第17回1000字小説バトル
Entry11
「岩にしみ入」などとひねった人がいたが、この建物の、彼の住 まいを形成するセメントの壁も、岩みたいなものである。しかし、 彼はすべての窓を開けていたので、しみ入りそこねたその声が、大 の字に寝転ぶ彼の全身を包んでいた。数も方向もわからなければ、 距離もいまいちわからない。渦巻く声のなかで、彼の脳はもんどり うっていたが、体はじっと大の字でありつづけた。 そばでは、いささかポンコツになった扇風機が、みずからの振動 を制しかねて、ふざけた笑い声のように首を鳴らしている。だが、 これが唯一、彼に「涼」なるものを届けるのだから、文句は言えな い。 すっかり彼の体温に追いついてしまった板ばりの床に、彼はただ の大の字。紙に書いた「大」の文字と同じように、動きもしなけれ ば、動こうという意思もない。ただ、夕立ちでも降ってくれれば、 すこしはマシになるだろう、との希望はあったが、自力で叶えられ るものではない。 ふと、耳に、みよみよという響きがまぎれこんできた。かなり近 い。室内、天井だ。 そちらを見ると、銀色の円盤が飛んでいた。「空飛ぶ円盤」とし か言いようのない、わかりやすい形をしていたが、いたって小さく、 アルバムCDぐらいの直径だった。それは、しばらく部屋のあちこ ちをさまよって、彼の左目の、視界のはじっこに着陸した。みよみ よが止まった。 幻覚か現実か、はたまた、妄想か。いずれにせよ、くだらないこ とだと彼は思った。しかも、その円盤から、ぞろぞろとなにかが降 りてくる。それは、ちっちゃく、二本の足で立ってはいたが、まさ しく「アブラゼミ」の姿をした生物であり、ああ、くだらない、ど うしてくれようと思いつつも、どうするのも、めんどうであった。 ただただ、こいつらが、一斉に鳴きはじめないよう、祈るばかり。 ちっちゃなセミたちは、しばらく彼のまわりをうろついて、とき どき走ったり、転んだり、仲間と手をつないだり、くつろいだり、 好きかってやっていたが、一匹も鳴くことはなかった。いや、鳴い ていたのかもしれないが、そうだとしても、おもての大きい連中の 声にかき消されてしまったことだろう。 彼は大の字でありつづけた。やがてセミたちはもれなく円盤に乗 りこむと、みよみよ鳴って窓を出ていった。くだらないことが終わっ た。 ほどなく、夕立ちの、地面をたたく気配が、窓からただよってき た。大きい連中の声はやんでいた。扇風機は、まだ笑っていた。
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