobe.ne.jp/~auslese
文字数 : 1000
  「わあ、今日は波が高いのね」
 陽子は強い海風に遊ばれる長い髪を押さえながら笑っていた。
 水平線の向こうには別の大陸がある。強い波涛によって深く抉ら
れたこの崖の上で、僕と陽子は何度もその大陸をこの目で捉えよう
とこの場所まで足を運んだ。しかしこの付近の天候は僕らに意地悪
で、きまって上空を鉛色のヴェールで覆ってしまっていた。
 「きっと今日も、駄目みたいね」
 陽子は崖の端から手前にある鉄柱と鎖だけの防護柵の前で、僕に
向かって叫んだ。僕は陽子がぼやけて見えるほど離れた場所に車を
停めて、ボディーに寄り掛かりながら煙草を吸っていた。潮風はそ
れほど水分を含んでいなかったため、肌に心地良かった。
 陽子から少し遠くの方で、数人の人々が崖の手前を歩いていた。
二人は子供達で、陽子と同じようにはしゃぎ回っていた。それを両
親と思われる二人の大人が眺めながら追うといった様子だった。
 「私たち、この海に嫌われているのかしら」
 何時の間にか駆け戻ってきた陽子は、僕の手から煙草とライター
を取るとその一本に火をつけて深く吸い込んだ。
 「私たちはこの場所が大好きなのにね」
 僕は視線を彼女から水平線の方へ向けた。相変わらず遠くは深い
ガスがかかっていて、全く消える気配はなかった。
 そしてここは常に波が荒かった。しかしその割には、ここは船が
頻繁に往来した。今も漁船が何隻か見える。一度双眼鏡でこの漁船
の概観を確認した事があるが、私の知らない文字で何か書かれてい
た。その時は別の、さらに見た事のない文字で書かれた灰色の船に
追いかけられている様子だったが。どちらもボートレースのように
素早かったのを覚えている。
 「あ、海女さんだ」
 陽子は崖を歩く家族の更に奥手を指した。ラバーでできたような
真っ黒なスーツに一つ目のゴーグルを着けた、確かに陽子が言うよ
うに海女のような姿の者が数人、こちらの方に走って来るのが見え
た。
 「この下で何か採れるのかしら。雲丹とか鮑とか」
 「陽子、そろそろ帰ろうか」
 僕は半ばまで楽しんだ煙草を足元に落とすと、軽く踏んだ。
 陽子はうなずくと、助手席の方に回った。
 エンジンをかけてから数秒、僕が軽くステアリングを左に切った
時、辺りには誰も居なくなっていた。
 「ああ、みんな帰るところだったんだ」
 陽子は僕と同じ方向を見ると、事も無げにつぶやいた。
 車が加速を始めた頃、一隻の船が水平線に向かって走っていた。

第16回1000字小説バトル
Entry24

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宇宙葬

作者 : 有香
Website :
文字数 : 1000
 数世紀前のご先祖様達が宇宙への第一歩を踏み出したとき、母星
ではそりゃもう大変な騒ぎだったらしい。ウチュウジンなんてナン
センスな名前の生物がいるとかいないとか、とにかく夢を見たがっ
たという。

 おめでたいことだぜ。宇宙に夢を見ていたんだとよ。

 小さな機体の中でふわりふわりと回りながらユーロパがそんな話
をしていた。

 お前なあ、昔の話より今の仕事しろよ。

 僕の注意を聞いているのかいないのか。とりあえずユーロパは手
は動かしている。相変わらずぷかぷか泳ぎながら、遠隔装置のコン
トローラを窓の外も見ずに操っている。
 悔しいけれど、こいつのコントロールの技術は天才だ。今もそん
な話をしながら、一通りの作業を終えようとしている。

 ユーロパが、ゴミでも捨てるみたいにしてナントカさん入りの
「カプセル」を切り離した。ゆっくりと離れていく柩に、僕は形だ
け黙祷した。
 柩は、切り離された反動でゆっくりと宇宙船から離れていく。

 と、柩が不意に向きを変えた。まるで意志を持っているかのよう
に、ある方向へ向かって流れ出す。

 珍しいことだな、と思った。どこか近くに重力圏があるらしい。
なんとなく気になって、ユーロパに「な、この辺に星なんてあった
っけ」と問うと、不機嫌な声で
「馬鹿じゃねえのか、お前だって知ってんだろ。この辺にはゴミし
かねえよ」と返ってきた。この辺りが「宇宙の墓場」と呼ばれてい
ることを知っていて「ゴミ」と言い切るユーロパの神経に飽きれも
したが。
 ゴミしかないところに、重力があるわけ……
 言いかけて、ふと、ある考えが浮かんで。…ぞっとした。

 窓から目を離し、重力レーダーへ注意を向ける。…あった。一つ
だけ、重力を発する物体が。右前方、2時の方向。
 重力を発生するってことは、それなりの大きさと質量を有してい
るってことだ。
 ものが集まって、引き合って。一つになって、重力を有するんだ。
「おい…カミーユ…」
 ユーロパの声。あいつには珍しい、狼狽が見える。
 僕は既に、あいつが何を見ているのか知っている。

 それは、一ヶ所に集まり、重力を持つほどに大きくなった柩たち。
柩だらけのこの墓場で、偶然の万有引力が彼らを集め、纏め上げて
星にした。

 …いや、寂しかったのかな。一人きりで、宇宙を漂っているのが。

 僕らの宇宙船は、もう柩の星の重力に捕まっていて、逃げられな
くなってしまっていた。
 僕は、そんなことにかまわず、ただ黙祷を捧げていた。

第16回1000字小説バトル
Entry25

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ふそくのじたい

作者 : 羽那沖権八
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/
文字数 : 931
「え、ええと、も、もう一度言ってくれるかな?」
 財布を見た四谷京作は、酔いが醒めていくのを感じた。
「四千五百十五円になります、けど」
 不審そうな目で、店員は彼にレシートを差し出す。
「五千円、だよ、ね。うん、安いよ、美味しかったし」
 四谷は財布を確認する。入っていた筈の一万円札はなく、五千円
札もない。あるのは、千円札ばかり。
「ボーナス後で油断してたかな、思ったより使ってるね、あはは。
面倒で万札ばっかり使ってたし」
 半分独り言のように喋りながら、四谷は財布の札入れから取り出
した千円札を、ゆっくりと数える。
 一、二、三――おしまい。
「小銭だ、うん。札ばっかし使ってたんだ。ほら、五百円玉もあん
まり自販機で使えないからたまっちゃって」
 小銭を確認する。
 だが、小銭の大半は光沢のない茶色の硬貨ばかり。
「あは、その、ねぇ?」
 全部数えてみても、せいぜい六百円。
「ツケって、きかない?」
「お待ち下さい、店長を呼んで――」
「待って! ほら、この定期、七万円で半年分のとこ、後一週間も
残ってるから、これで足りない分に」
「申し訳ありませんが、現金かカード以外のお支払いは受けられま
せんので」
 店員の口調は冷ややかだった。
「この上着は? 青山で五千円もしたんだ、何だったら皿洗いでも
できるし」
 店員が無言で別の店員に目配せする。
「わ、分かった、社員証置いて行く。足りない分は明日きっと払う
から」
 四谷が慌ててカード入れから社員証を取り出そうとした時。
 ぱさっ。
 数枚のテレホンカードが落ちた。
「あっ」
 そしてその中には、小さく折り畳まれた一枚の紙が。それは正し
く。
「や、やた、ほら、千円!」
 彼は札を広げて店員に見せる。
「いやあ、ははは、いつだかに返して貰った奴をつっこんどいたん
だ! いや、すっかり忘れてた!」

「――という事があると思わないか、同志?」
「うむ。確かに、あれは嬉しい」
「我々は未来の我々の不測の事態に対し、とても嬉しいエネルギー
の贈り物をしているわけだ」
「異議はない。未来には、高速増殖炉もきっと改良されるであろう
しな」
 どぼーん。
「さ、任務終了だ。さっさとこの防護服を脱ぎたいものだ」
 海に沈んでいく無数のドラム缶を見届けた後、二人の士官は船室
に入って行った。

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Entry26

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(作者希望により削除)


第16回1000字小説バトル
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虹のほこらにて

作者 : 俊
Website :
文字数 : 1000
 私は動くことが出来ない。薄暗い部屋で、皮表紙の古文書に埋も
れている。私は三賢者の一人、名はない。竜の城のバリヤーを研究
している。特にそうしたい訳ではない。ただ、そう在る。

 部屋のドアが開き、鎧姿の男が入ってきた。誰かは分かっていた。
この部屋に入れるのは、世界に彼一人だ。彼は机に歩み寄り、私と
向き合った。私は、彼の目を見た。
(やあ、来たな)
(・・・)
 彼は答えない。「はなす」事しか出来ないからだ。自分の言葉を
発することは出来ない。そう在らねばならない。彼は「はなし」た。
スイッチが入り、私の言葉が流れ出た。

>よくぞ きた。
 にじのいし を もっておるな。
 よかろう。

にじのいのり を てにいれた!

>これを りゅうのしろ の まえで
 そらに かざすのじゃ。
 さすれば ばりやー は きえるであろう。
>さあ いくがよい。

 定められた言葉は語り終えた。私が果たすべき義務は果たされた。
後は彼の問題だった。互いに事情は理解していた。
 しかし唐突に、彼はまた「はなし」た。私もまた

>さあ いくがよい。

 と答えた。イベントが発動した今、私に残された言葉はそれだけ
だった。後のやりとりには意味がない。「はなした」のを、彼は恥
じたようだった。私はまた、彼の目を見た。
(君のせいじゃない。プレイヤーのしたことだ)
(・・・)
(君は、そういう存在なんだ。分かっているさ)
(!)
 移動を命じるパルスが、彼に去れと促し始めていた。元から、望
んで会う訳でもない。「にじのいし」を「にじのいのり」に変換す
る、それだけ。引き留められないし、その気もない。私は幾度も繰
り返し、答えの得られなかった問いを思った。
(私には名が無い。君の名は、何という?)

 その時、薄暗い部屋に光が溢れた。振り返った彼の顔はよく見え
なかったが、口もとは微笑んでいるようだった。

「ああああ」

 彼はそう言った。それが彼に付けられた名前だった。私は泣いた。
設定には無かったことだった。
 光は退き、私はやはり古文書に埋もれていた。そして、倒される
ために存在する竜や村人Cのこと、彼のこと、「我々」のことを考
えた。その時間は無限にあった。私の場面は、もう終わったのだか
ら。

 私は三賢者の一人、名は無い。竜の城のバリヤーを研究している。
正確には、私はキャラクターNo.326「虹のほこらの賢者」、
固有名無し。関連イベントスイッチはNo.862。特にそう在り
たい訳ではない。ただ、そう在る。

第16回1000字小説バトル
Entry29

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カレー曜日の憂鬱

作者 : ショート・ホープ
Website :
文字数 : 1000
 牛バラ肉  300グラム
 玉ねぎ   中2個
 にんじん  1本
 じゃがいも 大2個

 私はもう一度メモ用紙を見た。他に必要な材料は冷蔵庫の片隅で
眠っているはずだ。
「牛バラ300グラムなんてないわよ!」
 貴子はメモ用紙を覗き込み、耳元で甲高い声を張り上げる。
「これは294グラムだし、これなんか302グラムよ!融通が利
かない店ね」
 融通が利かないのはあなたよ!

 貴子の父は一代で莫大な富を築いた企業家であり、貴子は一人娘
ということで重宝されていたが、一月前に日本有数の大企業の社長
息子とお見合い結婚したのである。
 企業提携に貴子が利用された、との噂もあるが・・・・。

<一時間前>

「お母様が私の作ったカレーを食べたいって。コックがいるのに・・
・・。嫁いびりだわ!」
 玄関のドアを開けた途端、貴子の声がこだまする。外ではベンツと
運転手が待っていた。

 私と貴子が出会ったのは高校一年のとき。
偶然にも同じクラスで隣の席だった。それからの腐れ縁である。
  でもなぜ彼女は公立の高校にいたのだろうか?

 買い物を終え、アパートに着く。これからが大変なのだ。
「何か手伝うことないかしら?」
「大丈夫。あなたの役目はちゃんとあるわ。それまでテレビでも見て
て」

 包丁、まな板、トントントン。
 お鍋に火をかけコトコトコト。

 高校卒業後貴子は有名女子大、私はちっぽけな短大にそれぞれ進ん
だ。そして貴子は結婚、私はフリーター稼業の現在である。

<一時間後>

「貴子!できたわよ!」
 メロドラマに没頭していた貴子は、待ってましたと言わんばかりに
飛んで来た。
「おいしい!」
 味見係の役目をその一言で終えた。
 ほっとしたのも束の間、私は肝心なことを忘れていた。
「ご飯は炊いてあるの?」カレーにご飯がなければ話にならない。
「大丈夫。毎日プール一杯分ぐらい炊かせているから」

 その晩、彩り豊かな薔薇の花束が届けられた。
 メッセージカードには、
『今日はありがとう。お母様も喜んでくれたわ。きっといいお嫁さん
になれるわよ』
 最低限、あなたよりはね。

<数日後>

 チャイムが何度も鳴っている。
 隣で男はすやすや眠っている。鈍感だ。
 ベットから出で急いで玄関の鍵を開ける。検討は付いている。
「お母様が早く孫の顔が見たいって。どうしよう!」
 いつもの甲高い声が二日酔いの頭に響く。
 私は枕元にあった一冊の本を思い出した。
 タイトルは『快適性生活!秘儀四十七手!』コンドームの栞を添え
て。

第16回1000字小説バトル
Entry30

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作者 : 天野幾
Website : http://members.tripod.co.jp/iku19/
文字数 : 566
 男が銃を向けていた。女は無表情だった。
 女も銃を向けていた。男は無表情だった。
 互いに譲らないと、知っていた。
「……なぁ」
 先に口を開いたのは、男だった。向き合った相手に、問い掛ける。
「……どうする?」
 女は、淡々と答えた。
「どっちかが死ぬか、どっちも死ぬかしかないんじゃない?」
「くだらねぇな」
「同感」
 互いに視線をひたとすえたまま、二人は会話を続ける。
「どうせ、雇い主が変われば、敵じゃなくなる」
「わからないよ。また敵同士かもしれないし」
「少なくとも、今は殺し合う仲……か」
「……今はね」
 闇の中、伸ばされた腕と腕。銃口は、どちらも額に照準を合わせ
ている。
「もうちっと、ましな恋愛ができないもんかね」
「言ってるだけ、馬鹿みたい」
 くすりと、女が笑う。花びらのような唇に、笑みを宿したまま、
問い掛ける。
「愛してくれてた?」
「過去形じゃなく」
 男の表情も、僅かに緩む。目元に、殺意でないものがある。
「今から……生き方を変える事って、できると思う?」
「わかりきった事を、訊くな」
「そうだね。ごめん」
 女が微かに、首を傾ける。確かめるように、相手を見つめる。
「それでもちょっとは、くだらなくない人生だった、かな」
「ああ。そうだな」
 二人は、口を閉じる。もう、言うべき言葉は残っていなかった。
 時は、待たない。
 重なる銃声が、闇に響いた。

第16回1000字小説バトル
Entry31

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青の誘惑

作者 : 蛮人S
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057/
文字数 : 1000
――ほら。大阪行きよ。
 顔を上げると、目の前に青い急行列車が入っていた。
「それが何だ」
 時刻は夜の十一時を過ぎている。
 俺は緩んだネクタイをさらに緩めて息をつき、キヨスクの袋から
缶ビールを出す。日課と化していた。
――すごいって思わない? 横浜から大阪行きに乗れるなんて。大
阪よ、大阪。
「大阪ぶるんじゃない。嫌われる」
――あんたの故郷でしょ。
 俺は黙って口金を引く。
――不思議よね、毎朝毎晩乗ってる電車と、同じホームで大阪に帰
れるのねえ……あなたの大阪にねえ。
「『焼きうるめ』って、結構いいな」
 俺はアルミのパックを裂いた。
「ジャコが四匹入って百円なんて高いと思ってたけど、これがなか
なか濃厚な味で、丁寧に噛めばかなり楽しめる。偽ビールと合わせ
て二五〇円は悪くない」
――あのねえ。
「早く帰って『キヨスク大好き』のページを更新しよう!」
――楽しい?
「黙れ」
――まったく毎日が楽しげで涙が出るわ……もう潮時じゃない?
「……」
――あなたには向かない職場だった。ただそれだけよ。
「……」
――ほら、あの扉から乗るのよ。東海道本線のレールは、サラリー
マンを輸送するために敷かれたわけじゃなくってよ。本線の名はダ
テじゃない、根岸線なんかとは格が違うのよ、格が。あなたは今宵
それを知る。望むなら。
「明日は十時から……」
――おだまり! 見よ、あの機関車の威容! 聞け、あの力強い発
動の響きを! 二五五万ワットの直流モートルが、疲弊した魂を一
夜で故郷に送り戻すわ。銀河エキスプレスは一日一本、乗るなら今
しかないわ、そんな鞄なんて、今すぐ捨てて走るのよ。寝台券なら
まだ買える、乗るなら今よ、行くなら今よ、帰るなら今よ!
「……」
――逃げるなら、今よ!
「じゃかましい!」
 俺は缶を投げつけた。缶は銀河号の側面に命中して間抜けな音を
立てた。
「お客さん……」
 振り返ると、巨躯の駅員が憤怒の表情で立っていた。
「いや、ちょっと妖精さんがね」
「車両への敵対行為はご遠慮願います」
「ははは、もちろんです。いや僕は本当は電車が大好きなんで」
「そーですか。実は私も鉄道を愛してましてね」
 緊迫した鉄道談議は続く。その横で、俺を積まない急行列車はゆ
っくりとホームを進み、様々な顔付きをした旅客を乗せ、それは各
々過去の俺だったり、未来の俺だったりしたようにも思えたが、と
にかく駅員に平謝りしている馬鹿こそ今の俺なんだ、とそれだけは
間違いなかった。

第16回1000字小説バトル
Entry32

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ビデオリサーチ

作者 : 鮭二
Website : http://members.aol.com/Shakeji/papyrus.htm
文字数 : 1000
 「世界人類が緩やかな不自由でありますように」と唱えて老人が
部屋を出ると、夕子はテレビをつけた。緩やかに縛られているから
テレビには手が届く。食事はきちんと老人が運んでくれる。しかし、
部屋から出ることは許されない。そこまでは皮紐が届かないのだ。
 片桐は狭いダクトに身を横たえ、吹き出し口の格子に目を押し付
けていた。24時間寸分漏らさず調査しなくてはならない。会社か
ら支給されたのは眠気覚ましの仁丹だけだった。入社半年、その業
界ではダクト3年で漸く一人前と見なされる。
 夕子はむしろ進んで緩やかな不自由を受け入れた。チャンネルを
替えることも許されていたが、挑むような目つきで「ベン・ハー」
をビデオデッキに挿入した。老人が隣室で満足げな笑みを浮かべる。
やさしいおじいさん。夕子は緩やかな不自由がやがて自らの肉体に
引き起こすであろう熱い波の揺蕩に思いを馳せた。ぎゅっと、皮紐
で制服の内側を擦ってみたりもする。
 この分なら暫くビデオに違いない。さて、一休み。と僅かな寝返
りを打った瞬間、熱い吐息を耳にする。テレビからベッドに目を転
じると、制服姿の女子が緩やかに縛られている。調査対象者の個人
データについては一切関知せず、という大原則にも拘わらず、その
姿態に視線を這わせたのは、緩やかな不自由を共有する者のシンパ
シーか。それを確かめるべく、彼は不自由な体勢でチャックを下ろ
し、速やかにアンテナを立てた。
 緩やかな不自由を甘受した夕子は更なる不自由を求めた。たるん
だ皮紐を自らの肉体に巻き付けていると、老人の鉛筆を走らせる音
が薄い壁越しに聞えた。やさしい指遣いが彼女の宿題、淫水分解の
答えを導き出す。こりこりこり。夕子は歯を食いしばった。
 片桐もまた更なる不自由を求め、アンテナの先端で仁丹を銜えて
みる。何だかすっとする。すっとするのに熱を帯びていく。吹き出
し口の下からも、熱が伝わってくる。同じ周波数で共鳴しているの
をアンテナは敏感に捉えた。
 やがて熱い液体が垂れてくる。十分な粘り気によって吹き出し口
と夕子の頬が一本の線で結ばれた。
「さあ、早く」と天井裏の男は言った。「その糸を伝ってこちらへ」
 夕子は気怠く首を振り、巻き付けていた皮紐を元に戻した。そし
て、「ベン・ハー」をデッキから取り出し、「アラビアのロレンス」
を挿入する。片桐は糸が切れるのを確かめてからチャックを上げ、
調査表に大きく「V」と書き込んだ。

第16回1000字小説バトル
Entry33

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ひあそび

作者 : 一之江
Website : http://www05.u-page.so-net.ne.jp/qd5/s-kumiko/
文字数 : 1000
 ドアを開けると、彼が微笑んで立っていた。
「さあ、やるよ」
 あたしは頷くと、彼の後をついて近くの川原へ下りた。ショート
パンツからむき出した足に夜露が触れてちょっと冷たい。夜はしっ
とりと川面にも降りて、きれぎれの月あかりをそこに落としていた。
「今日はどれがいいかな」
 彼は大きな帆布製のバッグを下に降ろすと手を突っ込んだ。
「パラシュートの、ある?」
「ああ、きっとあるよ。ちょっと待って」
 親指ぐらいの太さの棒をしばらく眺めてから、彼はあたしにそれ
を渡した。
「これ、一本だけだ。やる?」
「うん」
 あたしたちは草のはえてない地面を探すと、そこに小さな窪みを
作って棒をさした。彼がライターに火をつける。油の匂い。と、そ
の明かりに照らされてわずかに浮かぶ彼の表情。あたしはじっと見
る。でもすぐに火は棒の先に運ばれる。点火。
 しゅっと音がして細い光の束が飛び出す。あたしは手を叩いてそ
れを見る。それを見て彼は笑っている。たぶん。
 闇が再び戻った一瞬後に、ぽんっと小さな白いものが宙に投げ出
された。ふわっと夜空に舞ってゆっくりと降りてくる。つかまえよ
うと手を伸ばしたのに、それは彼の頭に落ちた。あたしが「あ」と
声をあげると、彼は中腰になってこっちに頭を差し出した。かわい
い落下傘を手にとると、あたしはそれをショートパンツのポケット
に突っ込んだ。
「次はどうする?」
 帆布製のバッグの口を広げる彼の手元をあたしは見つめる。
「線香にしようかな」
「あれ、そうなの?」
 訝しげに彼はあたしを振り向く。
「あれはいつも、最後にやってるのに」
「そうだけど」
 暗がりの中で、あたしはバッグの中身を懸命に目で計る。どっち
にしろ、もうあまり残ってないに違いない。
「線香は、まだ割とあるのかなと思って」
「うーん、まあそうだけど」
 言いながら、彼は細い紐をあたしに差し出した。
 あたしたちは紐を手に、向かい合ってしゃがみ込む。彼がライタ
ーで自分のに火をつける。オレンジ色の小さな灯。あたしはそれを
貰いに自分の先っちょを近づける。
「今度はいつかな」となんとなく訊いてみる。
「月のきれいな風のない夜」と彼は台詞を棒読みするように言う。
「いないかもよ」
 あたしは、意地悪を言った。
「うん、いいんだ」
「そう」
 でもたぶん、きっといる。たぶん。
 闇をはじく小さな光のひび割れを、あたしたちはじっと見つめた。
しゃがんだ膝がちょっとだけ、ぐらっと揺れた。

第16回1000字小説バトル
Entry34

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アミーゴ

作者 : あきら
Website :
文字数 : 985
「駄洒落は悲劇か喜劇か」
「駄洒落? くだらないな」
 Sの家で小宴会を始めてから数時間。SとAは太宰治を真似て、
悲劇名詞、喜劇名詞の当てっこをしていた。Sが出題し、Aが答え
る。最初はもっとまじめにしていたのだが、いつの間にか駄洒落に
なり、ついには駄洒落がお題となった。
「くだらない? なぜ」
「答えるまでもないね」
「じゃあ、くだらないは悲劇か喜劇か」
「ハハハ。駄洒落のつもりかい。”くだらない”は名詞じゃないよ。
でも、喜劇さ」
「なぜ」
「我々は笑うしかないだろう」
「我々はくだらないのかい。じゃあ悲劇じゃないか」
「いいや、違うね。笑い笑われ、皆、喜劇さ。人間、皆、平等って
ね」
「……ずいぶん酔ってるね」
「ハハハ。ところで、都子さんはどうしたんだい」
 都子はSの妻である。
(ハハーン、さては喧嘩でもしたんだな。だから僕を呼んだのか)
「おい、都子さんの実家に電話したのかい」
 SをからかうA。しかし、Sの反応はない。しばらくして、Sが
口を開いた。 
「……運命は悲劇か喜劇か」
「なんだい口を開いたと思ったら。運命は……悲劇だろ」
「なぜ」
「僕はロマンチストだからね。ああ、運命のいたずら、ああ、悲劇
の二人、さ」
「どんな運命でも?」
「ムムム。妻に逃げられる。悲劇だね。ハハハ」
 沈黙。Sはなにも言わない。
「どうした、怒ったのか?」
「……いいや、怒っちゃいないよ。まぁ、ちょっとね。実は妻に無
断で高いワインを買ったんだ。それで喧嘩してね、このとおりさ。
ところで飲むかい? そのワイン」
「いいのか?」
「ああ。僕の味方をしてくれるのならね」
「もちろん。僕たちは友達じゃないか」
「……友達、ね」
              
 Sの遺書の内容。
 都子へ。
 君が僕を殺そうとしていたことは知っている。僕を愛していない
ことも知っている。なにやら薬を買っていたことも知っている。そ
れを僕の好きなワインに入れたことも知っている。
 それをどうしたかわかるかな。Aに飲ませたのさ。君の大好きな
Aにね。わかるかい。君はAを殺したんだ。君の薬でAは死んだん
だ。Aを愛した君がAを殺したんだ。僕を殺そうとしてまで愛した
Aなのにね。君が殺したんだよ
。わかるかい。君が殺したんだ。愛するAをね。君が殺したんだ。
 
 僕は死ぬ。Aのように君に殺されるのではなく、僕は自殺する。
 
 残念だったね。君はなにもかも失敗したんだ。

第16回1000字小説バトル
Entry35

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幸福追求

作者 : サトコフ
Website : http://www.butaman.ne.jp/~satokov/
文字数 : 1000
「ブラックホールを消滅させに、ちょっと行って来ます」、と北海
道は宗谷岬を目指してSが大阪を発ったのはほぼ1ヶ月前で、しか
しSは、宗谷岬にたどり着く前、通過点であるはずの旭川にて『ば
んえい競馬』なるものにドップリと狂熱、すっかり身銭を失ってし
まうに至ったのであるが、人間万事塞翁が馬、心優しき道民の方々
から暖かい御支援を頂き、今では町の製材工場にて労働、神聖な汗
を流す充実ライフを過ごしている、だからお前もがんばれよ、なん
て手紙が届いたのは今朝のことだった。

 同い年ではあるが舎弟であったはずのSが、このようなタメ口文
章を書き連ね、あまつさえ送りつけてきたその行為について、若干、
怒りの心境をおぼえたのは事実だが、いやいやまてまて、あの絶望
が服を着て歩いているようなSが、そのような成り行き的幸福を手
に入れられるワケが無い、ヒーイズ無力、どうせこの手紙もSの幸
福追求に由来する強がりに過ぎぬ、と疑ってかかると、案の定、封
筒の消印は「吹田郵便局」となっていた。吹田は大阪のベッドタウ
ン、吹田はSの住む街。北海道のほの字も関係ない。

 謀略を暴いた僕は、午後、うだる暑さの中、Sのアパートを強襲
した。
 分厚いカーテン、電灯は消され真暗な部屋の中、冷房を18度に
設定した上で、毛布にくるまってドロリと澱んだ目のS。ミスター
絶望の名にとてもマッチした光景であった。

「みんな無に還って死ネ死ネ」と、感情の決壊をギリギリくい止め
ている声でSは言った。なるほど、旅中、土地土地の人々にブラッ
クホール話を持ち出しては、手酷く小馬鹿にされ続けたのであろう。
発つ前から安易に想像できたことだったし、まあ仕方ない、ここは
いつもの戦法で救うことにしよう。
「みんなって、君も無に?」と、僕は言った。
「え、え? そ、そう、も、もちろん、ち、チッポケな僕も」
「それじゃあ困る」
「こ、困る? な、なんで?」
「ここに悲しむ人がいるから」

 みるみるうちにSの表情はテレつつ回復、ついには「ウワッシャ
ッシャー」と最高の幸福表現をとるに至った。5分後には、「明日
昼メシ食いに行きましょう! 奢ります!」を言わせしめ、無事冷房
も26度となった。カーテンも開いた。

「じゃまた明日、奢られに来るよ」と、部屋を出た僕はその足で、
徒歩5分にあるSの母親宅へと向かい、金2万円を、「今日の友達
料」として頂いた。
 だから悲しむ人がいるのよん、と僕は心の中で呟き、スキップで
帰った。

バトル結果

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第16回チャンピオンは
羽那沖権八さん作『ふそくのじたい』に決定です。
おめでとうございます。



作品
ふそくのじたい(羽那沖権八)4
SLOW MOTION(リュウタ)3
見えないオレンジ(伊勢 湊)2
困惑の性癖(akoh)2
(仏)2
entry#28 2
ひあそび(一之江)2
シネマコンプレックス(ヒョン)1
(天野 幾)1
青の誘惑(蛮人S)1
献花(うめぼし)1


ふそくのじたい(羽那沖権八)

SLOW MOTION(リュウタ)

見えないオレンジ(伊勢 湊)

困惑の性癖(akoh)

(仏)

●entry#28

ひあそび(一之江)

シネマコンプレックス(ヒョン)

(天野 幾)

青の誘惑(蛮人S)

献花(うめぼし)



■マニエリストQの感謝とお願い
感想票を送っていただいた皆様、有難うございます。心より感謝いたします。あれだけ多くの作品を読破することは大変なことであり、非常な努力を要する難行であると思います。しかし、裏を返せば、それは、1000字を読んでくださる方々が必ずいらっしゃるということであり、バトル形式効果の一つでもあるわけです。バトルに参加される作者の皆様はそこの辺りを考慮の上、出来る限り全員の感想票投票を目指してくださることをお願い申しあげます。







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